はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

同居

2020-06-02 12:09:13 | はがき随筆
 息子の仕事の都合で10年ぶりの同居。学生時代を思い出し、うれしさ半分、「愛情弁当を作ろうか」と言えば丁重に断られた。「ご飯はおいしいし、ぐっすり眠れる」とお世辞もうまくなったようだ。生活の違いから苦言も多くなるが短期間と思えば楽しいものだ。
 スマホでゲームばかりだったが、テレビのニュースをよく見るのにはびっくり。社会人としての頼もしい一面も見えた。
 引っ越しの日、「せいせいした」と息子。私のせりふだよと思ったら通勤が大変だったからだとか。「部屋は立ち入り禁止」と言いつつ鍵を置いていった。
 宮崎県日向市 梅田絹子(64) 2020/6/1 毎日新聞鹿児島版掲載

望郷

2020-06-02 11:52:18 | 女の気持ち/男の気持ち
 52歳で現役を退き、静岡県から霧島へ移り住んだ私にとって、ふるさとは年を重ねるごとにただただ懐かしいものとなりつつあります。美しい山河はもちろんですが、それにもまして望郷をかき立てられるもの、それは友です。
 中学時代、400人近くいた学年の中、学業で私の前に壁のように立ちはだかっていた2人の秀才がいました。そのうちの一人は生徒会長。調子づいて立候補した私が完敗した相手です。心の中では「友達になりたい」と願っていましたが、それもかなわず、あっという間に50年の月日が。
 そこで私は一念発起。隠居生活の傍ら手を染めた俳句、短歌、川柳、エッセーを文庫本に仕立て、あいさつの手紙と共に送ったのです。
 当時の私への印象が芳しくなければ、縁がなかったものとして諦めようと決めていました。さて、その結果は……。
 生徒会長をしていた彼の方は県立高校の校長職を勇退していましたが、美しい手書きのお便りを何度も頂く仲になりました。もう一人の友は、何と歌舞伎の演出家に。先日の九州公演の時には、わざわざ足を延ばして我が家に立ち寄ってくれたのです。
 現在、ぼくたちが少年時代を過ごした「竜洋町」という地名はありません。だが、70歳を超えた私の胸には故郷の遠州灘や天竜川、そして竜洋中学がさんぜんと輝いています。
 ありがとう、我がふるさと。ありがとう、我が友。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(70) 毎日新聞 鹿児島版 男の気持ち掲載

うどんの思い出

2020-06-02 11:46:18 | はがき随筆
 久しぶりに夫とうどん店へ行った。ふと2年前に亡くなった父のことが思い出された。
 父が亡くなる1年くらい前から半年間ほど、月1回の父の通院につき合った。病院の帰りには毎回、同じうどん店で昼食をとった。「史子と同じものでいいよ」。父はいつもそう言った。二人で無言で食べた。最後に父はお汁まで飲み干していた。私にはちょっと驚きだった。父は大正生まれで、大家族で育ち、戦争も経験していたから、食べ物を粗末にしてはいけないと見に沁みついていたのだろう。
 父と二人きりで食事をしたのはこの時期だけだった。
 熊本県玉名市 立石史子(66) 2020/5/28 毎日新聞鹿児島版掲載

ひとり相撲

2020-06-02 11:40:13 | はがき随筆
 あるとき新聞で、顔こそはっきりしないが背格好などが亡き母にそっくりな写真を見つけた。思わず「お母さん」と呼びたくなった。兄弟たちも懐かしんでくれるだろうとコピーして送った。ところが妹はお義理で「少し似ているかなあ」と納得しない顔。兄貴にいたっては全く似ていないと、にべもない。他は梨の礫。皆にとって唯一の母なのに、一人一人異なる面影を脳裏にとどめているのだとそのときは思ったのだった。
 しばらくたってもう一度写真を見たら何のことはない、母の面影は消えていた。私の大いなる錯覚、ひとり相撲だった。
 鹿児島市 野崎正昭(88) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

コロナの時代

2020-06-02 11:24:31 | はがき随筆
 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、およそ70年前のカミュの小説『ペスト』が注目されている。ペスト菌に襲われる不条理な世界と、今の非日常的な日常が重なるからだろう。
 こちらは、現在のコロナ禍についてのエッセー『コロナの時代の僕ら』。まず話題になったのは、出版前の作品が48時間ウェブ上で全文が無料公開されたこと。作者は、外出制限下のローマに暮らす物理学者で小説家のパオロ・ジョルダーノ。パンデミックを経験した僕らは「すべてが終わった時、本当に以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と問うている。
 鹿児島市 高橋誠(69) 2020/6/2 毎日新聞鹿児島版掲載

偽札の話

2020-06-02 11:17:11 | はがき随筆
 <怪しい探検隊>と称して、10代の一人娘を引き連れ親子3人で世界49か国を巡っていた頃のこと。エジプトの両替所で私が渡した100㌦札を、係の男がためつすがめつ眺め回すのです。そして。電話帳みたいな本で何かを照合して首をかしげました。
 「え、まさか!」。とっさに2枚目を渡しました。男は申し訳なさそうに首を振ります。「やられた! 全部で4枚」
 あろうことか前回訪れたロシアのホテルで戻されたデポジットが偽札だったとは……。はてさて私たち家族の運命やいかに。どうぞ次回をお楽しみに。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(70) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

初夏に向かって

2020-06-02 11:09:59 | はがき随筆
 光きらめき春うらら。
 しかし、コロナ感染防止で何かと自粛の日々を家事にいそしむ。心はなんだか不安定。
 そんな折、静かな山麓に生家を残す高校時代の級友N君が、山菜採りに誘ってくれた。
 うわっ、楽しそう、と感謝して数人の同級生とお邪魔した。
 N君所有の広い土地には春の風が吹き渡り、あまたのワラビが顔を出す。山々はふっくらと緑に膨らみ、日差しも良好。草の香に身を沈め、正午に光が巡るまで若菜摘みを楽しんだ。
 そして見つけたアザミの赤い花、迷うことなく初夏へと向かう季節の確かさにほっとした。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(75) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

神様のふところ

2020-06-02 11:04:04 | はがき随筆
 お風呂を薪でたいていた頃、父が入る前、裸で儀式のような事をしていました。両手でお湯をすくい3度おし頂いて体にお湯をかけます。何のまじないかとたずねたら日の神様、水の神様、風の神様にお礼を言って入る、お風呂は神様のふところだと言っていました。当時は年寄りの寝言みたいと笑っていました。現在はボタン一つでお湯が出て当たり前と思っています。お風呂は神様のふところ、身も心も温かく包んでくれる最高の場所と信じます。当たり前が当たり前でない事がたくさんあります。一つ一つ見つけて心の袋に入れていきたいと思います。
 熊本県八代市 相場和子(93) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

手作りマスク

2020-06-02 10:56:30 | はがき随筆
 世界を巻き込む困難に遭遇してしまった今、目に見えないウイルスとの戦いだ。先が読めない。速く収束してほしい。すべての活動自粛を迫られた。それが孫娘にも及んだ。大学生として夢膨らませ、新生活がスタートするはずだったのだが、入学式すらなく、悲惨なことに慣れない都会で自宅待機の日々。私にできることはメールで安否確認をするぐらいだ。ふるさとに帰省さえできず、孫の心中いかばかりかと胸が痛んだ。喜ぶ顔を思い浮かべながら、眠っていた端切れに願いを頃てマスクを作った。コロナ禍に負けないよう応援するしかないのだ。
 鹿児島県鹿屋市 中鶴裕子(70) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載