今週も県内のコロナの感染状況を鑑み、WOC登山部はお休み。
独りでどこに出かけようかと先週から色々と考えていた。
第一のコース! 落合峠~寒峰
天気が良ければ以前に一度だけ歩いたことのある、落合峠から
寒峰を縦走。意外とこの時期のこのコースはいろんな花が咲いていて
アップダウンの繰り返しで体力測定になる。
第二のコース! 風呂塔~白滝山
天気が悪ければ、ワークマンで買ったR-006の耐水圧10.000mm、
透湿度5,000gという性能のチェックをしてみる。そして
前回に石堂山の帰り道に寄った白滝山へ風呂塔から歩き、
途中の未踏の火打山を経由して線を繋いでみるという、
天気次第で二つのコースを考えていた。
一週間前はあまり良くなかった予報も、週が明けるとまずまずになった。
それじゃ~と思っていたら、前日の朝に起きるとくるぶしの辺りが動くと痛む。
昨夜まで何ともなかったのに、おかしいな〜と思いながらも、
そのまま出社してみるものの、段々痛みが酷くなってくる。
翌日を控えて気になるので一応、整形外科でレントゲンを撮ってもらうと、
骨には異常はないが、くるぶしの上がたしかに腫れている。
『どこかでぶつけましたか?』と先生に聞かれるが、思い当たる節がない。
『通風ではないですよね?』と聞くと、通風だと普通はくるぶしの下の方が
腫れるらしい。尿酸値もギリギリだが規定値をオーバーしているわけでもない。
原因は結局わからないが触ると痛いし、腫れが酷くなってきている。
何かの原因で炎症していると言う事だが、痛みは数日後に出ることもあると言われ、
『明日、山歩きをしようと思うのですが?』と聞くと、『痛みを我慢しながら
歩いても楽しくないでしょう!』と言われて納得して病院を後にした。
朝起きると天気予報通り青空が広がっている。家の中でじっとしているのも勿体ないので、
予定していた登山口の落合峠までドライブする事に。
三加茂から県道44号線を走ると、桟敷峠を経て深淵を通り落合峠に着く。
深淵から峠までの間は30年ほど前はまだ未舗装部分が多かったが、
今はすべて舗装路となって走りやすい。小学校のあった深淵の集落もほとんどが今は廃屋となってしまった。
そんな中でも、一軒だけ洗濯物を干している家屋があった。
深淵、落合の集落を抜け峠へのくねくねした道を走って行く。峠までの道は
至るところで路肩が崩れていたが、樹林帯から道の両側に笹原が現れると、
見慣れた標識の立つ落合峠に着いた。
車のメーターの外気温は22℃を表示している。車を降りるとさっそく秋の訪れを予感させる
涼しい風が祖谷谷から吹き上げている。正面には三嶺から天狗塚の稜線。
しばらくの間ベンチに腰掛けのんびりと峠の景色を眺める。
東には矢筈山とサガリハゲに続く稜線。
西を見ると落禿に続く笹原が広がっている。
落合の禿(カムロ・山)と言う事で落禿と呼ばれているのだろうが、
東側のサガリハゲといい落禿といい、最近少し頭部の薄くなってきた私には
あまりいい気のしない山域だ!(笑)
しばらくして峠の周りを散策。舗装路を北に歩いて行くと烏帽子山が見えた。
道の両側には小さな可愛い花があちらこちらで咲いていが、ここ最近は雨が降っていないので、
どの花も萎びている。
峠まで戻りまだ色ついているススキの穂を見ながら少し東へと歩いてみる。
こちらも斜面の笹の足元にいろんな花が咲いている。
矢筈山への登山道を少しだけ登ると、やはり笹は朝露で濡れている。
反対側の寒峰への道はほとんど道が隠れるほど笹に覆われているので、
縦走するとなると雨具の下とスパッツは必須のようだ。
峠まで戻って最後に深呼吸。今から涼しい風の吹くこの峠からグングンと気温の上がった
下界へと戻って行くのだ。峠を下り落合の集落では廃屋となった家の屋根が朽ち果て、
中から勢いよく木が伸びている。この家は人がいなくなって随分と時間が経っているのだろう。
深淵川に架かる橋から下を覗くと、透明度バツグンの水が流れている。
