はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

潮もかないぬ

2010-11-20 15:55:43 | はがき随筆
 初めての甥っ子が生まれた。妊娠を告げられたときからその日が待ち遠しかった。子どもたちから「いとこって何。みんな、おばあちゃんちに行ったらいとこがいるってよ。一緒に遊んだってよ」「お母さん、いとこを産んで」などと問われ、責められ、付き合いの薄い遠い親せきの赤ちゃんをわざわざ見せに行ったこともある。
 予定日を数日過ぎて「今から病院に行く」というメールを弟からもらってからは、落ち着かずに何度も画面を確認した。インターネットで潮の具合を調べる。大潮の時期で、今日明日の干潮時刻の表を作って待った。台風も近づいていた。
 陣痛の進行を知らせるメールと、小学校からの台風に伴う諸連絡のメールが数回ずつ交互に来た。私も「あなたも枕元で一緒にヒッヒッフーをするように」などと打ち返した。
 二女は「生まれるまで起きとく」と言う。睡魔に負けてからは「必ず起こして」と、私に念を押した。
 寄せては返すことを繰り返しながら潮が次第に岸辺を満たし、最期に深く達した波が砂上に漂着物を押し出して去っていくようにして甥は生まれるのか。月と海との呼応の間で伸び縮みする母体。渦を巻きながら吹き寄せてくる台風──。
 連絡を受けてから丸一日が過ぎ、日が変わって新月のその日の夜明け前、満潮時刻の7分後に、弟から「生まれたあああ……」のメールが届いた。
  福岡県春日市 大屋志保 2010/11/20 毎日新聞の気持ち欄掲載

秋風を感じて

2010-11-20 11:30:11 | はがき随筆
 夜来の秋雨が今朝も静かに降っている。
 夏を謳歌しきった百日紅は真紅の花を落とし、黄ばんだ葉はやっと枝にしがみついている。松葉ボタンも真っ赤な色があせ、茎は固く薄緑になっている。サルビアも力無くやせ細り、百日草もうなだれてきた。菜園場のミニトマトの茎はだらしなく垂れ下がり、ナスも小さく固くへの字に曲がり、必死でぶら下がっている。ところが、時節を間違えたのか、小ぶりの朝顔が一輪、木立から恥ずかしげに顔をのぞかせている。
 秋風を感じ始めだしたころ、69回目の誕生日を迎えた。
  鹿屋市 吉井三男  2010/11/20 毎日新聞鹿児島版掲載

変身

2010-11-20 11:22:35 | はがき随筆
 午前9時、自動ドアが開いて足を1歩踏み入れると「いらっしゃいませ!」と元気のいい声に迎えられた。
 病み上がりのやつれた私に、
 「今日はいかがなさいます」。
 「髪を短くカットして、さっぱりとしてください」
 息子のような青年の手さばきは手際よく、私は、自分が変身していくのに満足する。
 私の中にある、きれいになりたいという願望は若い頃と変わらない。いや、それ以上だ。
 店を出て、小春日和の暖かい日差しを浴びながら遠回りした道には、コスモスの花が風に優しく揺れていた。
  鹿屋市 田中京子 2010/11/19 毎日新聞鹿児島版掲載

「心の花」

2010-11-20 11:10:51 | 岩国エッセイサロンより


2010年11月16日 (火)
岩国市  会 員   檜原 冨美枝

友達の家の前を通ると塀の中から枝を伸ばした萩の花が心にとまった。豪華ではないが、ささやかにこぼれんばかりに咲いている。卵形の緑の葉っぱの中に薄紫の花びらがそよ風に揺れている。

 子供のころ、荒涼とした田舎道に咲いていた萩の花を仏壇にお供えし、父にえらくほめられた。5人の子供を残して早世した妻への思い出が募ったのか、仏壇にぬかずく父の背中は揺れていた。子供心にも胸が熱くなった。

それ以後、萩の花は私の心の花となった。四季折々に咲く花はどれも美しい。しかし、萩の花はなぜか私に語りかけているようだ。
    (2010.11.16 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載
写真はフォトライブラリ より

