この夏は山形、山寺にいってきました。
まず初日。天童市の若松寺(じゃくしょうじ)、三宝寺、旧東村山郡役所、建勲(たけいさお)神社、山形城跡なんかを。
若松寺は、「熊出没注意」の看板があってね(笑)。そんなわけで、本尊などの主だったトコはいきましたが、見晴台的なトコへは、途中で引き返しました(笑)。
いや、
オレのパンチなんて、熊に通用しません(一応、ボクシングやってますが)。
ってか、大気が不安定だったので、ビニール傘を持って行ったんですが、
残念ながら、オレは壬生の狼ではありません。まあ、斎藤なら、傘による牙突でも熊くらい倒せそうですが(笑)。
まあ、途中まではいきましたけどね。
お次に三宝寺。ここは織田信長の織田家所縁のお寺です。
次にいった旧東村山郡役所は洋風の建物で、維新直後、郡役所として機能し、明治天皇が行幸されたときの行在所(あんざいしょ)ともなった所です。
で、建勲神社。ここも織田家所縁で、信長を祀った神社です。
この建勲神社といい、先ほどの三宝寺といい、山形県天童市が織田家と縁のあることを意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、信長の次男の信雄の子孫が、江戸時代中期に天童藩主となり、やがて幕末、維新を迎えたようです。
ですんで、信長はこの地でも祀られています。
山形城跡は、文字通り跡地です。山形市は最上一族のお膝元であり、ここに居城を築いていたようです。いまは石垣、橋、門などが再現されています。
そして、二日目。
やってきました、山寺!
前から来てみたかったんですよ。
途中、松尾芭蕉と弟子の曽良の像を眺めつつ、
階段を登ったあとの、この登山口を抜け、やがて森の中へ。
途中にはこんな崖もあります。
また、開山堂やその脇の風景なんかも楽しめます。
で、「もうすぐ山頂」ってトコで、
立大堂
その中からの光景
三重小塔なんかも。
さらに修行の岩場を眺めたうえで、
山頂の奥の院、鐘、そして、山頂からの光景。
で、これもほぼ山頂といえる位置に、大正天皇行在所なんかもありました。大正天皇もお見えなったそうです。
そんなこんなで、あとは登ってきた道を降り、名物・力こんにゃくを食ったりして(美味かったです/笑)。松尾芭蕉記念館に。
その後、帰途に。
まさに絶景でね、ホントに来てよかったです。
まず初日。天童市の若松寺(じゃくしょうじ)、三宝寺、旧東村山郡役所、建勲(たけいさお)神社、山形城跡なんかを。
若松寺は、「熊出没注意」の看板があってね(笑)。そんなわけで、本尊などの主だったトコはいきましたが、見晴台的なトコへは、途中で引き返しました(笑)。
いや、
オレのパンチなんて、熊に通用しません(一応、ボクシングやってますが)。
ってか、大気が不安定だったので、ビニール傘を持って行ったんですが、
残念ながら、オレは壬生の狼ではありません。まあ、斎藤なら、傘による牙突でも熊くらい倒せそうですが(笑)。
まあ、途中まではいきましたけどね。
お次に三宝寺。ここは織田信長の織田家所縁のお寺です。
次にいった旧東村山郡役所は洋風の建物で、維新直後、郡役所として機能し、明治天皇が行幸されたときの行在所(あんざいしょ)ともなった所です。
で、建勲神社。ここも織田家所縁で、信長を祀った神社です。
この建勲神社といい、先ほどの三宝寺といい、山形県天童市が織田家と縁のあることを意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、信長の次男の信雄の子孫が、江戸時代中期に天童藩主となり、やがて幕末、維新を迎えたようです。
ですんで、信長はこの地でも祀られています。
山形城跡は、文字通り跡地です。山形市は最上一族のお膝元であり、ここに居城を築いていたようです。いまは石垣、橋、門などが再現されています。
そして、二日目。
やってきました、山寺!
前から来てみたかったんですよ。
途中、松尾芭蕉と弟子の曽良の像を眺めつつ、
階段を登ったあとの、この登山口を抜け、やがて森の中へ。
途中にはこんな崖もあります。
また、開山堂やその脇の風景なんかも楽しめます。
で、「もうすぐ山頂」ってトコで、
立大堂
その中からの光景
三重小塔なんかも。
さらに修行の岩場を眺めたうえで、
山頂の奥の院、鐘、そして、山頂からの光景。
で、これもほぼ山頂といえる位置に、大正天皇行在所なんかもありました。大正天皇もお見えなったそうです。
そんなこんなで、あとは登ってきた道を降り、名物・力こんにゃくを食ったりして(美味かったです/笑)。松尾芭蕉記念館に。
その後、帰途に。
まさに絶景でね、ホントに来てよかったです。