峠から下って少し気温が上がってきたので、この冷たそうな水に飛び込みたい気分だ。
桟敷峠から右に折れて先ずは風呂塔のキャンプ場を覗いてみる。このキャンプ場ができてからは
風呂塔へは手軽に登れるようになったが、キャンプ場自体が今はほとんど使われていない様子で、
キャンプ場までの途中の道もけっこう荒れていた。
次回の為の登山口を確認した後は水の丸へと向かう。
以前にセニョさん・コアラさん・ルリちゃんと令和元年記念に日の丸山に登った帰り道に
立ち寄った場所で、WOCではパラグライダーで飛んだ時のは発進場所になっている丘だ。
公園の施設の並ぶ場所から三角点のある丘までは少し距離があるので、今日は歩かずに
そのまま上の駐車場まで車で走って行く。
駐車場から丘の上までを少し登って行く。
先ほどの落合峠からは北側の景色は望めないが、こちらは360℃の眺望。
吉野川の向こうに連なる阿讃山脈の峰々を見渡すことができる。
風呂塔や烏帽子山までは見て判るが、南側に見える山の特定がなかなか難しい。
ここから東には六地蔵峠への稜線が続き、県営農地開発事業として開かれた水の丸地区の
ビニールハウス越しに徳島市の郊外が見える。ここで水筒に入れたお湯でコーヒーを淹れ、
コンビニで買ったワッフルをおやつにコーヒータイムと洒落こむ。日差しは強いが、
その日差しが雲に遮られると、吹き上げてくる風が何とも言えず心地よい。
今日は歩く事もなく時間も気にせずのんびりと山からの景色を楽しむ。
山の高い低いにかかわらず上から見下ろすと言うのは何とも言えない気持ちになる。
水の丸を後に六地蔵峠へ向かう。阿讃縦走路にも六地蔵越え(峠)があるが、
こちらの六地蔵は讃岐と阿波の人々が行き来した峠に、人々の災いや苦しみを遮り救われたいという信仰から
建てられたと云われているが、この東みよし町の六地蔵の由来は少しおどおどしい。その由来とは、
『源平の屋島の合戦に敗れ、深淵をへて祖谷に入った平家一族は。堂々、強力(荷を背負う案内人)を
やとって平家の物資財宝を輸送していた。途中、芽の窪という地にたどりつくと、
そこを平家再興の際重要な地点であると考え、軍資金や財宝を隠す場所と決め埋蔵した。
そして、秘密がもれることを恐れた平家一族は、軍資金と財宝を運んだ六人の強力を帰すときに
ひそかに後をつけ、峠の頂上で殺してしまったという。
後に金丸城主となった平家盛は祟りを恐れ、峠に六つの地蔵を建て霊を弔った。』と云うもの。
前回はこの峠からゆめりあ34を見学した後、元来た道を引き返したが、
今日はそのまま半田町の方へと下ってみる。すでにカーナビの画面の道は途切れ、
GooglMapで見ても道は曲がりくねり何ヵ所も分岐していて複雑になっていた。
案の定、道は複雑でこのまま進んでも大丈夫かな?という場面が何度もあった。
何とか半田町までたどり着き、今日の最終目的地の穴吹町の神明神社へ向かう。
穴吹川に沿って続く国道492号線は何度も走った事のある道だが、FBで見るまでは
この神明神社の存在を知らなかった。神社の参道は工事車両が停まっていて、一旦行き過ぎてしまったので
近くにあった郵便局で尋ねると、今は崖崩れが起こらないように工事中だと教えてくれた。
参道の石段の下は崩れて仮の参道が設けられている。石段は手摺があるが見上げるほどの急な石段だ。
FBの写真で見た通り磐境に囲われた中に石祠が5体ある。磐境とは、
祭祀に際して神が降臨する岩石等を中心にした神域のことで、古代の祭祀場だという。
この神社は案内板に書かれている内容とは別に、古代イスラエル人の礼拝堂だったという説もある、
何とも言えず不思議な場所だった。
WOCのメンバーに足が痛いときくらい、家でじっとしとけんのかな?と後で言われたが、
結局ドライブといっても一日中走り回り、しかも山を絡めたドライブになってしまった。
来週には腫れはひいてまた歩けるだろうかと、やっぱり山歩きの事を考えながら家路に着いた。
