共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

懐かしい!

2014年01月09日 20時13分45秒 | 日記
今日、近所のコンビニでこんなものを見つけました。森下仁丹の《梅仁丹》です。誤解を恐れずに言えば、多分小学生以来手に取りました。

私が小学生の頃、学校の近くにあった文房具店兼駄菓子屋に行くと、買うものは決まっていました。うまい棒、ベビースターラーメン、きな粉棒、ヨーグレット、ビックリマンチョコ、そしてこの梅仁丹のどれかでした。

記憶が違わなければ、当初の梅仁丹は縦長の入れ物だったような気がしますが、21世紀の今日では、フリスクのようなこんな小洒落たケースに入っています。味は相変わらずケミカルな梅の味ですが、嘘か誠かケースには『紀州産梅肉エキス配合』と高らかに詠われています。歯ざわりも若干柔らかくなっているような気がしますが、もしかしたら昔もこんな感じだったかも知れません。

久しぶりに口の中に放り込んで味わっていたら、少年期の記憶が甦ってきました。

あの頃はいろんなお菓子が店に置いてありました。細身の金色の紙箱に入った薔薇の味のガム、小さな容器に甘酸っぱいヨーグルトのようなクリームのようなものが入っていた『ヨーグル』という当たり付きのお菓子、私は食べませんでしたが真っ赤な汁に漬かったスモモ、ピンク色をした麸菓子、10円の薄っぺらい『カツ』、フェリックスが描いてある2つに割れるフーセンガム、フルタの4個入りのオレンジフーセンガム…あの頃はこんな身体に悪そうなものを、後生大事に食べていました。

『味の記憶』というものもなかなかバカに出来ないものだな…ということを、ン十年振りの梅仁丹を噛みしめながら改めて感じたのでありました。
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ギリギリセーフ!

2014年01月08日 17時21分33秒 | 日記
バスに乗って平塚市に出て、予報通りに降り出した雨の中、平塚八幡宮に来ました。何故かというと、今日で取れた松飾りをお焚き上げして頂くためです。

以前は地元である厚木神社に納めてお焚き上げして頂いていたのですが、昨年辺りから年明け前に厚木神社の境内で売っていた松飾り以外は受け付けてくれなくなってしまったのですε=(`へ´メ)。ということで、それならもっと大々的に受け入れてもらえる八幡様にお願いすることにした…というわけです。

小雨のそぼ降る中、境内に進むと、何と既にお焚き上げが終わりかけているではありませんか!「えぇ~!折角わざわざ持って来たのにぃ!Σ(T□T) 」と思っていたら、神楽殿の方から写真のおじさんが歩いて来て「どうぞ(^-^)」と受け付けて下さり、何とか滑り込みセーフでお焚き上げしてもらえました。

帰りがけに大鳥居の横の掲示板を見たら、何と14日(火)の13時から『どんど焼き』をすることが書いてありました。「何だ、そんなに大慌てして来なくてもよかったんじゃん…」とも思ったのですが…いえいえ、本来は今日が『どんど焼き』の日ですから、お餅こそ焼かねどやはり今日お焚き上げすることに意義がある!と、自分を納得させて拝殿に向かいました(^^;。

偶然ですが、ちょうどお宮参りの御祈祷を受けた御家族が拝殿の前にいらっしゃいました。お婆ちゃまに抱かれてスヤスヤ眠っている男の子の顔を見て、こちらも幸せな気持ちになり「おめでとうございます」と声をかけました。

彼岸に発つ命もあれば、新たに此岸に生まれ来る命もある…平塚八幡宮に参詣して、はからずもそんな生々流転の一場面を垣間見た思いがしました。
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初ランチ

2014年01月08日 15時58分25秒 | 日記
今日は水曜日ながら、イレギュラーでいつも火曜日に行っている二宮町の教室に行くことになりました。相変わらず薄ら寒い空気の中、年明け初めて《Cafeあつめ木》にお邪魔しました。

年頭の御挨拶を済ませて席に着き、今年第1回目のランチをお願いしました。今日は日替わりスープセットで、具だくさんのクラムチャウダーです。大振りのアサリやジャガ芋がゴロゴロと入った素朴な味わいのクラムチャウダーを頂いて、冷え切った心身共に温まりました。

