はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

はがき随筆7月度

2012-08-15 11:17:42 | 受賞作品
 はがき随筆7月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)
【月間賞】31日「祖母の悲しみ」秋峯いくよ(72)=霧島市
【佳作】3日「天然生活」清水恒(64)=伊佐市
  ▽19日「まぶしい教え子」小村忍(69)=出水市

月間賞に秋峯さん(霧島市)

佳作には清水さん(伊佐市)、小村さん(出水市)

 祖母の悲しみ 90歳を過ぎて認知症になってから、戦死した息子のことが、祖母の記憶の断片としてよみがえってきたという悲しい内容です。戦死公報に「バンザイ」を叫んでお祝いをしたほどの気丈夫な祖母も、本心はどうだったのでしょうか。戦争は国家が始め、個人の悲しみで終わるものです。
 天然生活 奥様に関してのノロケの文章です。うっかり屋は人の良い証拠という祖父の言葉に従ったわけでもないが、超のつきそうな天然自然体の妻を選んでしまった。その悲喜劇を、自分にも奥様にも距離を置いて描いたところに、味のある文章ができあがっています。
 まぶしい教え子 九州合同植物観察会で、案内役と講師を務める教え子に出会ってまぶしかった。その上、その教え子が植物を専門にしたのは、筆者に中学校の植物採集の宿題を叱られたことがきっかけだったと聞いて、うれしさも倍加したという、教師冥利に尽きる内容です。追い越される楽しみは、教師にしか分からない楽しみです。
 他に3編を紹介します。
 森孝子さんの「ミカドアゲハ」は、チョウを飼い育てる楽しみが克明に描かれています。驚くのは、育てて放ったチョウかどうか、庭に戻ってきて産卵するということです。植物も含めて、生き物を育てる楽しみは、おそらく生命の神秘への畏敬の念に支えられているのでしょう。
 下内幸一さんの「田舎の観音様」は、新しい散歩コースで、岩に彫られた「茂頭の観音様」を見つけ、この大発見に喜びと感謝を感じ、毎月お参りしようと決めたという内容です。「観音様との秘めた逢瀬を楽しみにしている」という表現がいいですね。
 内山陽子さんの「ヘビやムカデ」は、ヘビ嫌いの性分からくる生活の一面を真面目くさった文章にしていますが、ご本人には相済みませんが、読んでいるとおかしくもなってくる文章です。蛇の出ない「町のど真ん中に住みたい」希望が実現するとよいのですが。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

白いスニーカー

2012-08-15 10:57:39 | はがき随筆
 梅雨の晴れ間、玄関の掃除を始めた。ドアを開けると湿った空気が一気に外へ流れ出る。
 ベランダの日の当たる場所に履き物を並べた。白いスニーカーは亡き夫のもの。靴ひもを解いて、思い切り内側を広げ、洗濯ばさみで止めて日に向けた。
 生前、父の日に娘が贈ったもので、サイズが少しあわず、5㍉大きなものに交換してもらった。やがて、陽を浴びた白いスニーカーに、そっと足を入れてみた。
 ふんわりとした感触に、私はしばし立ち止まり、視力の弱かった夫が靴ひもを確かめるように履いていた姿を思い出す。
  鹿児島市 竹之内美知子 2012/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載

守るために

2012-08-15 10:50:48 | はがき随筆
 「お母ちゃん、私はお父ちゃんの代わりに、お母ちゃんを守るために生まれてきたんだよね」と、15歳の娘が言った。夫は75歳。脳卒中で5年以上も闘病中。今はほとんど寝たきりだ。「頼むね、三希子。お母ちゃんを守って助けて生きていってね」と、そのお父ちゃんに言われたから。ナイーブだけどたくましい15歳は「うん、大丈夫。お母ちゃんのことはまかせて」と、きっぱりと答えた。15歳で父親からバトンタッチされたことは、娘には重すぎないだろうか。母親を守るためだけでなく、自分のために、自分らしく生き抜いてほしいと願う。
  鹿児島市 萩原裕子 2012/8/14 毎日新聞鹿児島版掲載