独りでどこに出かけようかと先週から色々と考えていた。
第一のコース! 落合峠~寒峰
天気が良ければ以前に一度だけ歩いたことのある、落合峠から
寒峰を縦走。意外とこの時期のこのコースはいろんな花が咲いていて
アップダウンの繰り返しで体力測定になる。
第二のコース! 風呂塔~白滝山
天気が悪ければ、ワークマンで買ったR-006の耐水圧10.000mm、
透湿度5,000gという性能のチェックをしてみる。そして
前回に石堂山の帰り道に寄った白滝山へ風呂塔から歩き、
途中の未踏の火打山を経由して線を繋いでみるという、
天気次第で二つのコースを考えていた。
一週間前はあまり良くなかった予報も、週が明けるとまずまずになった。
それじゃ~と思っていたら、前日の朝に起きるとくるぶしの辺りが動くと痛む。
昨夜まで何ともなかったのに、おかしいな〜と思いながらも、
そのまま出社してみるものの、段々痛みが酷くなってくる。
翌日を控えて気になるので一応、整形外科でレントゲンを撮ってもらうと、
骨には異常はないが、くるぶしの上がたしかに腫れている。
『どこかでぶつけましたか?』と先生に聞かれるが、思い当たる節がない。
『通風ではないですよね?』と聞くと、通風だと普通はくるぶしの下の方が
腫れるらしい。尿酸値もギリギリだが規定値をオーバーしているわけでもない。
原因は結局わからないが触ると痛いし、腫れが酷くなってきている。
何かの原因で炎症していると言う事だが、痛みは数日後に出ることもあると言われ、
『明日、山歩きをしようと思うのですが?』と聞くと、『痛みを我慢しながら
歩いても楽しくないでしょう!』と言われて納得して病院を後にした。
朝起きると天気予報通り青空が広がっている。家の中でじっとしているのも勿体ないので、
予定していた登山口の落合峠までドライブする事に。
三加茂から県道44号線を走ると、桟敷峠を経て深淵を通り落合峠に着く。
深淵から峠までの間は30年ほど前はまだ未舗装部分が多かったが、
今はすべて舗装路となって走りやすい。小学校のあった深淵の集落もほとんどが今は廃屋となってしまった。
そんな中でも、一軒だけ洗濯物を干している家屋があった。
深淵、落合の集落を抜け峠へのくねくねした道を走って行く。峠までの道は
至るところで路肩が崩れていたが、樹林帯から道の両側に笹原が現れると、
見慣れた標識の立つ落合峠に着いた。
車のメーターの外気温は22℃を表示している。車を降りるとさっそく秋の訪れを予感させる
涼しい風が祖谷谷から吹き上げている。正面には三嶺から天狗塚の稜線。
しばらくの間ベンチに腰掛けのんびりと峠の景色を眺める。
東には矢筈山とサガリハゲに続く稜線。
西を見ると落禿に続く笹原が広がっている。
落合の禿(カムロ・山)と言う事で落禿と呼ばれているのだろうが、
東側のサガリハゲといい落禿といい、最近少し頭部の薄くなってきた私には
あまりいい気のしない山域だ!(笑)
しばらくして峠の周りを散策。舗装路を北に歩いて行くと烏帽子山が見えた。
道の両側には小さな可愛い花があちらこちらで咲いていが、ここ最近は雨が降っていないので、
どの花も萎びている。
峠まで戻りまだ色ついているススキの穂を見ながら少し東へと歩いてみる。
こちらも斜面の笹の足元にいろんな花が咲いている。
矢筈山への登山道を少しだけ登ると、やはり笹は朝露で濡れている。
反対側の寒峰への道はほとんど道が隠れるほど笹に覆われているので、
縦走するとなると雨具の下とスパッツは必須のようだ。
峠まで戻って最後に深呼吸。今から涼しい風の吹くこの峠からグングンと気温の上がった
下界へと戻って行くのだ。峠を下り落合の集落では廃屋となった家の屋根が朽ち果て、
中から勢いよく木が伸びている。この家は人がいなくなって随分と時間が経っているのだろう。
深淵川に架かる橋から下を覗くと、透明度バツグンの水が流れている。
峠から下って少し気温が上がってきたので、この冷たそうな水に飛び込みたい気分だ。
