北海道新聞2025年1月16日 4:00
妻の両親が経営していた観光土産と軽食喫茶の店を引き継いで数年もすると、阿寒湖温泉商店街にも知り合いが増え、近所の人々がコーヒーなどを飲みにきてくれるようになった。
最初の常連さんは自ら考案した「ウトマン・ニポポ」という民芸土産が大ヒット、そのもうけで「ウトマン御殿」と呼ばれる豪邸を建てたイシカワさん。短歌も詠めば選挙や賭け事などの勝負事も大好き、ビールがすすめば豪放磊落(らいらく)、いろいろあっても人生の酸いも甘いも清も濁も受け入れて楽しくやっていこう、という調子の人であり、ともすれば厭世(えんせい)的でひがみっぽい私はいつも活を入れられていたものだ。
同じ頃に来てくれるようになったフミトシさんは「現代のユーカラクル」とでも呼ぶべき人であった。平たくいえば「近所の物知りなご隠居」だが、高名なエカシであった父上譲りのアイヌ文化の伝承知識にとどまらず、近所や近郊地域のさまざまな市井の人々の、ゴシップを含むいろんなエピソードを面白おかしく話してくれる人だった。人生の教訓や知られざる地域や庶民側から見た歴史の内幕などが、真偽不明な、話を盛っているのでは?という怪しさもないまぜになって語られる話は唯一無二であり、私以外にも感心したり楽しんで聞く人は多かった。
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(アイヌ料理店=釧路市)