ウェッジ1/12(木) 6:01配信
高騰している電気・都市ガス料金は2023年に下がるのだろうか。欧州では天然ガス価格がピーク時からは下落したが、エネルギー危機前との比較では高騰したままで、料金もまだ元には戻らない。
日本の電気料金には、発電の30%以上を担う石炭の価格が大きな影響を与えるが、昨年史上最高値を更新した価格はほとんど下がっていない。
脱ロシア産化石燃料を進める欧州諸国が世界中で石炭を買い漁っているためだ。「血まみれ」と呼ばれる石炭にまで手を出している。石炭価格が下落する可能性は薄く、日本の電気料金が今年下がる可能性も小さい。
欧州は脱炭素よりも石炭を手当
欧州では暖冬により暖房と給湯を担う天然ガス消費量が抑制され、天然ガス価格が下落した。と言っても、欧州の昨年12月の月間平均の天然ガス価格は、エネルギー危機発生前の20年年末との比較では、6倍だ。価格は年末にさらに下落したが、今年初めの時点でも依然として3倍の水準にある。
昨年8月末、ロシアがノルドストリーム1・パイプラインからの供給停止を脅かした時には、価格が20年末のレベルから十数倍にも高騰したので、それからすれば落ち着いたが、依然電気、都市ガス料金はロシア侵略前との比較では高値に張り付いている。
暖冬のおかげで天然ガス消費量を節約することができ、今年の供給は安心かと言えば、そうでもない。21年欧州連合(EU)の天然ガス輸入量の4割以上を占めていたロシアのシェアは、22年約2割まで落ちた(図-1)。特に昨年後半に供給量は大きく落ち込み、シェアは10%を割り込んでいる(図-2)。
このロシアの供給状況が続けば、春から夏にかけ行う冬季に備えた在庫の積み増しが難しくなり、液化天然ガス(LNG)の大きな供給増を期待できない今年の冬には天然ガスが不足する可能性がある。
天然ガスはEUの一次エネルギー供給の23%を占め、電力供給の20%を占めている。天然ガスを節約するため多くの欧州諸国が取り組んだのは、休止していた石炭火力の再開と稼働中の設備の利用増だった。英国、ドイツ、フランスなど10カ国以上が石炭の消費を増やした。
生活の危機、産業の危機となれば、脱炭素・脱石炭もどっかに行ってしまったのだが、欧州諸国は途上国には依然として脱石炭を促している。中には価格が高騰した化石燃料が買えずに停電した国もあるが、価格を上げたのは欧州だ。
化石燃料依存と高値は続く
ロシアのウクライナ侵略はエネルギーの世界を大きく変えた。多くの国は1973年の第一次オイルショック以降進めてきたエネルギー安全保障政策の見直しを迫られた。50年前、主要国はエネルギーの大半を石油に依存していたが、突然の値上げと輸出制限の経験から脱石油を進め、天然ガス、石炭、原子力へ多様化を進めた。
日本も例外ではなく、73年当時、一次エネルギーと発電源の8割近くを依存していた石油から、LNG、石炭、原子力に分散を進めた。東日本大震災後、原子力の発電に占める比率は低下したが、それでも今発電に占める石油火力の比率は10%以下。LNGと石炭火力が発電量の3分の2を占める。
世界の多くの国も、天然ガスと石炭への多様化を図った。化石燃料の世界貿易に占める石油のシェアは低下し、石炭と天然ガスがシェアを大きく増やした(図-3)。しかし、その結果ロシアへの依存が深まった。50年前の産油国に代わり登場したのは、世界一の化石燃料輸出国ロシアだった。
今、世界の国は「分散」から「自給率向上」へ安全保障政策の再構築を迫られている。自給率の切り札は、再生可能エネルギー(再エネ)と原子力だ。だが、時間が掛かる。
再エネ導入には送電線の整備も必要になり、さらなる時間と費用が掛かる。原発の建て替え、新設も時間が必要だ。
その上に、強権国家、中国への原材料の依存を低減させる必要があるのだから、時間はもっと必要になる。少なくとも数年、あるいはそれ以上の期間、化石燃料に依存せざるを得ない。待ち受けるのは、高エネルギー価格の時代だ。電気料金と都市ガス料金は当面高値のまま推移することになるだろう。
誰が化石燃料価格を上げたのか
