ndl 2020年3月20日 カレントアウェアネス No.343
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター(下記以外を執筆):兎内勇津流(とないゆづる)
北海道大学文学研究院(第4章1を執筆):石原真衣(いしはらまい)
北海道博物館アイヌ民族文化研究センター(第4章2を執筆):亀丸由紀子(かめまるゆきこ)
1. 国際図書館連盟(IFLA)先住民分科会について
IFLA先住民分科会(Indigenous Matters Section)は、多文化サービス分科会から2017年に独立した新しい分科会である(1)。兎内は、日本図書館協会の推薦によりその委員に選出され、1期目(2017年から2021年まで)を務めている。これは、図書館における多文化サービスの推進を図る「図書館と多様な文化・言語的背景をもつ人々をむすぶ会(むすびめの会)」(2)関係者が、IFLAに先住民分科会を成立させるために日本から委員を出して協力したいと動いた結果と理解している。新任委員の感想であるが、先住民をめぐる状況は国によって大きく異なり、その社会的・政治的・経済的・文化的位置づけ、民族の組織の在り方と政府の対応には、非常に大きな差があると言えるであろう。しかし同時に、共通点に注目することも重要である。図書館は先住民に対してどのように活動していけばよいのか、その文化の保存・伝承やコミュニティの発展に対して、どのような役割もしくは可能性があるのか。文化・教育機関の一翼を担う図書館の専門職集団としてこのことを考え、実践し、活動を広めていこうというのが、この分科会の方向性と理解している。
現在のところ、この活動が大々的に展開しているというわけではない。2019年は、2017年に選出した10人の委員に、さらに10人を追加で選出することになっていたが、かなり欠員が生じたようである。現在、この分科会を主導しているのは、ニュージーランドとカナダの委員である。
2. 図書館と先住民
図書館の先住民プログラムというと、もしかすると公共図書館の仕事というイメージかも知れないが、ニュージーランドとカナダの両国とも、国立図書館、大学図書館、公共図書館がネットワークを結んでこれに対応している(3)。図書館は、資料の組織化、記録保存、デジタル化などを得意とする文化機関であるが、個々の図書館では(特に小さな村の図書館では)その人材や資金などのリソースは限定されたものとならざるを得ない。しかし、館種を超えた業界としての取組により連携してプログラムを行うことで、資料の散逸を防ぎコンテンツを共有し、利用しやすい体制をつくることが可能となるだろう。
ニュージーランドとカナダはこのような実践を進めつつあり、成果を出しつつあると思われる。その活動が先住民のコミュニティとの関係を構築しながら行われており、プログラムを進める図書館員の中にも先住民が加わっていることが、ひとつのポイントである。
3. 2018年クアラルンプール大会とその後
2018年の第84回IFLA年次大会クアラルンプール大会(E2078参照)で、次年度の大会にどのようなセッションを設けるか議論した時、兎内から次のような提案をした。日本の図書館で、先住民であるアイヌ民族を対象とした図書館施策というのはこれまで行われてこなかったように思われる(郷土資料、あるいは研究資料としてアイヌに関わる資料が収集されることはあったにせよ)。こういう日本の状況について、アイヌ民族と、日本の教育行政担当者にセッションに登壇してもらい、それぞれの図書館とアイヌの関係への見方を発表してもらうのはどうかということである。この意見はたちまち採択され、セッション企画委員を拝命することになった。では誰にどのようにして行ってもらえばよいか。
人選についての紆余曲折は割愛せざるを得ないが、必ずしも提案どおりではないにせよ、日本におけるアイヌ民族の状況、および図書館・博物館との関係についてそれぞれの立場からスピーチしてもらうことが可能であろう、文化人類学を専攻しアイヌ出自をもつ人々の研究を行っている研究者1人(石原)とアイヌ民族の物質文化を専門とする博物館の学芸員1人(亀丸)の報告者を決定することができた。報告を準備する過程では、3人(兎内・石原・亀丸)で討議を重ねて報告を準備し、むすびめの会の協力を得て無事IFLA大会に臨むことができたのである。
