北海道新聞 05/06 05:00
海外から注目を集める「北海道」。外国人の住民や観光客に向けて、生活や観光に関する情報を多言語で発信する取り組みが北海道でも広がっている。新型コロナウイルス禍で外国人住民が生活の支援制度に関する情報を求めるニーズが高まっているのに加え、訪日観光客は急減したものの、「コロナ後」を見据えて多言語対応を強化する動きもある。道内の多言語化の現状を探った。(文/報道センター・デジタルチーム 門馬羊次、野呂有里)
■外国人の相談 コロナで急増
北海道では外国人住民の増加が続いている。
道によると、道内の外国人住民は2015年(1月1日現在)に2万2902人だったが、20年(同)は4万1696人と1・8倍に増加。コロナ禍の影響が反映される21年の統計はまだ公表されていないが、北海道労働局によると、20年10月末現在の道内の外国人労働者数は2万5363人で過去最高を更新している。
札幌市には1万5千人近くの外国人が暮らしており、道内全体の3割ほどが集中している。市は2019年11月に外国人相談窓口を開設。市の出資団体の札幌国際プラザ(中央区)が運営し、生活全般の困り事の相談に対応している。19年度の相談件数は4カ月間で103件だったが、20年度は878件にまで増えた。
「新型コロナの感染拡大で相談が一気に増えました」。札幌国際プラザの岡部歌織・相談支援課長によると、各種給付金の申請などについての問い合わせが多いという。
窓口でスタッフが対応できる外国語は、英語と中国語。日本語を話せない人の相談の大部分は、この2言語で対応可能だが、札幌市には約130カ国・地域の外国人が暮らしている。対応可能な言語を広げるために導入しているのが、「多言語コールセンター」だ。
札幌市が契約するコールセンター業者は、ネパール語や、フィリピンで使うタガログ語など、アジアを中心に20言語で対応している。窓口に相談者が訪問した場合は、スタッフがコールセンターに電話をつなぎ、相談者の言語を話すオペレーターと3者間で、スピーカー機能を活用して会話する。電話相談の場合は、3者間で同時通話できるシステムを活用する。
札幌国際プラザの相談窓口でコールセンターを活用した事例は、ロシア語やフランス語などまだ数件だが、岡部課長は「どんな言語でも対応できる態勢を整えていくことが大切」と強調する。
■「緊急通報」もサポート
全国の消防や警察が緊急通報で、多言語コールセンターを活用する事例も増えている。紋別市と周辺4町村(滝上町、興部町、雄武町、西興部村)で構成する紋別地区消防組合は、2020年5月から多言語コールセンターの利用を始めた。19言語に対応可能で、通報時と、救急隊員が現場に到着時に使用する。これまでタイ語による急病人の通報1件にコールセンターを活用した。
同組合管内は、水産加工場や牧場でベトナムなどの技能実習生が働いている。管内5市町村で計844人(3月末時点)の外国人が暮らしており、多言語対応に力を入れている。
ただ、コールセンターにつなぐまでには難関もある。
通報者の話す言語が何語か、消防署員が理解し、コールセンターのオペレーターにつなぐまで電話を切らないよう、通報者に説明する必要もある。同組合の担当者は「導入後も署員の定期的な訓練が必要」と話す。
釧路市や室蘭市の消防本部も2020年度から多言語コールセンターの活用を始めるなど、導入事例は増えている。道内の約20消防や各県警本部などと契約している道外の多言語コールセンター業者は「消防や警察の緊急通報には24時間円滑に対応する必要があり、全国からオペレーターの人材を集めている」と打ち明ける。
■「コロナ後」見据え
多言語化に向けた人材確保の競争が激しくなる中で、北海道に魅力を感じて定住し、活躍する人もいる。
渡島管内木古内町で2020年度から地域おこし協力隊として活動する中国・北京出身の李靨(り・よう)さん(32)は、道の駅「みそぎの郷きこない」の多言語対応で重要な役割を果たしている。
道の駅は北海道新幹線木古内駅前にあり、今年4月から新幹線やバスなどの出発時間を、日本語に加え、英語と中国語で館内放送している。英語も堪能な李さんが中国語と英語のアナウンスを担当。「外国人旅行者が安心して旅を楽しむ環境にしたい」と語る。道の駅の軽食コーナーのメニュー表にも4月から英語と中国語を追加した。
李さんは上川管内東川町の専門学校で日本語を学んだ後、「自然豊かで人も親切」な北海道で暮らしたいと仕事を探し、木古内町の協力隊員に応募した。道の駅を拠点に活動しており、観光事業の多言語化に奔走している。
例年、渡島管内松前町などの観光名所を訪れるために、木古内の道の駅にも観光バスで多くの外国人観光客が来訪していたが、コロナ禍で昨年からほとんど見かけなくなったという。道の駅で観光コンシェルジュを務める津山睦さん(38)は「これまでは多言語対応をしたくても、1人ではなかなかできなかった。李さんと一緒に、コロナ後の集客の可能性を広げたい」と話す。
