北海道新聞 05/30 05:00
アイヌ民族への差別 偏見根絶へ歴史学ぶべき 報道センター・田鍋里奈
アイヌ民族への差別が繰り返されている。3月には日本テレビ系列の情報番組がアイヌ民族への差別表現を放送して謝罪したが、会員制交流サイト(SNS)では「何が問題なのか」「アイヌ差別を知らなかった」などの声も広がった。アイヌ民族を法律で初めて先住民族と位置付け、差別を禁じたアイヌ施策推進法(アイヌ新法)施行から2年。アイヌ民族へのヘイトスピーチ(憎悪表現)に加え、無知による差別や偏見を根絶していくためには、私たち一人一人が正しい歴史を学ぶ努力を続けることが必要だ。
「何十年も前に聞いた言葉が亡霊のようによみがえった」。情報番組で差別表現が放送された後、日高管内平取町の平取アイヌ遺骨を考える会の木村二三夫共同代表(72)は、怒りをあらわにした。
番組ではお笑い芸人が、アイヌ民族を「あ、犬」とする謎かけを披露した。長くアイヌ民族を傷つけてきた差別表現なのは明らかだった。放送直後から同局への批判が広がり、芸人は「勉強不足を痛感した」と謝罪し、同局の小杉善信社長も「理解が足りていなかった」と陳謝した。
アイヌ民族の権利回復に取り組む道内関係者が最も衝撃を受けたのは、差別表現が内部考査も経ずに放送されたことではなく、「大手メディアが差別だと認識さえしていなかった」(関係者)ことだった。放送後、SNSでは「アイヌ民族は先住民族ではない」「差別はでっちあげだ」など誤った情報も拡散した。
アイヌ民族の男性は「日本社会において少数派のアイヌ民族と、多数派の和人の間には、今も見えない壁がある。しかし、この壁は多くの和人には見えていないのではないか」と話す。
19年にはアイヌ新法が施行され、20年には胆振管内白老町に国のアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が開業した。全国メディアがアイヌ民族を取り上げる機会も増え、昨年の内閣府の調査ではアイヌ民族が日本の先住民族だと「知っている」とした人は全国で初めて9割を超えた。一方、明治時代以降の国の政策がアイヌ民族に厳しい生活を強いた歴史を理解している人は5割以下だった。
アイヌ民族を「知っている」が、理解はしていない―。差別が繰り返される根底には、日本社会のこうした現状がある。だからこそ、アイヌ民族の歴史を正しく学ぶための教育機会の充実が必要だ。
小中高の学習指導要領は社会の授業などでアイヌ文化などに触れるよう明記しているが、アイヌ民族への差別問題の扱いには触れておらず、授業でどの程度扱うかは現場の判断次第だ。高校では来年度から新たな必修科目「歴史総合」でアイヌ民族の歴史を学ぶようになるが、明治政府がアイヌ民族の風習を禁止した同化政策や差別など「負の歴史」に関する詳述がない教科書もある。
教え方も課題だ。胆振管内のアイヌ民族の女性(37)は「差別の歴史に傷つくのはアイヌ民族の子供だけではない。和人の子供も自身が加害者側の子孫だとショックを受ける」と話す。女性はかつて、和人男性から差別の歴史に強く罪悪感を抱いていると何度も謝罪され、戸惑ったことがある。「差別問題は扱い方を間違えば、互いに傷つくだけかもしれない」と懸念する。
千歳市立末広小と旭川市立北門中では20年以上前から、アイヌ民族の長老から郷土の歴史を学ぶ授業を続けている。多くの子どもたちは、自分とは違う背景を持つ人の存在を知り、理解し、互いを尊重する大切さを学んでいく。
北大・アイヌ先住民研究センター長の加藤博文教授は「差別に対抗するには、差別を許さないと表明し続けることが必要だ」と指摘。その上で「過去の出来事と、今を生きる私たちは無関係ではない。差別を根絶するためには、都合の悪い歴史であっても向き合うことが必要だ」と話す。
アイヌ民族が「壁」を意識せず、誇りを持って生きられる社会―。その実現には、和人の側が「壁」の存在をしっかり自覚し、打ち砕くことができるかが問われている。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/549555
