はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

熟した柿

2012-10-16 20:22:58 | はがき随筆


 昭和20年の終戦後、私たち家族は山村に住んでいた。
 父は教師で、母は子育ての真っ最中。食糧不足の毎日。子供は9歳の姉を頭に3人いて、私は6歳、弟は4歳で食べ盛り。ある夕暮れ時、父が熟した柿を枝ごと土産に帰宅。子供たちは柿に目を向ける。父いわく「食べたいなら、早く足を洗うこと」。我先に田んぼの向こうの川辺に急いだ。先に走った姉はもう折り返して来る。
 私が足を洗う時「ピーヒョロロ」とカッパの声。怖くて弟のことも頭になく即、家の方へ。それほど柿に魅了されたか。子供の頃が懐かしい。
  肝付町 鳥取部京子 2012/10/12 毎日新聞鹿児島版掲載

命の洗濯

2012-10-16 20:17:44 | はがき随筆
 山あいの里に薄黄色に熟れた稲穂が揺れる。
 畦や土手に咲く彼岸花が鮮やかに映えている。せせらぎの音がかすかに聞こえ、時折鳥が鳴く。
 東京からの友は「目が癒されて空気がうまい」とうなった。そして「命の洗濯だね」と。山あいの里を何度も歩いた。
 「昨夜のボタン鍋も、アユの刺身も味わい深いものがあった。でも都会暮らしの僕には、あの風景が一番のごちそうだったよ。今度は妻と一緒に来るよ。命の洗濯にね」
 彼はそう言って空港行きのシャトルバスに飛び乗った。
  出水市 道田道範 2012/10/11 毎日新聞鹿児島版掲載

更地とチョウ

2012-10-16 20:11:19 | はがき随筆
 重機の音がガツン、ガツンと響く時、私の胸は締め付けられるようだった。とうとう、亡き父母の、気になっていた廃屋を解体した。両親には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 父にしかられたり、家族皆で談笑したりした懐かしい居間。妹や弟と背比べをし、鉛筆で線を引いた跡の残る柱。思い出の詰まった廃屋はわずか4日で解体されて更地に。私の胸は、ぽっかり穴が開いたようで寂しい。
 数日後、更地に、つがいのアゲハチョウがもつれながら飛んできた。私は、何となく亡き父母がチョウに生まれ変わり、家の跡を見に着たのだと思った。
  出水市 小村忍 2012/10/10 毎日新聞鹿児島版掲載