4. 先住民部会セッションでの報告と討論
2019年の第85回IFLA年次大会アテネ大会(E2205参照)の先住民分科会セッション「Gulahallan, Gishiki, tikanga: 対話をつくりだし、関係をすすめ、先住民の言語、知識、文化、つまりは先住民の表現・活性化・活力を促進する」(4)は、大会が終盤に近づいた8月29日朝8時半から始まった(写真)。報告は石原・亀丸と後述のカナダからの報告の3件である。本章は1節は石原が、2節は亀丸が、その他の箇所は兎内が執筆を担当した。
4.1. 石原報告
先ず、石原が「先住民の出自を一部持つ子孫のひとりの視点でみた図書館利用の考察」と題して報告した。石原は、先住民の出自を持ちながら沈黙する「サイレント・アイヌ」の歴史と現状について述べた。アイヌ民族を取り巻く状況は、日本型先住民状況とも呼びうる、地政学的に特殊な事例である。その一つの証左が、「サイレント・アイヌ」である。いまだに居留地や「先住民の村」などを有する海外諸国と比しても、北海道では、入植者があらゆる場所にすみずみまで移り住み、瞬く間に先住民族の一人ひとりを取り巻いたことに注目されたい。その帰結の一つとして、多くのアイヌ民族は、日本人化を徹底的に推進され、「アイヌであること」を継承できず、和人との混血を繰り返してきた。一方で、血が薄くなったとしても血を引くことで他者化されてしまい、今でも、結婚差別などに苦しむ人びともいる。先住民の出自を持つ人びとの多くが、アイヌにも、和人(多数派日本人)にもなれずに、社会空間を浮遊する。日本における先住民族が経験したことを、私はこれまで、「沈黙」と「透明人間」という言葉を使いながら、文化人類学的研究を行ってきた(5)。先住民分科会での発表では、そのような立場から図書館の可能性について提言した。
カナダに関する報告では、先住民女性が数千人規模で行方不明になっていることが述べられた。多文化主義や権利文化で知られるカナダで、このような事態が起こっていることに驚愕する。対岸の火ではない。日本における排外主義も深刻である。多文化共生がますます求められる日本において、多様性と、排外主義について同時に思考を深めることは特に重要である(6)。IFLA に参加して、図書館が持つ大きな可能性について、学ぶことができた。資料(様々な知)と、人と、場がある図書館は、これからますます変化を速めるであろう世界において、重要な教育の役割を担うだろう。さまざまな分断をつなぎ、新たな対話の回路を拡げてもらうことを、これからの図書館に期待したい。
4.2. 亀丸報告
続いて亀丸が「図書館と博物館のより良い関係性への提案」と題して、図書館と同様に文化施設である博物館で働く学芸員の視点から、日本の先住民族問題に関して両組織が協力してできることについて、現状や課題、展望を報告した。発表では、①日本の先住民族アイヌ民族について、②現在の日本が抱える問題とその原因、③日本の文化施設と先住民族アイヌ(博物館の現状 / 図書館の現状)、④博物館と図書館が協力してできること、以上4点についてそれぞれの具体例を交えながら日本の先住民問題に関する報告を行った。現在の日本では、アイヌ民族やアイヌ文化に関する基礎的な知識が広く十分に共有されているとはいえず、依然として誤解や先入観を持って捉えられてしまうことが多いという現状と課題がある。
博物館に勤務していると「どこに行けばアイヌの人に会えますか?」といった質問をしばしば受けるが、これは、アイヌ民族が未だどこかで伝統的な暮らしをしている、というようなイメージによるものであり、そうした誤解や先入観のほとんどが“マジョリティ(大多数)から見たアイヌ”という視点に基づいている。現在のアイヌの人々は上記のような伝統的な暮らしを営んでおらず、そのことはよく考えれば当たり前のことかもしれないが、このように、多くの人が無意識的に先住民やマイノリティといった人々に対して行ってしまっている当たり前のようで当たり前でないことを一緒に考えてゆくことがそうした課題解決の一歩だと考えている。