アイヌ民族への差別 偏見根絶へ歴史学ぶべき 報道センター・田鍋里奈
アイヌ民族への差別が繰り返されている。3月には日本テレビ系列の情報番組がアイヌ民族への差別表現を放送して謝罪したが、会員制交流サイト(SNS)では「何が問題なのか」「アイヌ差別を知らなかった」などの声も広がった。アイヌ民族を法律で初めて先住民族と位置付け、差別を禁じたアイヌ施策推進法(アイヌ新法)施行から2年。アイヌ民族へのヘイトスピーチ(憎悪表現)に加え、無知による差別や偏見を根絶していくためには、私たち一人一人が正しい歴史を学ぶ努力を続けることが必要だ。
「何十年も前に聞いた言葉が亡霊のようによみがえった」。情報番組で差別表現が放送された後、日高管内平取町の平取アイヌ遺骨を考える会の木村二三夫共同代表(72)は、怒りをあらわにした。
番組ではお笑い芸人が、アイヌ民族を「あ、犬」とする謎かけを披露した。長くアイヌ民族を傷つけてきた差別表現なのは明らかだった。放送直後から同局への批判が広がり、芸人は「勉強不足を痛感した」と謝罪し、同局の小杉善信社長も「理解が足りていなかった」と陳謝した。
アイヌ民族の権利回復に取り組む道内関係者が最も衝撃を受けたのは、差別表現が内部考査も経ずに放送されたことではなく、「大手メディアが差別だと認識さえしていなかった」(関係者)ことだった。放送後、SNSでは「アイヌ民族は先住民族ではない」「差別はでっちあげだ」など誤った情報も拡散した。
アイヌ民族の男性は「日本社会において少数派のアイヌ民族と、多数派の和人の間には、今も見えない壁がある。しかし、この壁は多くの和人には見えていないのではないか」と話す。
19年にはアイヌ新法が施行され、20年には胆振管内白老町に国のアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が開業した。全国メディアがアイヌ民族を取り上げる機会も増え、昨年の内閣府の調査ではアイヌ民族が日本の先住民族だと「知っている」とした人は全国で初めて9割を超えた。一方、明治時代以降の国の政策がアイヌ民族に厳しい生活を強いた歴史を理解している人は5割以下だった。
アイヌ民族を「知っている」が、理解はしていない―。差別が繰り返される根底には、日本社会のこうした現状がある。だからこそ、アイヌ民族の歴史を正しく学ぶための教育機会の充実が必要だ。
小中高の学習指導要領は社会の授業などでアイヌ文化などに触れるよう明記しているが、アイヌ民族への差別問題の扱いには触れておらず、授業でどの程度扱うかは現場の判断次第だ。高校では来年度から新たな必修科目「歴史総合」でアイヌ民族の歴史を学ぶようになるが、明治政府がアイヌ民族の風習を禁止した同化政策や差別など「負の歴史」に関する詳述がない教科書もある。
教え方も課題だ。胆振管内のアイヌ民族の女性(37)は「差別の歴史に傷つくのはアイヌ民族の子供だけではない。和人の子供も自身が加害者側の子孫だとショックを受ける」と話す。女性はかつて、和人男性から差別の歴史に強く罪悪感を抱いていると何度も謝罪され、戸惑ったことがある。「差別問題は扱い方を間違えば、互いに傷つくだけかもしれない」と懸念する。
千歳市立末広小と旭川市立北門中では20年以上前から、アイヌ民族の長老から郷土の歴史を学ぶ授業を続けている。多くの子どもたちは、自分とは違う背景を持つ人の存在を知り、理解し、互いを尊重する大切さを学んでいく。
北大・アイヌ先住民研究センター長の加藤博文教授は「差別に対抗するには、差別を許さないと表明し続けることが必要だ」と指摘。その上で「過去の出来事と、今を生きる私たちは無関係ではない。差別を根絶するためには、都合の悪い歴史であっても向き合うことが必要だ」と話す。
アイヌ民族が「壁」を意識せず、誇りを持って生きられる社会―。その実現には、和人の側が「壁」の存在をしっかり自覚し、打ち砕くことができるかが問われている。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/549555