テクノロジーを活用した多言語対応の事例もある。阿寒湖畔(釧路市)で5月21日から開かれる「阿寒湖の森ナイトウォーク『カムイルミナ』」では、日本語、英語、中国語、韓国語で対応するスマートフォン向けのガイドアプリを活用する。
イベントは、アイヌ神話を題材に光と映像で演出した夜の阿寒湖畔を約1・2キロ散策。コース上に設けたQRコードをスマートフォンで読み取ると、選択した言語で観覧中の場面を字幕で解説する。主催者する阿寒アドベンチャーツーリズムの香川謹吾さん(54)は「夜の森を1キロ以上歩く中で、通訳の人が一緒に来るのは難しい。いつ外国の人が来ても、楽しめるよう準備した」と説明する。
■「やさしい日本語」を実践
さまざまな工夫で多言語対応が広がっているが、札幌国際プラザの岡部課長が意外なことを教えてくれた。
「実は、窓口で相談に応じる時、日本語を使うことが多いんです」
留学生や技能実習生らは来日前に日本語を勉強しており、片言で話せる人も少なくない。「簡単な日本語を使いながらコミュニケーションを図ることができます」と岡部課長。外国人でも理解しやすい言葉を使う「やさしい日本語」を実践している。
今年3月末に開設した「さっぽろ外国人相談窓口」のホームページには、日本語、英語、中国語、韓国語、ベトナム語の5言語に加え、「やさしい日本語」の表示にも対応している。平仮名を可能な限り用いて、漢字にはルビを振り、文節ごとにスペースを入れて文章の区切りを分かりやすくしている。
「やさしい日本語」の普及に取り組む一般社団法人北海道日本語センター(札幌)の二通(につう)信子代表理事は、「日本人の会話は『~で、~で』と文を切らずに伝えたり、言いたいことを最後に伝えたりと、外国人には分かりにくいことが多いです」と指摘する。「短く言い切ることによそよそしさを感じるかもしれませんが、まずは伝わることが大切です」と説明する。
「やさしい日本語」のニーズも高まっている。北海道日本語センターは、2020年度に道の委託事業として、日本語を学ぶ外国人をサポートする人材の養成講座を、技能実習生らの多い道内の沿岸部など7市町(釧路市、網走市、稚内市、留萌市、日高管内浦河町、根室管内別海町、オホーツク管内雄武町)で開催した。二通さんは「多言語に対応できる人材をそろえるのは大変です。お互いに使う日本語のレベルを調整して話すことで、コミュニケーションがしやすくなります。地域で暮らしやすい環境が整えば、外国人の定着にもつながります」と話す。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/539236
海外から注目を集める「北海道」。外国人の住民や観光客に向けて、生活や観光に関する情報を多言語で発信する取り組みが北海道でも広がっている。新型コロナウイルス禍で外国人住民が生活の支援制度に関する情報を求めるニーズが高まっているのに加え、訪日観光客は急減したものの、「コロナ後」を見据えて多言語対応を強化する動きもある。道内の多言語化の現状を探った。(文/報道センター・デジタルチーム 門馬羊次、野呂有里)
■外国人の相談 コロナで急増
北海道では外国人住民の増加が続いている。
道によると、道内の外国人住民は2015年(1月1日現在)に2万2902人だったが、20年(同)は4万1696人と1・8倍に増加。コロナ禍の影響が反映される21年の統計はまだ公表されていないが、北海道労働局によると、20年10月末現在の道内の外国人労働者数は2万5363人で過去最高を更新している。
札幌市には1万5千人近くの外国人が暮らしており、道内全体の3割ほどが集中している。市は2019年11月に外国人相談窓口を開設。市の出資団体の札幌国際プラザ(中央区)が運営し、生活全般の困り事の相談に対応している。19年度の相談件数は4カ月間で103件だったが、20年度は878件にまで増えた。
「新型コロナの感染拡大で相談が一気に増えました」。札幌国際プラザの岡部歌織・相談支援課長によると、各種給付金の申請などについての問い合わせが多いという。
窓口でスタッフが対応できる外国語は、英語と中国語。日本語を話せない人の相談の大部分は、この2言語で対応可能だが、札幌市には約130カ国・地域の外国人が暮らしている。対応可能な言語を広げるために導入しているのが、「多言語コールセンター」だ。
札幌市が契約するコールセンター業者は、ネパール語や、フィリピンで使うタガログ語など、アジアを中心に20言語で対応している。窓口に相談者が訪問した場合は、スタッフがコールセンターに電話をつなぎ、相談者の言語を話すオペレーターと3者間で、スピーカー機能を活用して会話する。電話相談の場合は、3者間で同時通話できるシステムを活用する。
札幌国際プラザの相談窓口でコールセンターを活用した事例は、ロシア語やフランス語などまだ数件だが、岡部課長は「どんな言語でも対応できる態勢を整えていくことが大切」と強調する。
■「緊急通報」もサポート