石炭火力の利用増を図っているドイツの化石燃料による発電量の推移は、図-4の通りだ。石炭の利用増を進めている欧州の22年の石炭・褐炭消費量は、6億8500万トン。20年5億8500万トン、21年6億4900万トンから2年連続の増加だ。
増加する数量を輸入する必要があるが、EUでは昨年8月10日からロシア産石炭の輸入は禁止になった。22年前半のロシアからEUへの輸入数量は、前年同期とほぼ同じだったが、後半の数量は大きく落ち込み(図-5)、21年5200万トンの輸入数量は、22年約2000万トン減少したと推測される。
ロシアの落ち込みと増加する需要量を埋めたのは、コロンビア、米国、南アフリカ、豪州などからの石炭だったが、生産増があったわけではない。どうしてEU向けに供給できたかと言えば、インド、中国、パキスタンなどへの出荷が減少したからだ。価格が高騰した石炭を買えなくなったので停電した国も出てきた。
化石燃料価格の大きな高騰(図-6)を引き起こした大きな原因の一つは、先進国政府、企業、機関投資家、金融機関が一丸となって進めた脱炭素、なかでも脱石炭だった。ロシア以外の供給国への需要が増えても、価格が高騰しても、増産が行われないのは、炭鉱と関連インフラに投融資が行われていないからだ。
脱石炭を進めた先進国が高騰したエネルギーの購入を迫られるのは、自業自得に見える。先進国企業の中には安いエネルギーを求め、エネルギー大国米国へ移転する企業も出てくるだろう。
エネルギー問題が産業の空洞化を招く。それも自業自得だ。しかし、先進国の脱石炭政策は、途上国を大きく傷つけている。
へとへとになった途上国
高騰したエネルギー価格によりコロナ対策で傷ついた途上国の財政状況はさらに悪化している。電気料金の高騰は生活にも大きな影響を与える。加えて、高くなったLNG、石炭を購入できないため途上国で停電が発生している。
脱炭素を進める先進国が途上国での化石燃料と関連インフラへの投資を行わないので、老朽化する石炭火力発電設備、輸送の鉄道網の補修の資金もない途上国ではさらに停電が広がる。
石炭生産国南アフリカでは、老朽化した石炭火力の故障が続き、停電が頻発している。昨年10月には、5つの石炭火力発電所が同時に故障する事故さえあった。
世界銀行から援助はあるが、石炭火力を再エネに転換する資金援助だ。南アフリカ政府とEU米英独仏政府との間で85億ドル(1.1兆円)の投融資計画が合意されているが、脱炭素のための資金だ。誰も今の石炭火力と停電問題を助ける気持ちはないようだ。
先進国による脱炭素の影響を途上国が受けるのも、先進国が化石燃料を買い漁り途上国が停電に追い込まれるのも理不尽だ。脱炭素を進める欧州諸国、特に、石炭と天然ガスを買い漁り、さらに人権問題で非難していた国からも化石燃料を買うドイツに対し欧州各国は眉をひそめる。それにより、途上国はますます化石燃料を購入できなくなる。
「血まみれの石炭」を買う欧州
昨年のサッカーワールドカップ開催国カタールは、欧州諸国から人権問題を非難されていた。スタジアム建設に従事した外国人労働者が劣悪な作業関係で多数亡くなったことと、賃金が支払われなかったケースがあったとされたことがその原因だった。
ロシアの侵略開始直後、ドイツのハーベック経済・気候保護相はカタールに飛び、LNG出荷を要請した。カタールのエネルギー相は、「石油、天然ガスを掘る企業は悪魔のようだと非難していた国が、いまはもっと掘れだ」と皮肉たっぷりにインタビューに答えている。
9月のドイツ・ショルツ首相のカタール訪問後、11月に26年開始の15カ年長期契約が発表された。世論調査を見る限りドイツ国民の多数はカタールからのLNG購入を問題なしとしている。
欧州は石炭の購入でも同じようなことを行っている。コロンビアの炭鉱は先住民族を圧迫している上、環境問題を発生させていると、欧州諸国は非難している。「血まみれの石炭」との報道もあった。
アイルランド最大のエネルギー企業ESBは、16年に今後コロンビア炭を購入しないと発表した。ロシアのウクライナ侵略後ESBはコロンビアから石炭購入を再開したと、コロンビアのエネルギー相が発言し、ESBは釈明に追われた。