報告のまとめとして、日本の先住民分野における図書館と博物館の協力はあまり盛んではなく、今すぐに取り組めることとして、図書館と博物館の強固な関係づくり、司書や学芸員などそこで働くスタッフ互いの知識や経験、スキルを活かした研修会や勉強会の開催など、図書館と博物館が頻繁に互いの情報を共有できる場づくりの必要性を挙げた。2020年4月には北海道白老町に国立アイヌ民族博物館が開館する予定であり(7)、今後、博物館がそうした協力関係を生み出す場ともなってゆくことを期待したい。
4.3. カナダ国立図書館・文書館(LAC)の報告
最後に、カナダ国立図書館・文書館(LAC)のシャルボノー(Normand Charbonneau)、カナダ・マニトバ大学のカリソン(Camille Callison)の両氏が「カナダの図書館・アーカイブズにおける先住民言語 : 先住民コミュニティとともに変化のための対話をつくる」と題して報告し、LACが、先住民諮問グループ Indigenous Advisory Circle(8)のもと、先住民の写真や伝承などを先住民コミュニティと協力して収集・保存し社会に還元する“Indigenous Documentary Heritage Initiatives”を全カナダ的に進めていることを紹介した。
4.4. セッションのまとめ
早朝の開始にもかかわらず、セッションには日本人も含めて50人以上が来場し、筆者らの報告に多くの質問、コメントが寄せられた。その反応はたいへん温かいもので、「日本における先住民族アイヌの存在を初めて知った」という声や、自国の実践例を紹介して「アーカイブ分野における図書館・博物館協力の参考にしてはどうか」といった意見・コメントが提示され、世界の図書館界で初めてアイヌを取り上げた報告をした意義を実感することができた。
5. 今後の展望と課題
今回、2019年IFLA年次大会のセッションの組織に加わり、日本の状況を発信することができたが、別にこれで何かが前進したということではない。単に国際会議で報告しただけで終わらせず、次は日本で今後の展開を図る必要がある。
2019年4月に、アイヌ民族をはじめて先住民族と明記した「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(通称:アイヌ民族支援法)」が成立した(9)。道内では、アイヌ民族の工芸等が空港や主要駅等人目に触れる場所に大きく展示されるようになったが、一方で、アイヌ施策関係の予算が減少している状況もあり、アイヌ民族の振興や社会的向上よりも、観光産業と結びついて表面的な関心を惹くことに終わることが懸念される。
そこで、最初に手をつけたいのは、図書館とアイヌ民族の関係について図書館員が実践を語り、認識や課題を共有する場をつくることである。次に、アイヌ民族関係の資料にはどういうものがあり、それぞれの図書館でアイヌ民族についての資料を収集するとしたら何がいいのか、書誌もしくはツールの整備に取り組むことが望まれよう。
北海道博物館より頒布されている「ポン カンピソㇱ(アイヌ語で「小冊子」)」というものがある。アイヌ文化に関する専門的な内容を親しみやすいかたちで紹介した冊子でこれまでに9冊刊行されている。アイヌ文化学習のための参考文献や、アイヌ文化を紹介する施設の情報も掲載されており、学びをさらに深める道しるべともなってくれる。尚、これはウェブサイト上でもダウンロードできるようになっている(10)。こうした仕事を基礎にして、今後は、各地の博物館や図書館に散在するアイヌ民族・先住民に関わる資料を、データベースやデジタル技術の力を使って協同で組織化していくことはできないものかと考えている。
アイヌ民族と日本の経験は、伝統的な生活が急速に失われた点、ある面特異とは言え、先住民が帰るべき村と文化・伝統を喪失して匿名的な存在として都市で暮らすようになるというのは、世界で広く生じている現象と見ることができるだろう。ならば、それに対する対応もある種の普遍性を帯びることになるかも知れない。
以上のことをふまえて、次にこのセッションに登壇する時には、日本の状況についてだけでなく、日本の図書館による実践について語ることができるように、関係者と相談しながらさらに取組を進めていきたいと考えている。
(1) “Indigenous Matters Section”. IFLA.