絶対に生きようね

2010-11-20 10:56:38 | 女の気持ち/男の気持ち
 東京から里帰りしたKちゃんが我が家を訪ねてくれました。彼女のお父さんは私のいとこで、子どものころからT兄ちゃんと呼んでいます。
 5月中旬に乳がんで右のおっぱいをなくした彼女。その体調を気遣う私に、こういってワンピースのボタンに手をかけます。
 「おばちゃんに傷を見てほしいの」
 それで乳がん先輩の私も傷を披露することに。
 「これってすごい光景やね」
 お互いの胸を開いて見せ合う姿を笑いあったものの、筑豊女の潔さを持った彼女に同士的なつながりを感じ、じんわりと涙が出ました。
 彼女は退院すると中学生と小学生の娘さんに胸の傷を見せたそうです。
 「2人は『ゲゲゲの鬼太郎』のぬりかべおばけみたいと言ったの」と笑って話してくれました。乳房温存手術をされたお姑さんは「さっぱりしているね」とおっしゃったとか。
 子どもさんとお姑さんの言葉に家族のやさしさと温かさを感じ、長い乳がん治療とつき合っていかねばならない彼女のこれからに、安堵を覚えました。
 まだ40代半ばの彼女はきっぱりとこう言って帰って行きました。
 「子供のために、あと30年は生きたい」
 彼女の意志の強さをもってすれば、神仏は必ず味方してくださると信じて疑いません。
  福岡県飯塚市 村瀬朱実 2010/11/18 毎日新聞の気持ち欄掲載

心のゆとり

2010-11-20 10:41:21 | はがき随筆


 雨の日曜日の午後、水墨展見学後、10月生まれの私に愛くるしいメジロを描き、昭子様と署名を頂いた。家のメジロが来る裏の畑で眺め、改めて喜びに浸る。
 ふと見ると、カボチャの実が放置した種から? 慌てて調べると3個結実していた。庭も畑も草が茂り、荒れ果てているのに、たくましい様子に驚いた。
 心臓をいたわり、半日は横になり、意欲のない自分が絵に感動し植物の成長に関心を持つ。心のゆとりを感じる。亡夫の好きだったキンモクセイの香りが漂う。青空はさわやか。白い雲とコスモスが美しい。
  薩摩川内市 上野昭子 2010/11/18 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はフォトライブラリより

人生の予習に

2010-11-20 10:35:30 | はがき随筆
 1ヶ月余りの入院中に予想以上の厳しい介護の光景を経験しました。
 病棟には約30人。高齢の女性が圧倒的に多く、車椅子の人、認知症の方と多くご苦労されていた。夜は看護師3人でカバーされていたが、一夜に15分おきの呼び出しベル。その対応に足早に廊下を走っておられた。
 大きい声で泣きわめく人、怒る人、不安で帰りたいとダダをこねる人。人生の叫びにも感じられた。一晩中、患者さんに寄り添う姿に感動し、人間愛が大切な職業だと深く思い、人生の最期を生きる厳しさの予習になりました。
  鹿屋市 小幡晋一郎 2010/11/17 毎日新聞鹿児島版掲載

香りに誘われて

2010-11-20 10:16:13 | はがき随筆
 窓から入ってくるいつもの風が、急に良い香りに変わった。どこからともなく漂って来るキンモクセイの香りに車を留めて香りの源を探した。引き寄せられるように集落を見下ろせる神社の階段をゆっくりと登って行く。「皆が元気で幸せに暮らせますように」とお参りをして振り返る。見下ろすと、まぶしいほど輝く黄金色の稲穂と吸い込まれそうな緑色の木々。思わず「ふうーっ」と深呼吸する。
 時間が止まった。
 キンモクセイの香りに誘われ立ち寄った神社で、飛びっきりぜいたくな森林浴。日常の忙しさを忘れて、心も癒やされた。
  垂水市 宮下康 2010/11/16 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はフォトライブラリより