春の気配を感じはじめたころに出かける場所がある。
そこは福井県嶺南地方、古くからの呼び名でいうところの若狭だ。
敦賀から海沿いの曲がりくねった道をのんびりと若狭の中心、小浜をめざす。
これといった目的はない。
極めて感覚的な話だが、ずいぶんと前にこの時期の若狭を訪れて以来、
北陸の春は若狭からやってくると思うようになった。
それで、春が待ち遠しくなると、居ても立ってもいられず、とにかく若狭へと心が逸るのだ。
敦賀から小浜、40㎞あまりの道程だが、かつては片側一車線の国道27号線しかなかった。
渋滞することが多く、とりわけ海水浴シーズンともなると
若狭の海へ押し寄せる車が北陸道敦賀インターまであふれるほどだった。
今は、若狭舞鶴自動車道が全区間開通したことで、所要時間はかつての半分以下の40分程度、
また、一般道も27号線が途中の美浜まで片側2車線に拡張されたことで恒常的な渋滞は解消された。
だが、春の若狭へ向かうにはそのどちらも通らず、
遠回りでも、若狭湾沿いの国道162号線を走ると決めている。
春を迎えに行く旅、どうせなら海も山も、その道中含めて春を存分に感じたいからだ。
多少、雲行きのあやしい日だったが、それでも敦賀から若狭湾へ出る頃には大きな青空が広がり、
穏やかな春色の海を横目に、目論みどおりのドライブを満喫することができた。
さて。
小浜へ来るといくつか立ち寄るところがある。
そのひとつが小浜駅だが、冒頭にふれたようにこれといった目的があるわけではない。
強いて言うなら、この駅のどこかなつかしい佇まいに惹かれるからということかもしれない。
ひと気のないプラットホームに立ってみる。
なつかしさを感じさせる理由がこの写真の中にある。
木で組まれたホーム上屋がそれで、
遠い記憶の中にある金沢駅のホーム上屋も木でできていたと思う。
つまりは子供の頃、記憶に刷り込まれた風景がそこにあるというわけだ。
小浜駅は大正10年の開業というから、この上屋は100年近くの歴史を刻んできたことになる。
もうひとつ、小浜駅には重要な鉄道遺産がある。
しかし、それが実に残念なことになっていた。
かつて、小浜線を疾走した蒸気機関車に水を補給するための給水塔。
これも小浜駅が開業した大正10年から使われたもので、
煉瓦積みの容姿からもその遺産としての価値が理解できるというもの。
そのなにが残念なのか。
これが昨年春の写真だが...、
老朽化を理由に給水タンクが撤去されてしまったのだ。
調べてみると、この給水塔に愛着を感じているひとは多く、保存しようとする動きもあったようだ。
しかし、今はなんの用もなさない構築物、それゆえに鉄道遺産なのだが
今の世の中、郷愁だけではままらないことが多いということだろう。
小浜駅を後にする時。
親切な駅員さんが、「これを」と若狭の観光PR冊子を手渡してくれたのだが、
その表紙を飾っているのが給水塔だった。
それならば...
せっかくの貴重な鉄道遺産
風雪にたえた煉瓦造りの近景を記憶にしっかりと留めておくことにしよう。
折にふれての選曲。
「ケンとメリー」だけではないぞ...とばかりにBuzzの名曲。