https://www.ifla.org/indigenous-matters, (accessed 2020-02-19).
(2) むすびめの会.
https://sites.google.com/site/musubimenokainew/, (参照 2020-02-19).
(3) “Indigenous documentary heritage initiatives”. Library and Archives Canada.
https://www.bac-lac.gc.ca/eng/discover/aboriginal-heritage/initiatives/Pages/default.aspx, (accessed 2020-02-19).
“About”. Rōpū Whakahau.
https://trw.org.nz/about-us/, (accessed 2020-02-19).
(4) “Session 252 - Gulahallan, Gishiki, tikanga: Creating Dialogues, Fostering Relationships, Promoting the Expression, Activation and Vitality of Indigenous Languages, Knowledge and Cultures - Indigenous Matters”. Congress Programme. p. 253-254.
http://react-profile.org/ebook/IFLA2019/CongressProgramme/252/, (accessed 2020-02-19).
“Gulahallan”はサミ語で「対話」、“Gishiki”は日本語の「儀式」、“tikanga”はマオリ語で「進め方」を意味する。
(5) 石原真衣.〈沈黙〉の自伝的民族誌(オートエスノグラフィー) サイレント・アイヌの痛みと救済の物語.北海道大学出版会,2020,(近刊).
(6) 石原真衣. “われわれの憎悪とは?「一四〇字の世界」によるカタストロフィと沈黙のパンデミック”. 対抗言論 1号. 杉田俊介, 櫻井信栄編. 法政大学出版局, 2019, p. 185-195.
(7) ウポポイ 民族共生象徴空間.
https://ainu-upopoy.jp/, (参照 2020-02-19).
(8) “Indigenous Advisory Circle”. Library and Archives Canada.
https://www.bac-lac.gc.ca/eng/about-us/Pages/Indigenous-Advisory-Circle.aspx, (accessed 2020-02-19).
(9) アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(平成三十一年法律第十六号). e-Gov.
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=431AC0000000016, (参照 2020-02-19).
(10) “アイヌ文化紹介小冊子『ポン カンピソㇱ』”. 北海道博物館.
http://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/study/ainu-culture/, (参照 2020-02-19).
[受理:2020-02-20]
兎内勇津流, 石原真衣, 亀丸由紀子. 日本の図書館と先住民族:IFLA2019年アテネ大会先住民分科会でアイヌ民族を取り上げるセッションを組織して. カレントアウェアネス. 2020, (343), CA1970, p. 10-12.
https://current.ndl.go.jp/ca1970
DOI:
https://doi.org/10.11501/11471488
Tonai Yuzuru
Ishihara Mai
Kamemaru Yukiko
Japanese Participation in Organization of the Indigenous Matters Session Dealing with Ainu Issues at the IFLA Annual Conference 2019
カレントアウェアネス イベント 国際会議 多文化・多言語サービス 日本 カナダ ニュージーランド ギリシャ 国立図書館 博物館 文書館 LAC(カナダ国立図書館・文書館) IFLA(国際図書館連盟)
‹ CA1969 - 早稲田大学・慶應義塾大学コンソーシアムによる図書館システム共同運用に向けた取り組みについて / 本間知佐子, 入江 伸
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CA1971 - 第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019 / 平井俊行 ›
印刷用ページ 参照(2
https://current.ndl.go.jp/ca1970