全国の消防や警察が緊急通報で、多言語コールセンターを活用する事例も増えている。紋別市と周辺4町村(滝上町、興部町、雄武町、西興部村)で構成する紋別地区消防組合は、2020年5月から多言語コールセンターの利用を始めた。19言語に対応可能で、通報時と、救急隊員が現場に到着時に使用する。これまでタイ語による急病人の通報1件にコールセンターを活用した。
同組合管内は、水産加工場や牧場でベトナムなどの技能実習生が働いている。管内5市町村で計844人(3月末時点)の外国人が暮らしており、多言語対応に力を入れている。
ただ、コールセンターにつなぐまでには難関もある。
通報者の話す言語が何語か、消防署員が理解し、コールセンターのオペレーターにつなぐまで電話を切らないよう、通報者に説明する必要もある。同組合の担当者は「導入後も署員の定期的な訓練が必要」と話す。
釧路市や室蘭市の消防本部も2020年度から多言語コールセンターの活用を始めるなど、導入事例は増えている。道内の約20消防や各県警本部などと契約している道外の多言語コールセンター業者は「消防や警察の緊急通報には24時間円滑に対応する必要があり、全国からオペレーターの人材を集めている」と打ち明ける。
■「コロナ後」見据え
多言語化に向けた人材確保の競争が激しくなる中で、北海道に魅力を感じて定住し、活躍する人もいる。
渡島管内木古内町で2020年度から地域おこし協力隊として活動する中国・北京出身の李靨(り・よう)さん(32)は、道の駅「みそぎの郷きこない」の多言語対応で重要な役割を果たしている。
道の駅は北海道新幹線木古内駅前にあり、今年4月から新幹線やバスなどの出発時間を、日本語に加え、英語と中国語で館内放送している。英語も堪能な李さんが中国語と英語のアナウンスを担当。「外国人旅行者が安心して旅を楽しむ環境にしたい」と語る。道の駅の軽食コーナーのメニュー表にも4月から英語と中国語を追加した。
李さんは上川管内東川町の専門学校で日本語を学んだ後、「自然豊かで人も親切」な北海道で暮らしたいと仕事を探し、木古内町の協力隊員に応募した。道の駅を拠点に活動しており、観光事業の多言語化に奔走している。
例年、渡島管内松前町などの観光名所を訪れるために、木古内の道の駅にも観光バスで多くの外国人観光客が来訪していたが、コロナ禍で昨年からほとんど見かけなくなったという。道の駅で観光コンシェルジュを務める津山睦さん(38)は「これまでは多言語対応をしたくても、1人ではなかなかできなかった。李さんと一緒に、コロナ後の集客の可能性を広げたい」と話す。
テクノロジーを活用した多言語対応の事例もある。阿寒湖畔(釧路市)で5月21日から開かれる「阿寒湖の森ナイトウォーク『カムイルミナ』」では、日本語、英語、中国語、韓国語で対応するスマートフォン向けのガイドアプリを活用する。
イベントは、アイヌ神話を題材に光と映像で演出した夜の阿寒湖畔を約1・2キロ散策。コース上に設けたQRコードをスマートフォンで読み取ると、選択した言語で観覧中の場面を字幕で解説する。主催者する阿寒アドベンチャーツーリズムの香川謹吾さん(54)は「夜の森を1キロ以上歩く中で、通訳の人が一緒に来るのは難しい。いつ外国の人が来ても、楽しめるよう準備した」と説明する。
■「やさしい日本語」を実践
さまざまな工夫で多言語対応が広がっているが、札幌国際プラザの岡部課長が意外なことを教えてくれた。
「実は、窓口で相談に応じる時、日本語を使うことが多いんです」
留学生や技能実習生らは来日前に日本語を勉強しており、片言で話せる人も少なくない。「簡単な日本語を使いながらコミュニケーションを図ることができます」と岡部課長。外国人でも理解しやすい言葉を使う「やさしい日本語」を実践している。
今年3月末に開設した「さっぽろ外国人相談窓口」のホームページには、日本語、英語、中国語、韓国語、ベトナム語の5言語に加え、「やさしい日本語」の表示にも対応している。平仮名を可能な限り用いて、漢字にはルビを振り、文節ごとにスペースを入れて文章の区切りを分かりやすくしている。
「やさしい日本語」の普及に取り組む一般社団法人北海道日本語センター(札幌)の二通(につう)信子代表理事は、「日本人の会話は『~で、~で』と文を切らずに伝えたり、言いたいことを最後に伝えたりと、外国人には分かりにくいことが多いです」と指摘する。「短く言い切ることによそよそしさを感じるかもしれませんが、まずは伝わることが大切です」と説明する。
「やさしい日本語」のニーズも高まっている。北海道日本語センターは、2020年度に道の委託事業として、日本語を学ぶ外国人をサポートする人材の養成講座を、技能実習生らの多い道内の沿岸部など7市町(釧路市、網走市、稚内市、留萌市、日高管内浦河町、根室管内別海町、オホーツク管内雄武町)で開催した。二通さんは「多言語に対応できる人材をそろえるのは大変です。お互いに使う日本語のレベルを調整して話すことで、コミュニケーションがしやすくなります。地域で暮らしやすい環境が整えば、外国人の定着にもつながります」と話す。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/539236