nikkei BPnet-2016年6月17日
ペルー南部にあるマヌー国立公園の奥深く、ヨミバト川で水浴びをするマチゲンガ族の少女。頭の上に、ペットのセマダラタマリンを乗せている。(Charlie Hamilton James/National Geographic)
今からサルを狩りに行く。エリアス・マチパンゴ・シュベリレニはヤシ材で作った長い弓と、鋭く削った竹を先端に付けた矢を携えていた。
ここは南米のペルー南部にあるマヌー国立公園だ。国が保護する広大な雨林は、世界の自然公園でも有数の生物多様性を誇る。だが、マチゲンガ族と呼ばれる先住民の一員であるエリアス(マヌーに暮らす人々は互いを姓ではなく名前で呼ぶ)にとって、サル狩りは違法ではない。公園内には、主にマヌー川やその支流沿いに1000人弱のマチゲンガ族が暮らすほか、いわゆる“未接触部族”もいる。彼ら先住民は、自分たちに必要な範囲で動植物を採取する権利を認められているのだ。
不便さに守られてきた豊かな自然
「1本のイチジクの木に、100匹のサルが群がるのを見たことがあります」と話すのは、米国デューク大学の生態学者ジョン・ターボーだ。「月の明るい夜など、午前2時頃に起きだしてきたサルたちが、イチジクを食べに遠出するのです」。国立公園が1973年に誕生し、程なくコチャ・カシュ生物学研究拠点が設置されると、ターボーらのチームはそこでの研究を主導してきた。米国メーン州を拠点に自然保護関連のコンサルティングを手がける生態学者のケント・レッドフォードはこう話す。「マヌー国立公園は比類のない生物多様性を体験し、研究できる、熱帯では数少ない場所なのです」
そのマヌー国立公園への、一般的なルートはこうだ。まず、ぞっとするほど危険なアンデス山脈の悪路を車で10時間走った後、アルト・マドレ・デ・ディオス川をエンジン付きカヌーで5時間下り、ようやくマヌー川との合流点に到達する。公園の入り口まではあと一息だ。エリアスたち先住民の村々を訪ねるには、事前にペルー政府の許可を取り、マヌー川やその支流を何日もさかのぼらなくてはならない。あまりに不便な土地だからこそ、森林伐採や鉱山開発の波も及ばなかった。観光客も少なく、国立公園を訪れる人は年間数千人程度だ。
コチャ・カシュ生物学研究拠点の科学ディレクターを務めるロン・スウェイズグッドは、「近づきにくさに守られているのです」と話す。「しかし公園外の緩衝区域では、金鉱や石油資源の開発による自然破壊が始まっていて、公園にも影響が及ぶかもしれません」
道路建設の計画を支持する村人たち
道路があれば、影響の広がりは加速する。マドレ・デ・ディオス州のルイス・オオツカ知事は、アルト・マドレ・デ・ディオス川沿いの道路をボカ・マヌーまで延伸させたいと考えている。計画ルート上にあるディアマンテ村の住民は、道路を熱望しているという。
村ではバナナ栽培がさかんだ。収穫したバナナはボートで近くのボカ・マヌーに運んで売るが、州都クスコまで行けばもっと高く売れるのはわかっている。「若い者は村を出て木を切る仕事をしているが、ろくな稼ぎにならない」と村長のエドガー・モラレスは嘆く。
「ここの土地は平らだし、土も黒くて肥えている。プランテーン(料理用バナナ)やパパイア、パイナップル、キャッサバを栽培すればクスコで売れる。そうすれば、じきに誰もが自分の車を持てるようになるだろう。悪いやつらが土地を奪いに来るという話は聞かされた。でも、こちらは800人もいるんだ。自分の村くらい、自分たちで守れるさ」
(ナショナル ジオグラフィック2016年6月号特集「自然と人間 ペルー 先住民たちの豊かな森へ」より)
※この記事がご覧いただけるのは2016年8月末までです
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/332460/061600077/?rt=nocnt