ドイツもコロンビア炭購入量の削減を図り、16年の購入量789万トンから21年は177万トンまで落ち込んでいた。ドイツ・ショルツ首相は、EUが8月10日からのロシア炭輸入禁止を発表する2日前の4月6日、当時のイバン・ドゥケ・コロンビア大統領に「個人的に」電話し、コロンビア炭の出荷増を要請したと報道された。
この電話は功を奏し、22年ドイツのコロンビア炭の購入量は前年同期比約4倍になった(図-7)。10月までの輸入量は452万トン。もっとも、購入価格も21年1月の60ユーロから、22年10月には340ユーロに上昇している。
人権侵害があろうとも環境汚染問題があろうともものともしない、なりふり構わない欧州諸国の姿は、エネルギーは国の生命線であり最重要課題であることを示しているようだが、二枚舌と非難されても仕方がない。
米国も人権よりガソリン
エネルギー調達と人権問題を引き替えたのは米国も同じだ。米国は19年にベネズエラに対する経済制裁を発動し、原油の輸入を制限した。しかし、ベネズエラからの原油、重質油がないと米国メキシコ湾岸の製油所は操業ができない。ベネズエラから重質油が輸入できなくなった製油所は、ロシアからの重質油の輸入に切り替えた。
米国メキシコ湾岸の精油所は、ベネズエラ、サウジアラビアなどからの重質油を利用する設計になっている。国内のシェールオイルは軽質油なので使用すると製油所の効率が大きく落ち込んでしまう。シェールオイルを輸出に回し、重質油を輸入しガソリンなどを精製しているのだ。
ロシアのウクライナ侵略後の昨年3月に、米国はロシア産化石燃料の禁輸を決めたが、その直後からベネズエラに石油権益を持つ石油メジャー・シェブロンを使い、製油所に必要なベネズエラ産原油の輸入を再開するとの観測が流れた。
昨年11月下旬、米国はベネズエラに対する経済制裁を緩和し、シェブロンの原油輸入を認めると発表した。南米の政治状況の変化が、制裁緩和の理由とも報道されているが、本当は必要な重質油を輸入するためだろう。米国も、やはり人権問題よりガソリンが重要なのだ。
欧州の轍を踏んではいけない

WEDGE Online(ウェッジ・オンライン)
日本も欧州諸国に歩調を合わせ、30年温室効果ガス46%削減、50年脱炭素に向け突き進んでいる。機関投資家、金融機関も欧州を見習い脱炭素・脱石炭に一直線だ。
途上国を苦しめるエネルギー不足、価格上昇の状況を作り出した最大の戦犯は、世界の化石燃料の需要と供給リスクを考えずに、脱炭素、脱石炭を進めた先進国政府、機関投資家、金融機関ではないか。
EUとの比較では石炭火力への依存度が高く、発電の7割以上を火力に依存している日本が同じように脱炭素進め、エネルギー価格を引き上げる炭素価格まで欧州に倣って導入することを検討している。
立ち止まり、欧州と途上国の状況を良く見る時期だ。なにが、ここまで石炭価格を上昇させたのか。炭鉱経営から撤退したエネルギー企業、商社に加え、脱炭素の旗振りをしている金融機関、機関投資家もエネルギー価格上昇、途上国での停電を引き起こした責任は誰にあるのか考えるべき時だ。
化石燃料依存度が高い日本は、エネルギー価格の上昇を防ぐために十分な供給を得る状況をいつも作り出すべきだ。身勝手な欧州の脱炭素政策から学ぶべきことは多い。
編集部からのお知らせ:本連載でも鋭く日本のエネルギー政策に切り込んでいる山本隆三氏が著書で、ロシアのウクライナ侵攻に関わるエネルギー問題など、わかりやすく解説しています。詳細はこちら。 『Wedge』2021年11月号で「脱炭素って安易に語るな」を特集しております。
地球温暖化に異常気象……。気候変動対策が必要なことは論を俟たない。だが、「脱炭素」という誰からも異論の出にくい美しい理念に振り回され、実現に向けた課題やリスクから目を背けてはいないか。世界が急速に「脱炭素」に舵を切る今、資源小国・日本が持つべき視点ととるべき道を提言する。
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山本隆三
https://news.yahoo.co.jp/articles/9a1663196066d4455bc8a9c15846ad14e803d4c3?page=1