力士を「お相撲さん」と呼ぶのは、考えてみれば不思議な言い回しだ。柔道や剣道、野球、サッカー……他の競技では選手にこんな呼び方はない。行為の名に「お」「さん」を付けて呼ぶのは他に「お遍路さん」ぐらいしか思い当たらない。
古来、相撲はただの力比べではなく、常に神事と一体だった。並み外れた体格、体力の持ち主がぶつかる様子を、人々はおそれとあこがれのまなざしで見守りつつ、大漁・豊作への願いを重ね合わせたのだろう。単なる格闘技、スポーツにとどまらず、日本の伝統文化を体現した「国技」とみなされ、力士を「お相撲さん」と呼ぶのはそんな背景があるように思う。
大相撲大阪場所が中日を過ぎたが、初日恒例の理事長あいさつが注目を集めた。時津風部屋での集団暴行致死事件が元親方と現役力士の逮捕に発展し、直後の本場所だったからだが、北の湖理事長はこの件に一切触れずじまい。毎日新聞(10日朝刊)など一部のメディアがこれを報じた。
予想されたこととは言え、私も失望を禁じ得なかった。事は「お相撲さん」の世界で起きた前代未聞の不祥事である。ファンあってのプロスポーツであることも考えれば、協会のトップとして一言あって当然だろう。北の湖理事長は現役時代、巨体に似合わぬ俊敏さと安定した取り口で「憎らしいほど強い」と言われたが、優勝決定戦では不思議ともろかったと記憶する。それが今回の危機意識の欠如を象徴しているというのはうがち過ぎだろうが……。
不満ついでにもう一つ。ある居酒屋で歴代横綱を列記した「のれん」を目にした。鹿児島出身は「大阪太郎」の異名を取った第46代・朝潮太郎(在位59年5月~62年1月)でとまっている。また今場所の番付で、鹿児島出身の関取は十両の旭南海関ただ1人。名力士を輩出してきた土地にしては意外だし、寂しい。
鹿児島支局長 平山千里2008/3/17 毎日新聞掲載