午後から天気が崩れるという予報を裏付けるように、段々と雲が空に広がって来ました。今日は教室に行く前に寄らなければならないところがあるので、早々に失礼してバス停に向かいました。
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文化レベルと意識の問題

2014年01月07日 19時24分04秒 | 日記
最近、駅や公共施設の壁にこんなポスターが貼ってあるのを見受けます。昨年辺りに大変問題になった、ツイッターやフェイスブック等のSNSに、線路に降りたり、バイト先で食品に関わることで悪ふざけをしたりといった写真をアップした事件についての注意を喚起するものです。

特にスマートフォンが普及するようになってからだと思いますが、これだけ個人から情報を発することに馴れた世代からすると、いかに他人よりもインパクトのある画像や動画を配信出来るかということが、ひとつの価値観として成立しているようにも感じます。

しかし、インパクトのある画像というのは、こういったふざけたものであってはいけません。私からすると、こういうことは毟ろ『悪目立ち』として恥ずべき行為という認識です。

日本人は古来、物質的な文化と共に精神的な文化も育んできましたが、その中のひとつに『恥』の文化というものがありました。私は幼少期に、明治生まれの祖父母のところで過ごすことが多かったのですが、質の悪い悪戯をしてしまった時などは、普段は優しい祖父母に板の間に正座させられて、懇々と叱られたものでした。その時によく「恥をお知りなさい」と言われて、子供心にズキン!と来たものでした。

特によく言われたのが『天知る、地知る、我知る』という言葉でした。誰が見ていなくたって、お天道様は知っていますよ、地べたも見ていますよ、何しろやらかした自分自身が一番知っているでしょう…という意味ですが、これは、申し訳ありませんが、頭ごなしにガミガミ怒っていた父に言われるよりも100倍パンチのある言葉でした。今にして思えば、彼等はそういった言葉を通して私に『恥を知る文化』を教えてくれたのだと実感しています。そういう感覚が、恐らくこういうことをしでかした人間には著しく欠落していたのでしょう。

第一、このポスターにも書いてありますが、これらの行為は立派な犯罪行為なわけです。許可なく線路に降りれば『鉄道営業法違反』、勤務先でものをダメにしてしまったら『器物破損』、こういうことが原因で店が営業停止や閉店に追い込まれたら『威力業務妨害』になるわけです。

まして、それを写メに撮って、ツイッターやフェイスブックにアップするという行為も理解できません。恐らくものすごく狭い見解でしたことなのでしょうが、ツイッターやフェイスブックやブログというものは世界中で見られるものなわけです(因みにこのブログも、オーストラリアやイギリスに在住の友人も見てくれています)。つまり彼等の軽率な行動は、廻り廻って自分達の恥を世界中に曝す行為でもあるわけです。そういうことに思いが至らないというのは『想像力の欠如』と言われても仕方ありません。

今でも思うのですが、あの事件で閉店に追い込まれたコンビニやファミレスのオーナーさん達は、その後どうしているのでしょうか?私の周りでも何人かいるのですが、コンビニのオーナーになるということは、大変な時間と労力とお金がかかるものなのです。それを、ある意味自分の与り知らぬ間にやられたおバカによる所業で、監督不行き届きを理由に本社から閉店を決定されるなんて…考えただけでゾッとします。

少し話は逸れますが、以前一人の小学生の少年を複数の中学生が取り囲んで殴ったり蹴ったりし、その様子を動画に撮って動画サイトにアップしたことが問題になり、加害者の中学生が書類送検されるという考えられない事件が起こりました。当時、当事者達は「ふざけてじゃれていただけ」と弁明していましたが、ニュースで流された画像を見れば、モザイク越しにみても明らかに集団リンチ以外の何物でもありませんでした。これはもはや立派な『暴行』です。

思うのですが、これからはこうした行為や学校での問題について『いたずら』とか『いじめ』とかいう薄っぺらい言い方をやめて、立派な犯罪行為として認識させるべきです。例えば、学校で事件が起きると、須らく『いじめ』というマイルドな言葉でごまかしがちですが、人を脅かせば『脅迫』、殴ったり蹴ったりしたら『暴行』、暴力行為が日常化したら『虐待』、お金を巻き上げたら『恐喝』、万引きしたら『窃盗』、人の嫌がることをさせたら『強要』、侮辱するような言葉を浴びせたら『名誉毀損』、そういった犯罪行為に対しては確固とした対処をする、例え子供と言えども甘ったれた容赦はしない…それくらいの気概を持って取り上げなければいけないレベルに、残念ながら日本人の精神的レベルは堕ちています。

