はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

彼岸花

2011-09-24 21:17:14 | はがき随筆


 台風の接近で、朝の空は曇っていて細かい雨が降っていた。あるいはと思って庭に出てみたら案の定、芽を出していた。
 彼岸花である。土の中でどうして季節の移りを感じるのか。まず、それが不思議であるが、その柔らかい芽で固い土を破って出てくることに神秘的なものを感じる。そして彼岸花を見ると、もう10年以上前に行った牧水の生家の前に咲いていた彼岸花を思い出す。何回も行ったが、また出かけてみたい。
 花を見ると、墓参りと思いは続くが、今年の秋もその神秘さに浸り愛でたいものだと思う。
  志布志市志布志小村豊一郎 毎日新聞鹿児島版掲載

涼風

2011-09-24 21:11:09 | はがき随筆
 夏休み、子どもたちのいない教室で、一人静かに仕事をしていると、時折、すうっと冷たい涼しい風が通り抜ける。ああ、これが俗に言う極楽風かなと思いながら、風に感謝する。その風の話をすると「海からの風で涼しいのだろうね」と、母は言う。教室の窓から見える海の色は、その時々によって変わる。晴れた日、雨の日、くもりの日、朝、昼、晩……と、違った色を奏でる海。
 からっと晴れた夏の日。真っ青な空、真っ白な雲、青い海、緑の山々。そこをかけ抜ける海風、山風。扇風機の風と共に、涼しい風をありがとう。
  屋久島町 山岡淳子

ゲゲゲ…

2011-09-24 21:04:51 | はがき随筆
 「この人を見ると、お母さんを思い出す」。父がぽそっと、つぶやく。病室のテレビに目を向けると、そこには去年の朝の連ドラで、漫画家の妻の役で脚光を浴びた美しい女優さん。
 申し訳ないが、全く似ていない。噴き出しそうなのをこらえ「へえ、どんなところが?」父は「背がスラッとしてスタイルがよく、お母さんそっくりだ」認めよう。確かに若いころ母は細身でスラリとしていた。私たちの知らない母の姿。笑いをかみ殺していた自分が情けない。人前で父から褒められたことのなかった母。今ごろ草葉の陰で大喜び? うれし泣き?
  霧島市 福崎康代 2011/9/22 毎日新聞鹿児島版掲載

クロアゲハくん

2011-09-24 20:44:08 | はがき随筆


 この時期に飛び交う赤とんぼ。今年はどこにいったことやら、そこにクロアゲハが舞ってきた。
 君も暑さを逃れたいのか。苦瓜(ゴーヤ)の花で、一休み。木陰から、それを目で追っていた母。危ない、アゲハ君。そっと手を伸ばす母。
 母の年齢を考えて、軍配は君にあげていたのに。
 「やった」と母。
 「やられた」とアゲハ君。
 女を甘く見たな。それとも年寄りと思っていたか。明らかに君の油断だ。しわくちゃ顔に勝ち誇った笑み。大正期に戻った至福の時か。
  姶良市 山下恰 2011/9/21 毎日新聞鹿児島版掲載

おじゃったもんせ

2011-09-24 20:31:56 | 女の気持ち/男の気持ち
 鹿児島の人とご縁があって一緒になった。
 先日、その夫の姉の葬儀があった。新幹線で鹿児島中央駅に着くと、広々と明るい構内に「おじゃったもんせ」と朱書きで大きく書かれた横断幕がかかっていた。その上に墨字で「いらっしゃいませ」と添えられている。
 ああ、この言葉、何度聞いたことだろう。帰省のたびに出迎えてくれる姉妹たちの口から発せられるその優しい響き。「これを聞くと、ああふるさとに帰ってきたんだなあとほっとする」と言っていた夫ももういない。
 中央駅から日豊本線に乗り継ぎ東洋のナポリとも言われた桜島と錦江湾を右に見ながら、今日は一人の帰省旅である。
 帖佐駅には甥が迎えに来てくれていて、姉の葬儀へ。「この姉には独身時代ことのほか世話になり、面倒を見てもらった。病気で心配もかけた」と夫が言っていたので、私が元気なうちに姉を見送る務めを果たすことができて、ほっとしている。
 歳月は流れ、甥たち姪たちもおじさんおばさんになっているが、その優しいこと。私が高齢だから気遣ってくれているのかもしれないが、鹿児島の人たちはみんな優しい。姉も90までいきたのだから心残りはないだろう。
 中央駅の「おじゃったもんせ」は、旅人を優しく迎える最高のもてなしだと思う。
 ありがとうございました。
  熊本市 酒匂禮子 2011/9/20 毎日新聞の気持ち欄掲載