桟敷峠から右に折れて先ずは風呂塔のキャンプ場を覗いてみる。このキャンプ場ができてからは
風呂塔へは手軽に登れるようになったが、キャンプ場自体が今はほとんど使われていない様子で、
キャンプ場までの途中の道もけっこう荒れていた。
次回の為の登山口を確認した後は水の丸へと向かう。
以前にセニョさん・コアラさん・ルリちゃんと令和元年記念に日の丸山に登った帰り道に
立ち寄った場所で、WOCではパラグライダーで飛んだ時のは発進場所になっている丘だ。
公園の施設の並ぶ場所から三角点のある丘までは少し距離があるので、今日は歩かずに
そのまま上の駐車場まで車で走って行く。
駐車場から丘の上までを少し登って行く。
先ほどの落合峠からは北側の景色は望めないが、こちらは360℃の眺望。
吉野川の向こうに連なる阿讃山脈の峰々を見渡すことができる。
風呂塔や烏帽子山までは見て判るが、南側に見える山の特定がなかなか難しい。
ここから東には六地蔵峠への稜線が続き、県営農地開発事業として開かれた水の丸地区の
ビニールハウス越しに徳島市の郊外が見える。ここで水筒に入れたお湯でコーヒーを淹れ、
コンビニで買ったワッフルをおやつにコーヒータイムと洒落こむ。日差しは強いが、
その日差しが雲に遮られると、吹き上げてくる風が何とも言えず心地よい。
今日は歩く事もなく時間も気にせずのんびりと山からの景色を楽しむ。
山の高い低いにかかわらず上から見下ろすと言うのは何とも言えない気持ちになる。
水の丸を後に六地蔵峠へ向かう。阿讃縦走路にも六地蔵越え(峠)があるが、
こちらの六地蔵は讃岐と阿波の人々が行き来した峠に、人々の災いや苦しみを遮り救われたいという信仰から
建てられたと云われているが、この東みよし町の六地蔵の由来は少しおどおどしい。その由来とは、
『源平の屋島の合戦に敗れ、深淵をへて祖谷に入った平家一族は。堂々、強力(荷を背負う案内人)を
やとって平家の物資財宝を輸送していた。途中、芽の窪という地にたどりつくと、
そこを平家再興の際重要な地点であると考え、軍資金や財宝を隠す場所と決め埋蔵した。
そして、秘密がもれることを恐れた平家一族は、軍資金と財宝を運んだ六人の強力を帰すときに
ひそかに後をつけ、峠の頂上で殺してしまったという。
後に金丸城主となった平家盛は祟りを恐れ、峠に六つの地蔵を建て霊を弔った。』と云うもの。
前回はこの峠からゆめりあ34を見学した後、元来た道を引き返したが、
今日はそのまま半田町の方へと下ってみる。すでにカーナビの画面の道は途切れ、
GooglMapで見ても道は曲がりくねり何ヵ所も分岐していて複雑になっていた。
案の定、道は複雑でこのまま進んでも大丈夫かな?という場面が何度もあった。
何とか半田町までたどり着き、今日の最終目的地の穴吹町の神明神社へ向かう。
穴吹川に沿って続く国道492号線は何度も走った事のある道だが、FBで見るまでは
この神明神社の存在を知らなかった。神社の参道は工事車両が停まっていて、一旦行き過ぎてしまったので
近くにあった郵便局で尋ねると、今は崖崩れが起こらないように工事中だと教えてくれた。
参道の石段の下は崩れて仮の参道が設けられている。石段は手摺があるが見上げるほどの急な石段だ。
FBの写真で見た通り磐境に囲われた中に石祠が5体ある。磐境とは、
祭祀に際して神が降臨する岩石等を中心にした神域のことで、古代の祭祀場だという。
この神社は案内板に書かれている内容とは別に、古代イスラエル人の礼拝堂だったという説もある、
何とも言えず不思議な場所だった。
WOCのメンバーに足が痛いときくらい、家でじっとしとけんのかな?と後で言われたが、
結局ドライブといっても一日中走り回り、しかも山を絡めたドライブになってしまった。
来週には腫れはひいてまた歩けるだろうかと、やっぱり山歩きの事を考えながら家路に着いた。
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