こんな世の中にしてしまったのは、私も含めた昭和時代以上の大人達に責めがあるという自戒の意味もこめて申し上げますが、『恥を知る文化』を何処かに置いて来てしまった現代の日本の社会においては、残念ながらこのくらい身に染みる言葉を使っていかなければいけないような気がしています。もし『人権養護』という錦の御旗を掲げて非難するのなら、今から『恥を知る文化』を大人達が徹底的に再確認し実践して、子供達に徹底的に教え込むことです。
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哀悼

2014年01月06日 13時01分46秒 | 日記
今朝、私がピアノサポートしている愛川町在住のアーティスト・未来あいこさんの御母堂様が彼岸に発たれました。

長く癌を患っておられて、去年の夏に伺った話では「2014年のお正月は迎えられないでしょう」という宣告をうけていたとのことでしたが、御家族の介護の甲斐あって年末には一時帰宅をして、御家族で紅白歌合戦を御覧になれ、新年の御挨拶も叶ったのだそうです。

去年の元日に寒川神社に初詣に向かっていた時、偶然相模線の中であいこさんの御両親を含めた御家族皆さんとバッタリ御一緒になって、一緒に鳥居をくぐってお参りをしたことがありました。その時から夏過ぎくらいに御自宅に伺った頃までは御自身の御御足で歩いてみえていましたので、病気のことは伺っていながらも、傍目にはお元気そうのお見受けしていました。それが冬に入った頃にお宅にお邪魔した時には、一時帰宅されてもずっと床に伏せったままでおいで、あいこさん自身も「宣告通りになるかも知れません」と、ある程度覚悟はしておられるようでした。

今朝、フェイスブック上に御母堂様が身罷ったことが掲載され、各方面からお悔やみのコメントが続々と寄せられていました。いろんなコメントがありましたが、一様に書かれていたのは「お正月をみんなで迎えられてよかったですね」というものでした。私も、末期の様子を具に見ていた者として、本当にそう思います。

私も、阪神淡路大震災の年に母を子宮癌で、東日本大震災の年に父をスキルス性胃癌で亡くしましたが、彼等が味わった痛みや苦しみを想像することは出来ません。ただ、それぞれの死に顔は、それまでの苦痛から解き放たれたように穏やかだったことだけはよく覚えています。他人様の親御さんのことについてとやかく言うことではありませんが、できればあいこさんの御母堂様の最期も安らかな御顔をされておられれば…と願わずにはおられません。

年明けからいくつかライブの予定もありますが、先ずは最期のお別れを、悔いの残らないように送って差し上げてほしいと、陰ながら思っています。この場を借りて、改めて御母堂様の御冥福を御祈念申し上げたいと思います。

合掌。

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学舎跡

2014年01月05日 20時27分35秒 | 日記
関口日枝神社から更に3分程北上したところに来ました。

このだだっ広いところ…実はここは、私が卒業した昭和音楽大学が建っていた場所です。5年程前に厚木市内から川崎の新百合ヶ丘に全面移転した後もしばらく建物がそのままになっていたのですが、去年解体されて、御覧のような真っさら更地になりました。

画面奥にポツンと立っているヒマラヤ杉のあるところが、かつての正門があったところで、写真を撮っている辺りにはB館という練習室棟と女子寮がありました。

それにしてもこうして見ると、大学というにはあまりに狭い敷地に建っていたのだな…ということが、今更ながら分かります。

かつてここを受験する時、私は秋の推薦入試には間に合わず、2月の一般入試を受けました。入試日の前日、詰め襟を着た私はここの正門前に来て学舎に向かって「お願いします、私をここへ入れて下さい」と頭を下げたことをふと思い出しました。

それから二十有余年、世間擦れしてしまったのか、そんな頭を下げた場所がこんな更地になってしまったのを目の当たりにしても、別段何の感慨も浮かんできません。いつぞや誰かから「母校が跡形もなく無くなってしまうというのは、寂しいものでしょう?」と聞かれたことがありましたが、私は本来どこか冷めたところがあるようで、特に感傷に耽ることもありませんでした。