ペルー南部にあるマヌー国立公園の奥深く、ヨミバト川で水浴びをするマチゲンガ族の少女。頭の上に、ペットのセマダラタマリンを乗せている。(Charlie Hamilton James/National Geographic)
今からサルを狩りに行く。エリアス・マチパンゴ・シュベリレニはヤシ材で作った長い弓と、鋭く削った竹を先端に付けた矢を携えていた。
ここは南米のペルー南部にあるマヌー国立公園だ。国が保護する広大な雨林は、世界の自然公園でも有数の生物多様性を誇る。だが、マチゲンガ族と呼ばれる先住民の一員であるエリアス(マヌーに暮らす人々は互いを姓ではなく名前で呼ぶ)にとって、サル狩りは違法ではない。公園内には、主にマヌー川やその支流沿いに1000人弱のマチゲンガ族が暮らすほか、いわゆる“未接触部族”もいる。彼ら先住民は、自分たちに必要な範囲で動植物を採取する権利を認められているのだ。
不便さに守られてきた豊かな自然
「1本のイチジクの木に、100匹のサルが群がるのを見たことがあります」と話すのは、米国デューク大学の生態学者ジョン・ターボーだ。「月の明るい夜など、午前2時頃に起きだしてきたサルたちが、イチジクを食べに遠出するのです」。国立公園が1973年に誕生し、程なくコチャ・カシュ生物学研究拠点が設置されると、ターボーらのチームはそこでの研究を主導してきた。米国メーン州を拠点に自然保護関連のコンサルティングを手がける生態学者のケント・レッドフォードはこう話す。「マヌー国立公園は比類のない生物多様性を体験し、研究できる、熱帯では数少ない場所なのです」
そのマヌー国立公園への、一般的なルートはこうだ。まず、ぞっとするほど危険なアンデス山脈の悪路を車で10時間走った後、アルト・マドレ・デ・ディオス川をエンジン付きカヌーで5時間下り、ようやくマヌー川との合流点に到達する。公園の入り口まではあと一息だ。エリアスたち先住民の村々を訪ねるには、事前にペルー政府の許可を取り、マヌー川やその支流を何日もさかのぼらなくてはならない。あまりに不便な土地だからこそ、森林伐採や鉱山開発の波も及ばなかった。観光客も少なく、国立公園を訪れる人は年間数千人程度だ。
コチャ・カシュ生物学研究拠点の科学ディレクターを務めるロン・スウェイズグッドは、「近づきにくさに守られているのです」と話す。「しかし公園外の緩衝区域では、金鉱や石油資源の開発による自然破壊が始まっていて、公園にも影響が及ぶかもしれません」
道路建設の計画を支持する村人たち
道路があれば、影響の広がりは加速する。マドレ・デ・ディオス州のルイス・オオツカ知事は、アルト・マドレ・デ・ディオス川沿いの道路をボカ・マヌーまで延伸させたいと考えている。計画ルート上にあるディアマンテ村の住民は、道路を熱望しているという。
村ではバナナ栽培がさかんだ。収穫したバナナはボートで近くのボカ・マヌーに運んで売るが、州都クスコまで行けばもっと高く売れるのはわかっている。「若い者は村を出て木を切る仕事をしているが、ろくな稼ぎにならない」と村長のエドガー・モラレスは嘆く。
「ここの土地は平らだし、土も黒くて肥えている。プランテーン(料理用バナナ)やパパイア、パイナップル、キャッサバを栽培すればクスコで売れる。そうすれば、じきに誰もが自分の車を持てるようになるだろう。悪いやつらが土地を奪いに来るという話は聞かされた。でも、こちらは800人もいるんだ。自分の村くらい、自分たちで守れるさ」
(ナショナル ジオグラフィック2016年6月号特集「自然と人間 ペルー 先住民たちの豊かな森へ」より)
※この記事がご覧いただけるのは2016年8月末までです
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/332460/061600077/?rt=nocnt