北海道新聞 05/03 10:55
2022年度から全国の高校で使われる新しい教科書は、幅広い教科にわたってアイヌ民族についての記述があった。文部科学省が3月末に公表した高校の教科書検定の結果によると、新必修科目の「歴史総合」では、合格した12点すべてが歴史や固有文化を紹介。ただ、差別問題をどこまで記述するかを巡って出版各社の判断が割れており、関係者からは踏み込み不足を指摘する声もある。
今回行われた高校の教科書検定は、22年度から段階的に施行される新学習指導要領に基づくものだ。新たな必修科目で、近現代史に焦点を当てる「歴史総合」では、日本の開国を学ぶ際に「北方との交易をしていたアイヌについて触れること」を求めている。
合格した新教科書12点はいずれも、江戸幕府が松前藩を対外窓口の一つとし、アイヌ民族と交易していたと解説。同藩の家老だった絵師蠣崎波響(かきざきはきょう)が、当時のアイヌ民族の首長らを描いた肖像画「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」などを掲載した。
現行の歴史教科書では、日本史Aは全7点がアイヌ民族について触れているものの、北海道開拓の説明の注釈程度にとどまるものもあり、全体的に控えめ。世界史Aでは9点中1点しか触れていない。科目が違うため単純比較はできないが、「歴史総合」の新設でアイヌ民族の記述が増えたと言えそうだ。
ただ、差別問題など「負の歴史」に関する記述は各社で違いがある。最多の9ページを充てた教科書は、明治政府の同化政策でアイヌ民族固有の風習が禁止されたことなどを詳述したが、最少の2ページだった別の教科書は、アイヌ民族が「(松前藩に)不利な立場に置かれて蜂起した」などとするにとどめた。
北海道旧土人保護法の制定(1899年)に関しては、ある教科書が「保護という語句とは裏腹に、農業の強制などが実施され」と説明。これに対し、「保護の対象とされ、農業のための土地の給付や日本語での教育が推進された」と表現した教科書もあった。
「歴史総合」と同じ新必修科目で、主権者教育を行う「公共」では、アイヌ民族を先住民族と明記したアイヌ施策推進法(19年施行)について「土地や資源に対する先住権が明記されず」と問題点を指摘する教科書がある一方、別の教科書は「(アイヌ)文化の振興をはかっている」としただけだった。
■伝統儀式紹介ユカラ、文様も 9科目で多様な内容
今回の検定で合格した高校教科書のうち、アイヌ民族についての記述があったのは「歴史総合」「公共」を含む計9科目38点。教科は多岐にわたり、内容も固有文化など多様だ。
「地理総合」では世界の民族を学ぶ項目で、伝統儀式などの写真が掲載された。「英語コミュニケーション1」では英語の会話文などで、消滅の危機にひんする言語としてアイヌ語が紹介された。
「音楽1」ではユカラ(英雄叙事詩)などに触れて「アイヌの人々の生活は、歌や踊りに満ちていた」とした教科書も。「美術1」では世界のデザインを学ぶ項目でアイヌ文様が、「家庭基礎」「家庭総合」では伝統的な織物の例としてアットゥシ(樹皮衣)が掲載された。
◇
新高校教科書のアイヌ民族に関する記述をどう読むか。アイヌ民族で慶応大4年の関根摩耶さん(21)と、アイヌ民族をテーマとした作品がある漫画家で、埼玉県内の私立高校でアイヌ語講師を務める成田英敏さん(60)の2人に聞いた。
■アイヌ民族の大学生・関根摩耶さん 今の人たちに関心を
歴史の教科書は「過去形」で語られますが、アイヌの人々は生きています。私が通った高校の教科書は「アイヌの人たちがいました」という書き方がされていて、自分の存在が切り離されたように感じました。
英語や音楽、家庭科などでもアイヌ文化に触れられたことは、総合的な理解につながります。これはうれしいことですが、英語は「消滅の危機にある言語」がテーマ。そうではなく、アイヌの人々へのインタビューを例文にするなど「今のアイヌ」に興味を持つきっかけにしてほしいです。
アイヌは最も身近な異文化で、学ぶことは「日本とはなにか?」との問いにもつながる。新学習指導要領が求める「深い学び」に適したテーマのはずです。
■漫画家、アイヌ語講師・成田英敏さん 踏み込みが足りない
アイヌ民族への差別については、踏み込んで書かれていないと感じました。「歴史総合」で差別に触れないのは不完全。あらゆるマイノリティーの人権が重視される中、差別の歴史もきちんと教えるべきです。
「公共」でもアイヌ施策推進法に触れていますが、先住権が認められていないことの記述は乏しく、現在も続く差別の原因となった北海道旧土人保護法も十分書かれていません。「旧土人」は極め付きの差別用語ですから、もっと強調してもいいのでは。
私が講師を務める高校では、アイヌ語を話す人が少なくなった理由をまとめさせるなど、差別の歴史を教えています。教科書だけでは限界があり、教える人材を育てることが大切です。(大能伸悟)
◆ユカラのラとアットゥシのシは小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/540044