工事工程報告書には、ここには病院が建つことが書かれていました。さて、どんな姿の病院になりますやら…。
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松竹梅

2014年01月05日 19時16分44秒 | 日記
日枝神社の鳥居の前には、一対の門松が置かれていました。

最近の門松は松と竹とは使われますが、さすがに梅だけは調達が難しいようで、土台の薦(こも)に巻いた縄で梅の花を模って済ませることが多く見受けられます。しかしこの門松には、正真正銘本物の白梅の枝が飾られていました。

よく見ると、白い梅の花がポツポツと小さな花を咲かせていました。お分かり頂けるでしょうか…。
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日枝神社

2014年01月05日 19時02分38秒 | 日記
中依知の浅間神社から更に北上して関口という地区に来ました。

相模川を見下ろす河岸段丘の上に、関口日枝神社(せきぐちひえじんじゃ)があります。ここの御祭神は大山津見神なので、先程の浅間神社に祀られている木花之咲久夜比売命の御父神様ということになります。

先に娘神様の方を参拝してしまって、ちょっと申し訳ない心持ちで手を合わせたのでありました。
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浅間神社

2014年01月05日 17時18分04秒 | 日記
午前中いろいろと用事を済ませていたら、何だか頭の中がいっぱいいっぱいになってしまったので、何とか整理をつけるために目的なく出歩いてみることにしました。

我が家から歩いて10分ほどの中学校の隣にある浅間神社に来ました。かなり近くにあるにもかかわらず、ここに来るのは久しぶりです。隣に停まっている乗用車と比べて頂くと分かると思いますが、実はなかなかの大きさのある社殿です。社殿の右隣にある緑青色の屋根の建物は宮鐘のある鐘楼です。

浅間神社の御祭神は、世界遺産にもなった富士山を祀る木花之咲久夜比売命(このはなのさくやひめのみこと)です。この神様は大山阿夫利神社の御祭神・大山津見神(おおやままつみのかみ)の娘神ですから、大山信仰との密接な関係性を感じさせられます。
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風物詩ですが…

2014年01月04日 13時57分23秒 | 日記
一昨日、昨日はテレビに釘付けだった方も多いのではないかと思いますが、今年も2日、3日と恒例の箱根駅伝が開催されました。結果は皆さんご存知の通り、東洋大学が2年振りに総合優勝しました。

今年の往路は何と言ってもあの『設楽ツインズ』の活躍が光りました。2年前に卒業した『山の神』柏原君の遺伝子は着実に根付いていることを、改めて感じさせられるレースでした。私は初詣中で当然生では見られませんでしたが、ニュースで見て大興奮でした。復路も終始いいペースを保って、駒澤大学を最後まで寄せ付けないレースを展開していました。大手町に入ってきたアンカー、いい顔していましたね。

ところで、箱根駅伝というと様々なドラマが展開されます。今回も足がつってしまったり転倒してしまったり…いろんなアクシデントに見舞われてしまった選手がいました。

ただ、毎回見ていてどうしても辛くなってしまうのが、1位の学校が通過してから20分経ってしまった場合に、襷を繋ぐ選手が到着していなくても自動的に強制スタートになってしまう『繰り上げスタート』という決まりです。去年は神奈川大学が本当にギリギリのところで8区で襷を繋ぐことができました。しかし今回は、もうすぐそこに見えているのに…あと十数秒待ってあげれば襷が繋がるのに…という場面で、無情にも繰り上げスタートの号砲が鳴ってしまいました。

もとで繋げないほど遅れてしまっているならいざ知らず、そこに次走の選手の背中が見えているのに…それなのに目の前で号砲と共に遠ざかって行ってしまう仲間の姿を、襷を繋ぐために懸命に走ってきた選手達は一体どんな気持ちで見送っているのでしょうか。それを思いながらあの場面を見ていると、いたたまれない気持ちで一杯になってしまって、涙が溢れて止まらなくなってしまいます。ここ最近は歳をとったせいか、以前にも増して涙腺が緩くなってきていて、ニュースの録画で見ているにも拘わらず画面に向かって大騒ぎしながら号泣してしまいました。

