はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

無駄になれ!

2010-11-25 13:00:56 | 女の気持ち/男の気持ち
 3階建ての我が家は、玄関が2階にあるので階段を11段上がらなければならない。老後の人生を思いやるときに最も恐れていたのが、加齢によるひざと腰の痛みからの歩行困難で、玄関までの11段が魔の階段になることだった。
 そこで喫茶店として貸していた1階をワンルームにリフォームすることにした。かなり迷ったが、これからの20年を見据えて早めの対策を講じたのだ。73歳の夫と64歳の私たち夫婦にとって、リフォームに踏み切るのは体力的にも精神的にも今をおいてないと思ったからだった。
 喫茶店のカウンターはそのまま活用して、対面式のキッチンにした。厨房は衣類や寝具、生活用品などを置く部屋に。食器類は作り付けの食器棚に収まるだけに絞り込み、室内にはベッド以外の家具類を置かないようにした。車椅子での生活も視野にいれてのことである。
 不要なものは買わない。余分なものは増やさない。買いだめはしない。それを常に自分自身に言い聞かせて、老後の日々はシンプルをベストとして過ごしたい。
 打ち合わせ、見積もりも終えて、工事開始が待ち遠しい。
 当面は私のマイルームとして使って良いとの内諾を夫からは得ている。願わくは、ずっとその状態が続いてほしい。 
このリフォームが無駄だったということになるのが一番いいから。
  長崎市 松本和子 2010/11/25 毎日新聞の気持ち欄掲載

旅の前夜

2010-11-25 12:53:24 | はがき随筆
 「母ちゃん、私が旅行に行ってる間に死なないでね。お父ちゃんの所にずっといっていても良いし、友だちのSさんと会っておしゃべりしても良い。ゆっくりしてれば良いんだからね」
 中2の一人娘は、2泊3日に出かける前夜、こう言った。
 半身マヒの夫は、肺炎で入院中、ひとりっきりになる日を気にしていた私に、13歳の娘なりの元気づけの言葉だった。あらら、ついに立場が逆転。ごめん、ごめん、心配かけて。母ちゃん、だいじょうぶだよ。
 親として、ありがたく、うれしく、ちょっと寂しい旅の前夜だった。
  鹿児島市 萩原裕子 2010/11/25 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆10月度入選

2010-11-25 12:26:37 | 受賞作品
 はがき随筆10月度入選作品が決まりました。

▽垂水市海潟、宮下康さん(51)の「ネコ語通訳」(16)
▽霧島市霧島大窪、久野茂樹さん(61)の「薩摩の隠居暮らし」(2日)
▽肝付町新富、鳥取部京子さん(71)の「過ぎ去る毎日」

──の3点です。

閑日偶感。学校の教材で、校長暗殺を使うとは呆れましたが、大阪地検の特捜の、政治家が口利きをし、役人がでっちあげてという筋書きにも呆れました。以前、龍馬になって活躍したいという政治家が居てやはり呆れましたが、いずれもテレビ・ドラマの見過ぎで、現実の世界と虚構の世界の区別ができなくなっているようです。世も末という感じです。
 宮下康さんの「ネコ語通訳」は、娘さんが猫の挙動を「通訳」してくれるという、微笑ましい内容です。これも虚構の世界には違いありませんが、意識して虚構の世界に遊ぶ家族には温かさと知性を感じます。
 久野茂樹さんの「薩摩隠居暮らし」は、ナマケモノと自己規定して、そのなまけぶりを列挙した内容です。自分に十分距離を置いた文章ですので、はからずも飄逸さが出ています。それにしても「極楽のあまり風」とはいい文句ですね。
 鳥取部京子さんの「過ぎ去る毎日」は、折角の休日も何かと来客があって落ち着かない。おまけに山猿の来訪まであり、食べ物探しに懸命の小動物に、我が家の家計を考えさせられたという内容です。猿も人間も大差なく、あくせくと日々過ぎゆくといったところでしょうか。
 以上が入選作です。他に3編を紹介します。
 指宿市十二町、有村好一さん(61)の「アケビ」は、ゴルフ場で、烏がアケビをくわえていたのを、脅かして、その「上前をはね」久しぶりに山の幸を味わったという内容です。垂水市市木、竹之内政子さん(60)の「石になりたい」は、駄菓子を買いに来た子が、父親が石になりたがっているという一言から、子供の時の、石ころを蹴りながらの下校時の様子を思い出したという内容です。連想がいいですね。鹿屋市新栄町、西尾フミ子さん(76)の「しらがつぶり」(23日)は、白髪染めをやめた時の心理の動きが巧みに描かれています。「素敵な白髪頭(しらがつぶり)」を思い描いているのだが、「怖い山姥(やまんば)」に見えてるかも、という自己客観化が優れた文章にしています。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

未完の大作

2010-11-25 11:59:58 | はがき随筆
 「大好きな彫刻があるから」
 そう行って、あの人がミラノに連れて行ってくれたのは2002年の春。
 それは狭くて薄暗い殺風景な石の部屋に置かれていた。
 マリアが息絶えた息子を抱きかかえるように立っている。
 しばらくして、わたしは目を見張った。マリアをゆるぎなく立たせているのはイエズスではないか。
 すごい!
 主と聖母の神秘を垣間見た。
 神秘に迫るミケランジェロの未完の大作「ピエタ・ロンダニニ」の前に、わたしはいまも立ちつくしている。
  鹿屋市 伊地知咲子 2010/11/24 毎日新聞鹿児島版掲載