北海道新聞 05/04 11:34
4月下旬、釧路市のシンボル幣舞橋のたもとにある市男女平等参画センター。今年の「人権セミナー」の内容について、職員から助言を求められた同性愛者の田辺貴久さん(39)は穏やかな口調で話した。「LGBTなど性的少数者の多くは職場で理解のない発言に苦しんでいる。セミナーを企業向けに開くのはどうだろう」。理解し合うことは難しくても、誰かが理解する姿勢を示してくれるだけで当事者は救われる―。自身の経験を踏まえた提案だった。
■LGBT認めて
長く男性と交際していることを、東京の不動産情報サイト運営会社に勤めていた2014年に公にした。釧路市ビジネスサポートセンターの副センター長に転じた19年からは、ボランティアで性的少数者に関する講演などに取り組んできた。「釧路では、大都市の東京とは違って性的少数者は身近にいないと考えている企業も多い。カミングアウト(告白)しても不利益を受けず、周囲に伝えることを自由に選択できる環境をつくりたい」
憲法は14条1項で、すべての国民に「法の下の平等」を保障し人種、信条、性別、社会的身分や生まれの違いで政治的、経済的、社会的関係で差別されないと定めている。一方、弱者への差別は性的少数者だけでなく、社会のあらゆる場面に存在し続けている。憲法はその力を失っているのか。
3月17日、司法はその疑念にノーを突き付けた。札幌地裁は同性婚を認めない現行法について、憲法14条に反するとの初判断を下し「同性愛者に対し婚姻の法的効果の一部ですら受ける手段を提供しないのは、合理的根拠を欠く差別的取り扱い」だと断じた。
「LGBTの存在を前提とする社会制度が必要になると信じてきた。時代にあった憲法判断をしてくれた」。田辺さんは地裁判決を歓迎しつつ、こう続けた。「違憲判決は『トップダウン』の関連法改正の動きにつながるかもしれない。ただ実際に制度がつくられて社会全体に浸透するには、さまざまな人たちの理解を得ていく『ボトムアップ』の活動が必要だ」
■社会への浸透鍵
札幌地裁は違憲判決で、同性婚に「肯定的な国民が増え、異性愛者との区別を解消すべきだという要請が高まった」ことも考慮すべきだと指摘した。社会の意識の変化が、憲法の力を具現化し、差別を受けてきた社会的弱者の権利を保障することにつながっていく。
同性カップルはパートナーの法的相続人になれず、遺族年金も受給できないままだ。「私たちは、まだまだ世間の当たり前じゃない。同性愛者であることは隠して暮らしていく」。約20年間、同性のパートナーと暮らす道央の50代女性はこう漏らす。突然、知らない男から電話があり、汚い言葉でなじられたこともあった。引っ越しのたび、女性同士の同居を理由に一度は入居を断られる。急病で倒れた時、パートナーは救急車への同乗を拒否された。
地裁判決は、性的指向は性別や人種と同様に「自らの意思にかかわらず決定される個人の性質」と強調した。「個人の性質で『少ない側』になって不利益を被り、偏見の目を向けられてきたのは性的少数者だけではない」と女性は言う。
ハンセン病やエイズ患者、アイヌ民族、被差別出身者…。理解できないもの、多数と異なるものを恐れ、拒絶する歴史は、多くの過ちを経てもなお続いている。
「差別の根底には、多数が『標準』と考えているものが正しいという日本社会の『規範』がある。当たり前だと思ってきた規範が誰かを傷つけ、生きにくくしているという現実を、一人一人が自覚することが必要だ」。差別問題に詳しい明治大の鈴木賢教授(比較法)=北大名誉教授=はこう指摘する。「憲法は恣意(しい)的な権力行使から国民を守るための規範であり、不当な差別にストップをかける最後の砦(とりで)だ」
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/540292
4月下旬、釧路市のシンボル幣舞橋のたもとにある市男女平等参画センター。今年の「人権セミナー」の内容について、職員から助言を求められた同性愛者の田辺貴久さん(39)は穏やかな口調で話した。「LGBTなど性的少数者の多くは職場で理解のない発言に苦しんでいる。セミナーを企業向けに開くのはどうだろう」。理解し合うことは難しくても、誰かが理解する姿勢を示してくれるだけで当事者は救われる―。自身の経験を踏まえた提案だった。
■LGBT認めて
長く男性と交際していることを、東京の不動産情報サイト運営会社に勤めていた2014年に公にした。釧路市ビジネスサポートセンターの副センター長に転じた19年からは、ボランティアで性的少数者に関する講演などに取り組んできた。「釧路では、大都市の東京とは違って性的少数者は身近にいないと考えている企業も多い。カミングアウト(告白)しても不利益を受けず、周囲に伝えることを自由に選択できる環境をつくりたい」
憲法は14条1項で、すべての国民に「法の下の平等」を保障し人種、信条、性別、社会的身分や生まれの違いで政治的、経済的、社会的関係で差別されないと定めている。一方、弱者への差別は性的少数者だけでなく、社会のあらゆる場面に存在し続けている。憲法はその力を失っているのか。
3月17日、司法はその疑念にノーを突き付けた。札幌地裁は同性婚を認めない現行法について、憲法14条に反するとの初判断を下し「同性愛者に対し婚姻の法的効果の一部ですら受ける手段を提供しないのは、合理的根拠を欠く差別的取り扱い」だと断じた。
「LGBTの存在を前提とする社会制度が必要になると信じてきた。時代にあった憲法判断をしてくれた」。田辺さんは地裁判決を歓迎しつつ、こう続けた。「違憲判決は『トップダウン』の関連法改正の動きにつながるかもしれない。ただ実際に制度がつくられて社会全体に浸透するには、さまざまな人たちの理解を得ていく『ボトムアップ』の活動が必要だ」
■社会への浸透鍵
札幌地裁は違憲判決で、同性婚に「肯定的な国民が増え、異性愛者との区別を解消すべきだという要請が高まった」ことも考慮すべきだと指摘した。社会の意識の変化が、憲法の力を具現化し、差別を受けてきた社会的弱者の権利を保障することにつながっていく。
同性カップルはパートナーの法的相続人になれず、遺族年金も受給できないままだ。「私たちは、まだまだ世間の当たり前じゃない。同性愛者であることは隠して暮らしていく」。約20年間、同性のパートナーと暮らす道央の50代女性はこう漏らす。突然、知らない男から電話があり、汚い言葉でなじられたこともあった。引っ越しのたび、女性同士の同居を理由に一度は入居を断られる。急病で倒れた時、パートナーは救急車への同乗を拒否された。
地裁判決は、性的指向は性別や人種と同様に「自らの意思にかかわらず決定される個人の性質」と強調した。「個人の性質で『少ない側』になって不利益を被り、偏見の目を向けられてきたのは性的少数者だけではない」と女性は言う。
ハンセン病やエイズ患者、アイヌ民族、被差別出身者…。理解できないもの、多数と異なるものを恐れ、拒絶する歴史は、多くの過ちを経てもなお続いている。
「差別の根底には、多数が『標準』と考えているものが正しいという日本社会の『規範』がある。当たり前だと思ってきた規範が誰かを傷つけ、生きにくくしているという現実を、一人一人が自覚することが必要だ」。差別問題に詳しい明治大の鈴木賢教授(比較法)=北大名誉教授=はこう指摘する。「憲法は恣意(しい)的な権力行使から国民を守るための規範であり、不当な差別にストップをかける最後の砦(とりで)だ」
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/540292