2022年度から全国の高校で使われる新しい教科書は、幅広い教科にわたってアイヌ民族についての記述があった。文部科学省が3月末に公表した高校の教科書検定の結果によると、新必修科目の「歴史総合」では、合格した12点すべてが歴史や固有文化を紹介。ただ、差別問題をどこまで記述するかを巡って出版各社の判断が割れており、関係者からは踏み込み不足を指摘する声もある。
今回行われた高校の教科書検定は、22年度から段階的に施行される新学習指導要領に基づくものだ。新たな必修科目で、近現代史に焦点を当てる「歴史総合」では、日本の開国を学ぶ際に「北方との交易をしていたアイヌについて触れること」を求めている。
合格した新教科書12点はいずれも、江戸幕府が松前藩を対外窓口の一つとし、アイヌ民族と交易していたと解説。同藩の家老だった絵師蠣崎波響(かきざきはきょう)が、当時のアイヌ民族の首長らを描いた肖像画「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」などを掲載した。
現行の歴史教科書では、日本史Aは全7点がアイヌ民族について触れているものの、北海道開拓の説明の注釈程度にとどまるものもあり、全体的に控えめ。世界史Aでは9点中1点しか触れていない。科目が違うため単純比較はできないが、「歴史総合」の新設でアイヌ民族の記述が増えたと言えそうだ。
ただ、差別問題など「負の歴史」に関する記述は各社で違いがある。最多の9ページを充てた教科書は、明治政府の同化政策でアイヌ民族固有の風習が禁止されたことなどを詳述したが、最少の2ページだった別の教科書は、アイヌ民族が「(松前藩に)不利な立場に置かれて蜂起した」などとするにとどめた。
北海道旧土人保護法の制定(1899年)に関しては、ある教科書が「保護という語句とは裏腹に、農業の強制などが実施され」と説明。これに対し、「保護の対象とされ、農業のための土地の給付や日本語での教育が推進された」と表現した教科書もあった。
「歴史総合」と同じ新必修科目で、主権者教育を行う「公共」では、アイヌ民族を先住民族と明記したアイヌ施策推進法(19年施行)について「土地や資源に対する先住権が明記されず」と問題点を指摘する教科書がある一方、別の教科書は「(アイヌ)文化の振興をはかっている」としただけだった。
■伝統儀式紹介ユカラ、文様も 9科目で多様な内容
今回の検定で合格した高校教科書のうち、アイヌ民族についての記述があったのは「歴史総合」「公共」を含む計9科目38点。教科は多岐にわたり、内容も固有文化など多様だ。
「地理総合」では世界の民族を学ぶ項目で、伝統儀式などの写真が掲載された。「英語コミュニケーション1」では英語の会話文などで、消滅の危機にひんする言語としてアイヌ語が紹介された。
「音楽1」ではユカラ(英雄叙事詩)などに触れて「アイヌの人々の生活は、歌や踊りに満ちていた」とした教科書も。「美術1」では世界のデザインを学ぶ項目でアイヌ文様が、「家庭基礎」「家庭総合」では伝統的な織物の例としてアットゥシ(樹皮衣)が掲載された。
◇
新高校教科書のアイヌ民族に関する記述をどう読むか。アイヌ民族で慶応大4年の関根摩耶さん(21)と、アイヌ民族をテーマとした作品がある漫画家で、埼玉県内の私立高校でアイヌ語講師を務める成田英敏さん(60)の2人に聞いた。
■アイヌ民族の大学生・関根摩耶さん 今の人たちに関心を
歴史の教科書は「過去形」で語られますが、アイヌの人々は生きています。私が通った高校の教科書は「アイヌの人たちがいました」という書き方がされていて、自分の存在が切り離されたように感じました。
英語や音楽、家庭科などでもアイヌ文化に触れられたことは、総合的な理解につながります。これはうれしいことですが、英語は「消滅の危機にある言語」がテーマ。そうではなく、アイヌの人々へのインタビューを例文にするなど「今のアイヌ」に興味を持つきっかけにしてほしいです。
アイヌは最も身近な異文化で、学ぶことは「日本とはなにか?」との問いにもつながる。新学習指導要領が求める「深い学び」に適したテーマのはずです。
■漫画家、アイヌ語講師・成田英敏さん 踏み込みが足りない
アイヌ民族への差別については、踏み込んで書かれていないと感じました。「歴史総合」で差別に触れないのは不完全。あらゆるマイノリティーの人権が重視される中、差別の歴史もきちんと教えるべきです。
「公共」でもアイヌ施策推進法に触れていますが、先住権が認められていないことの記述は乏しく、現在も続く差別の原因となった北海道旧土人保護法も十分書かれていません。「旧土人」は極め付きの差別用語ですから、もっと強調してもいいのでは。
私が講師を務める高校では、アイヌ語を話す人が少なくなった理由をまとめさせるなど、差別の歴史を教えています。教科書だけでは限界があり、教える人材を育てることが大切です。(大能伸悟)
◆ユカラのラとアットゥシのシは小さい字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/540044