はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ごめんね、プール

2010-10-02 18:11:22 | はがき随筆
 柴犬とビーグルの混合種の子犬を飼って9年が過ぎた。夏だったので娘がプールと名付けた。1年目に除睾手術をしてホルモンのバランスを崩したのか、少し大きくなりすぎたが、奥ゆかしい犬である。
 餌をやってもガツガツしない。ヨーグルトを食べていると横で正座している。よだれが床にいっぱい。ほしくてたまらないのにじっとがまんしている。
 ストーブをつけると一等席に陣取る。夜は寒いだろうと毛布を掛けてやる。出かける時も帰宅した時も必ず声をかける。安心した時は大きく深呼吸して目で話しかけてくれる。
 今春から娘一家と同居することになり、愛犬共々居候した。今まで家の中でのんびりしていたのが、外につながれて可哀そうでならなかった。今夏の猛暑は時間ごとに日陰に移してやり何とか乗り切った。少し涼しくなると今度は寒くなる冬の日を案じた。
 娘婿の転勤で年内に引っ越すことになり、犬とも別れねばならなくなった。白髪が少し目立ち始めたが、まだまだ元気。散歩のたび背中を見ながら涙が出る。引き取り手のない犬の里親を探していると聞くと、見つかりますようにといつも祈ってきた。今は自分がその立場で苦しんでいる。
 食べ残しが出ると、きっと犬を思い出すだろう。最後まで一緒と信じていたのに、裏切ろうとしている私に、今日もプールは尻尾を振って甘えてくる。
  福岡市若宮町 奥岳料子(62) 2010/10/2 毎日新聞の気持ち欄掲載

薩摩の隠居暮らし

2010-10-02 18:02:39 | はがき随筆
 私は元来ナマケモノである。粗食でも食いつなげさえすれば日がな一日、ボーッとしていたい。標高500㍍の高原には夏の冷房は要らない。上半身裸の半ズボン姿で、籐椅子でゴロつくのだ。簾越しに高千穂にかかる雲の峰が見える。時折、涼風が網戸を抜けていく。東京浅草下町育ちの故沢村貞子さんが書かれていた「極楽のあまり風」と似た風のようである。己が来し方に思いを巡らせていると、知らぬ間に心地よい眠りに落ちる。「食べる」「寝る」「ちょっと文章を書く」「散歩する」……。薩摩の隠居暮らしに日々感謝の私です。
 霧島市 久野茂樹(61) 2010/10/2 毎日新聞鹿児島版掲載

恋のおまじない

2010-10-02 17:56:36 | はがき随筆
 6歳のナディアに、恋のおまじないを教えてもらいました。好きな人のところに行って両手を差し出し、心を込めて告白します。
 「シュガシュガルーン バニルーン ステック ハートをハートを下さいな」
 相手からハートをもらうと、「ハート ゲット」。両手で胸に受け止めて、大喜びします。
 私も彼女に、ハートをあげると、「ジュテーム(大好き)バァバ」。キスの嵐を、受けました。
 これはいい。誰かにおまじないをかけてみようかな。(メル友の雅治さんが来ないかなあ)
  阿久根市 別枝由井(68) 2010/10/1

最後の全員集合

2010-10-02 17:42:01 | 女の気持ち/男の気持ち
 父は7人兄弟。幸いなことに一声かけるとすぐ集まれる距離に全員健在である。盆、正月、彼岸と、年4回は必ずそろう叔父、叔母に、幼いころの私は正直、煩わしさを感じることもあったが、この年になるとすごいことだと敬意を覚える。迎える母も大変だったと思うが、昨年の母の葬儀に涙してくれた彼らに、私には入り込めない不思議なものを感じた。
 その「全員集合」が、祖父の五十回忌の法要で最後となった。2人だけで頑張っていた叔父夫婦が、息子たちの住む東京へ行くことになったのだ。
 ここ数年、皆がそろうと必ず足腰の弱ってきた2人の話になってはいたが、本人たちは生まれ育ったこの土地を離れがたく、結論が出せないでいた。「この年で東京に行ったら…」、「家はこのままにして、とりあえず行って来たら……」と、七人七様に繰り返す話題だった。
 私たち夫婦も他人事ではない。いつの日かの自分たちを重ねて、気持ちを伝えた。
 「同じ行くと決めたのなら、息子たちのそばで留守番もできるし、茶碗も洗える今、思い切って家も手放して頼った方が賢明じゃないかと思う。出ておいでと言ってくれる時に行った方がいいよ」
 誰が言ったか「高学歴、親不孝」。親の五十回忌に下した叔父たちの決断が「再幸の道」となりますように。
  山口県防府市 伊達玲子(58歳) 2010/9/30 毎日新聞の気持ち欄掲載

