はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

聞きなし

2012-08-13 16:06:59 | はがき随筆


 朝風のよく通る庭で干し梅を裏返していると、近くでコジュケイの声がした。この鳥の聞きなしを、長い間「ちょっと来い、ちょっと来い」だと思っていた。中国原産で、日本に住み着いた昔から、人々はこのように聞いていたと……。
 最近「ちっと食え、ちっと食え」と鳴くのだと言うのを聞いて、胸がつまりそうだった。為政者や地主による貧困や、凶作による飢えを背景として生まれた言葉かと思ったからだ。これらの由来はともかく、糖尿病の今の私には「ちっと食え、ちっと食え」は、戒めとも慰めとも聞こえてありがたい。
  薩摩川内市 森孝子 2012/8/13 毎日新聞鹿児島版掲載

お目目拭いて

2012-08-13 15:58:45 | はがき随筆
 投稿歌集を読んでいて、次の短歌を一読するや、私はどうにも形容しがたい気持に襲われ、歌集を閉じた。
 <死に近く視力薄れし子が言えり「お母さんの顔が見えない、お目目を拭いて」>
 私は小心者である。小児病棟に小児がん、3歳ほどの男の子、若いお母さん……。それらのものが一気にあふれ、いたたまれなく、やるせない。14年前の投稿歌である。男の子はもうこの世にいないだろうか。そして男の子のお母さんは、どんなふうに今を生きているであろうか……。何もできない。ただただ私は無力感にどっぷりつかる。
  霧島市 久野茂樹 2012/8/12 毎日新聞鹿児島版掲載

大金に驚く息子たち

2012-08-13 15:57:00 | 岩国エッセイサロンより
2012年8月13日 (月)

    岩国市 会 員   山下 治子

夫の定年を機に住宅ローンを完済しようと決めていたが、通帳上の数字の移動だけでは何か空しい。

返済し続けて18年。息子たちに学費がかかる時期など、正直しんどい局面もあった。よくやり繰りしたというより、何とかなるもんだと振り返る。

この先、完済に充てるような大金を手にすることもないだろうと思い、現金化して一晩、二晩眺めようと夫との話がまとまった。

息子3人を呼び寄せ、それぞれの前に引き出した現金を均等に並べた。表情をこわばらせる息子たち。そこで夫の名演技。「これは退職金だ。生前贈与としてお前たちにやる」

「えっ、ほんまに?」「車のローン、助かるなあ」「おとんたちが使えばええやん」と、三者三様の反応。

次の瞬間、私たちのたくらみを見抜いた息子たちが「だって、住宅ローンを返すって言ってたじゃないか」と□をそろえた。がっかりさせたようでちょっぴり気が引けたが、全員で大爆笑して幕に。

「美田」を残そうにも残せないが、家族全員元気に暮らせている。息子たちはきっと、夫に感謝しているに違いない。



(2012.08.11 朝日新聞「ひととき」掲載)岩國エッセイサロンより転載