知り合いからは「敗者に目が向いているあたりが日本人的だよね」と冷やかされますが、昔から『判官贔屓』という言葉もあるように、確かに私はどこかどうしようもなく日本人的なのだと思います。今も全国高校サッカー大会が国立競技場で行われていますが、あのテーマソングを聞いただけでも涙腺が刺激されてしまいますから…。

国道1号線という東海道の大動脈を占拠して行うレースですから、どこかの時点で交通網として正常に機能するようにしなければいけない都合上仕方ないのは分かっているのですが、それでも何とかならないのかなぁ…と、毎年思わずにはいられない箱根駅伝なのでありました。
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国家鎮護

2014年01月03日 16時28分17秒 | 日記
大山寺からケーブルカーで下ってきたら、大山ケーブル駅には尋常ではない長蛇の列が出来ていましたΣ(゜ロ゜ノ)ノ。

実は私が下りてきた段階でも結構いい時間でしたので、あの時間にあの人達が上っていったら、かなりのハイペースでお参りをしていかないと、最悪帰りのケーブルカーが無くなってしまうのではないか…という懸念が頭を過ぎりました(因みに今日の最終のケーブルカーは17:30阿夫利神社発なのですが…)。

さて、そんなことを尻目にバスで下って来て、今回の三が日初詣巡りの締め括りである伊勢原大神宮に詣でました。大山が関東総鎮護ならば、こちらは伊勢神宮を御勧請申し上げていますから、正に国家鎮護の御社ということになります。

こちらでもどなたかが新年の御祈祷を受けている最中でした。神殿内から響く太鼓の音に背筋の伸びる思いで、外宮・内宮と参拝して来ました。

さて、これでこの三が日に参詣するテーマとしていた『ミクロ(居住区)からマクロ(国家)へ』を無事貫隧することができました。勿論、これで満足…ということではなく、これからも折にふれて様々な御社を参詣していくことにしていますので、その折にはまた改めてアップ致します。
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鎮護寺

2014年01月03日 15時55分48秒 | 日記
無事に阿夫利神社への参拝を済ませましたが、やはりこちらにもお参りしないと片参りになってしまうので、帰りのケーブルカーを途中下車して大山寺へも伺いました。

参道を歩いていると、本堂の方から太鼓や銅鑼の音と共に、護摩焚きの御真言が聞こえてきました。やはりこの三が日は、こういった御祈祷が厳修されることが多いようで、私がいた間にも2回護摩木が焚かれました。僧侶の読経の中で護摩木を焚く焔が明々と燃え上がる光景は何とも厳粛で、外陣から拝見しているこちらの身も引き締まる思いがします。

ここは修験道の御寺ということもあって、普段から本堂に注め繩が架けられているのですが、今回はさすがにお正月ということもあって御覧のように門松に松飾りまで飾られて、法要と共に一層華やかな様相を醸し出していました。
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関東総鎮護

2014年01月03日 14時53分12秒 | 日記
昨日は相模國一之宮、つまり神奈川県の総鎮守社である寒川神社に参詣しました。で、今日はどこかというと、関東総鎮護社・大山阿夫利神社に参詣することにしました。

お正月も3日も経ったので、そろそろ出足も落ち着いているか…という期待は華麗に裏切られ、伊勢原駅から大山ケーブルに向かうバスからギュウギュウ詰めの状態です。当然ケーブルカーも満員御礼、本当は途中の大山寺駅で降りようと思っていたのですが、とてもかい潜って出られそうにもなかったので、とりあえずそのまま終点の阿夫利神社まで登ってしまうことにしました。

階段を上って銅鳥居をくぐると、下社の拝殿の前には大行列が出来ていて、参道の中程には、新年ということで茅の輪が置かれていました。

《新玉の年のはじめにくゞる輪は千歳の命延ぶと言ふなり》

という歌が添えられている通り、この輪をくぐることで前の年までの穢れを払い、無病息災を願います。

さすがに山の中腹に位置するだけあって、寒さもひとしおです彡(-_-;)彡。山頂の本社から下りてきた方の話を漏れ聞くには、何でも山頂にはうっすら雪が残っているのだとか。そんな山頂から風が下ろしてくるとあらば、納得の寒さです{{(>_<;)}}。

さて、それでは御札を頂いて下ることとしましょう。
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天岩戸開き

