伝説の恐竜あるいはUMAのモケーレ・ムベンベ、「完全に無視はできず」と専門家
ナショナルジオグラフィック 2025.02.10
(写真)コンゴ盆地にあるコンゴ共和国のオザラ・コクア国立公園もマルミミゾウやゴリラの重要な隠れ家だが、一帯では今、恐竜をまつわる伝説が新たに拡大している。(Photograph by Roger de la Harpe, Danita Delimont/Alamy)
木々が揺れ始め、サルが悲鳴を上げ、鳥が空高く飛び立った。コンゴ共和国オザラ・コクア国立公園の奥深くで、セラ・アボンゴ氏は凍り付いた。伝説の恐竜モケーレ・ムベンベに遭遇すると確信したためだ。
2003年、新米の自然保護活動家だったアボンゴ氏は、5000頭以上のニシローランドゴリラの命を奪ったエボラ熱の調査を行うため、オザラ・コクア国立公園の密林に足を踏み入れた。しかし、その日、エボラ熱(エボラ出血熱)の流行が脇に追いやられるほど、アボンゴ氏の頭は空想に支配されていた。(参考記事:「エボラ熱で約5500頭のゴリラが死んでいた」)
「実際は巨大なマルミミゾウでした」とアボンゴ氏は笑う。「ここに恐竜はいませんが、ゾウやカバを恐竜と間違えるのは簡単です。私も間違えました。まだ新人でしたから」(参考記事:「ガボン マルミミゾウの森」)
それから20年以上がたった現在も、モケーレ・ムベンベの伝説は生き続け、村々でささやかれ、新たな「目撃情報」によって脚色されている。(参考記事:「人生を変えた幻獣ムベンベ探し」)
アボンゴ氏はその理由として森林伐採を挙げた。
コンゴ盆地には、地球で2番目に大きい熱帯雨林と世界で最も重要な生態系の一つがある。しかし、アボンゴ氏が「恐竜」と遭遇しかけた2003年以降、日本の本州に相当する23万平方キロメートルの森林が失われた。
人の居住地が野生動物の生息地を侵食するにつれて、地元住民と野生動物の遭遇がより頻繁になっている。「人の居住地が拡大して動物の生息地と重なるようになり、大型動物を見慣れていない場所で、突然、人々が大型動物と遭遇するようになっています」と、チェコの自然保護活動家ローラ・ブラホバ氏は説明する。
「モケーレ・ムベンベを見たことがあると私に話すのはこのような人々です。これが示しているのは、生態系の縮小という現実が民話に反映され始めているということです」
伝説が現実と出合うとき
アボンゴ氏によれば、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国、ガボン、カメルーンの森に暮らす先住民バカ族の間では、何世紀にもわたり、「川を止める者」すなわちモケーレ・ムベンベの物語が語り継がれてきた。
もし伝説の生きものが実在するとしたら、コンゴ共和国リクアラ県の湿地帯の原生林に囲まれたテレ湖にいる可能性が高い。この湖は、4400平方キロ(ほぼ山梨県の面積に相当)に及ぶ手付かずの自然が残るテレ湖保護区にある。
2006年と2007年の調査では、12万5000頭以上のゴリラが発見された。これは、当時推定されていた全世界の個体数を上回る数字だった。
しかし、辺境であるにもかかわらず、一帯では生息地の消失が深刻化している。この地域の集落は、森林を伐採してキャッサバ、ピーナツ、バナナ、トウモロコシを栽培する非持続的な焼畑農業に大きく依存している。
非持続的な焼畑農業では、高木と低木が伐採され、残った植物は灰で土を肥やすために燃やされ、短命の肥沃(ひよく)がもたらされる。通常、2〜5年で土壌は痩せた状態に戻り、農家は新たな土地を切り開くことになる。生態系にとって、これは悪夢のようなサイクルだ。
生物学者のジョセフ・オヤンゲ氏は2023年、コンゴ北部に暮らすある家族を訪問した際、こうした実情を目の当たりにした。
オヤンゲ氏の目の前には、煙が立ち上る2ヘクタールの土地があった。ゴリラの生息地であることに気づかず、その家族が切り開いた土地だ。
すみかを追われたゴリラは夜に作物を食べ、朝になると畑は踏み荒らされている。ゴリラの鳴き声を聞いた10代の若者はのちに「モケーレ・ムベンベがうなっていた」とオヤンゲ氏に言った。
「多くの場合、これらの伝説にはある程度の真実が含まれているため、完全に無視はできません」と世界自然保護基金(WWF)アフリカ森林プログラム担当バイスプレジデントであるアラード・ブロム氏は話す。「しかし、私は懐疑的です。恐竜のような動物だと誰かが証明してくれるまで、私は信じません」(参考記事:「UMA“チュパカブラ”の正体とは?」)
世界最大の熱帯雨林の炭素吸収源
コンゴ盆地は伝説が誕生した土地というだけではない。地域社会と地球の両方にとって重要な生態系だ。
面積はアマゾンに次ぐ世界2位の広さを誇り、しばしば「アフリカの肺」と呼ばれる。年間15億トンの二酸化炭素を吸収する、世界最大の熱帯雨林の炭素吸収源でもある。
しかし、コンゴ盆地は包囲されている。農業、森林伐採、採掘、そして膨れ上がる人口により、切り崩されるジャングルは年々拡大し、政府の腐敗により、侵食は野放しにされている。野生動物の肉の需要、産業の発展、そして迫り来る気候変動の影が、すべてコンゴの破壊に一役買っている。
熱帯雨林の弱体化は、当然ながら、地球規模の影響をもたらすだろう。その一つが、人と野生動物の距離が近くなっていることだ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、エボラ熱、エムポックスなど、人獣共通感染症が広がりやすくなる。(参考記事:「年270万人が死亡する動物由来感染症 動物から人へどううつる?」)
「野生動物に接する機会が増えるほど、これらのウイルスが人の集団に入り込む可能性が高くなります」とブロム氏は話す。「これは単純な統計学の問題です」
この動きはさらに一挙両失だ。「商業活動によるコンゴ盆地の人口急増」は、絶滅の危機にあるゴリラやチンパンジーを病気にかかりやすくしていると自然保護団体「アフリカン・パークス」の自然保護担当マネージャー、グウィリ・ギボン氏は指摘する。ギボン氏らは実際、ゴリラとチンパンジーの個体数が年々減少していくのを目の当たりにしている。
約20年前にマルミミゾウをモケーレ・ムベンベと間違えたアボンゴ氏にとって、こうした接触の波及効果は目新しいものではない。
「同僚たちは今もそのことで私をからかいます」とアボンゴ氏は苦笑いし、「しかし、今そのことについて考えると悲しくなります。人々は今もゾウや類人猿をモケーレ・ムベンベと間違えていますが、それは主に森林伐採のせいです。エボラ熱のような人獣共通感染症は今もなお広がり続けています。そしてコンゴは……」。ひと呼吸おいて氏は続けた。「消え続けています」
ギャラリー:謎の猿人「ビッグフット」を探す 写真16点(写真クリックでギャラリーページへ)
クワキウトル(クワクワカワク)族のトム・セウィド氏。ビッグフットを連想させる伝説上の生き物ズヌクワの衣装を身に着けている。(PHOTOGRAPHS BY WILL MATSUDA)
文=Ryan Biller/訳=米井香織