待ち伏せ二つ

2010-10-02 17:34:34 | はがき随筆
 わが家にマチスという雄猫がいる。「画家の名ですか?」と聞かれるが、そうじやない。家出したクレと同様クレマチスの花から命名したものだ。
 よく晴れた日、彼女はニンジン畑にいる。緑色の葉陰に優雅なシルエットを見せている。
 狩りが上手で捕らえた獲物は必ず見せにくる。今日も小鳥をくわえて来た。小鳥も虫をくわえたままだ。虫はロールケーキ型のニンジンの葉にいる虫だ。「あっ、えっ!」。ニンジンの葉のその虫に小鳥が来るのを知ってマチスは待っていたのだ!
 この原稿の推敲中、マチスは急死した。15歳だった。
   出水市 中島征士(65) 2010/9/30 毎日新聞鹿児島版掲載

母娘はライバル

2010-10-02 17:21:11 | 女の気持ち/男の気持ち
 「随筆入選したよ」と報告する私に、娘は「ふーん、良かったね」とつれない。言葉にまるで心がこもっていない。
 私たちはよく似た母娘だし、よく一緒に出かけたりもする。いわゆる仲良し母娘なのだが、こと文章の投稿となると途端にライバルに変身するのだ。
 下手な雑文を投稿する私に似たのか、娘も新聞・雑誌に投稿を繰り返している。お互いに相手のことが気になるため、素直に認めることができにくくなり、つい対抗心を燃やしてしまうというわけだ。
 組み立てもせずに頭の中で考え、書きなぐって推敲すら満足にしない私。それに比べて娘はさすが国文科卒。きちんと組み立て、起承転結もしっかりしている。私もひそかに「なかなかやるね」と思ってはいるのだが、それでも娘の文を見て「私ならこう書くね」と心の中で批評したりしている。娘は娘で「お母さんは長い文は苦手だもんね」などとズバズバ言う。
 たまたま2人とも1次通過者として名前が載った時のこと。偶然にも2人の名前が並んでいたのだが、私の方が先に書かれているのを見て娘は「悔しい」と歯がみしていた。
 公募ガイドを眺めては「これなら書けるね」「このテーマはねえ」などと言い合っている2人の夢は、掲載された2人の作品をまとめて出版すること。
 題名はもちろん「親娘はライバル」。
  福岡市早良区・保育士 本田節子(65) 2010/9/29 毎日新聞の気持ち欄掲載

真夏の夢

2010-10-02 17:14:43 | はがき随筆
 近ごろ見る夢は、身の回りの心配事にまつわるものが多い。
 昨夜の夢は、絵や折り紙で独り遊ぶ6歳の恥ずかしがり屋の孫娘の夢。子どもたちが幾重にもなる輪の中央に立ち、身ぶり手ぶりを交え英語でスピーチ。聴き入る仲間から大きな拍手をもらい、ニコリと私に顔を向けたその時「おや」と目が覚めた。
 見た夢は、孫娘が幼稚園に通い友達ができたことや英語塾の話を息子嫁から聞かされ、私の脳裏に強く残っていたからだろう。明るく活発で人見知りすることなく、ものおじしない女性に育ってほしい。この夢が正夢であってほしいと願う。
  鹿児島市 鵜家育男(65) 2010/9/29 毎日新聞鹿児島版掲載

地下鉄の天使

2010-10-02 17:08:27 | はがき随筆
 私は地下鉄の駅にいた。友人へのお土産を両肩から下ろし、下り階段の前で深呼吸。荷物を持ち替えて下り始めると後ろから「お手伝いしましょうか?」。紺のブレザー、チェックのスカート、髪はショート、化粧っ気のない顔にニキビ。高1ぐらいの小鹿のような瞳。一度は断ったが、再度の申し出に甘えることにした。大荷物、大汗の田舎から来たおばさんを気の毒に思ったのか? 同じ車両に乗った彼女に、もう一度お礼を言おうと探したが、いない。
 もう一度大荷物をもってあの駅にいったら、また会えるだろうか? 地下鉄の天使に。
  霧島市 福崎康代(47) 2010/9/28 毎日新聞鹿児島版掲載