2014年01月02日 17時15分42秒 | 日記
寒川神社の拝殿の前にある神門(しんもん)には、例年初詣の時期になると門上の高欄にねぶたが飾り付けられます。これはただのお賑やかしではなく、ちゃんと青森ねぶたの職人さんが、この神門を飾るために毎年新たに制作しているものです。

毎年、須佐之男命(すさのをのみこと)の八叉蛇(やまたのをろち)退治や日本武尊(やまとたけるのみこと)の熊襲(くまそ)討伐といった古事記に基づく内容ものもが飾られますが、今年は天岩戸(あまのいわと)の物語が選ばれました。

ちょっと小さくて分かりにくいと思いますが、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が弟の須佐之男命の乱行に心を痛めて天岩戸の中に隠れてしまって世が闇に包まれてしまったので、天岩戸の御前で天宇受売命(あめのうずめのみこと)が面白おかしく舞い踊り、神々が大笑いしているのを訝しんだ天照大御神が岩戸を少し開けたところを、控えていた手力男命(たぢからをのみこと)が空かさず岩戸に手をかけ引き開けて、世に日の光りの輝きが再び放たれた瞬間を表した作品です。

私が撮影していた時に、時間的な関係だと思いますが、少しずつ西に傾いていく日の光りがちょうど岩戸から顔をだした天照大御前の御姿を煌々を照らしていました。正に天照大御神が自ら光を放つが如くに見えて、何とも神々しい光景となりました。こんな瞬間に立ち会えるなんて…今年は何かいいことがありそうです(後厄も脱するしな…(#□Д□)=○)*`Д゜)・;' )。
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相模國一之宮

2014年01月02日 16時25分58秒 | 日記
昨日は厚木市の鎮守社を参拝しましたので、今日は神奈川県の総鎮守をお参りすることにしました。ということでやって来たのは、言わずと知れた相模國一之宮・寒川神社です。

元日を避けて参詣したというのに、境内は今日も御覧のような押すな押すなの人、人、また人でごった返しています。とにかく人の流れに乗っていないと、行くも帰るも儘ならないような状況です。今年は特に、新年のカウントダウンをtvk(テレビ神奈川)で生中継したこともあって、例年以上の人手のように見受けられます。

ところで、新年早々ですが小言を。

先ず、神社というのは言わずと知れた『神域』です。だから、そこにペットを連れてきてはいけません。ですが、参道を見回してみると、まあ小さい犬を抱いて鳥居を潜ろうとする人の多いこと。

鳥居の手前から『ペットを連れて入らないで下さい』と何度も書いて知らせてあるのに、気付いていないのか大して問題意識を持っていないのか、そんな注意書きもどこ吹く風、それでも最終関門である神門の前で警備員に咎められると、「うちの○○ちゃんはお利口さんだから問題ありません!」と逆ギレしだす始末…。

いいでしょうか、世界中の神様も大概そうですが、日本の神様は特に『穢れ(けがれ)』を嫌います。だから、神前に進むには先ず手水舎で手水を使って手と口とを清めるわけです。でも、ペットにはそれは出来ませんよね?まして人間と違って厠を使わずそのまま糞尿をしてしまいますから、そういった意味でも神前を汚してしまう恐れがあるわけです。それが主たる理由ではありませんが、そういった意味でもペットを連れて神域に入ってはいけません。

それから、拝殿の前に並んで少しずつ賽銭箱に近づいてくると、ある程度近くなった辺りからやたらと小銭が、しかもかなりな速度で宙を舞います。つまり、賽銭箱に辿り着く前に、並ぶのに飽きた人達(だけではないかも知れません)が小銭を投げてよこすためです。

これもよくよく考えれば分かりそうなものですが、例えば他人様にお金を渡す時にも投げてよこしますか?ということです。ましてや相手は神様ですから、投げてよこすなんて失礼極まりないことです。

それから、二礼二拍手の後で、ギュッと目を閉じたまま長々と手を合わせて何事か念じている方がいますが、初詣では個人的な願い事はしないものです。神前ではただ、

《払い給い、清め給え、神ながら、守り給い、幸え(さきわえ)給え》

と祝詞を唱えて終わりましょう。

今年、これから初詣に行くという方は、くれぐれもペットを同行せず、お賽銭は賽銭箱に静かに落として、心静かに祝詞を奏上しましょう。
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