浜崎ヒカル交通館ブログ

浜崎ヒカルの独り言などを載せています。

長船駅と香登駅のトイレを取材

2014年02月05日 22時12分48秒 | トイレ
今日は、赤穂線にある長船駅と香登駅のトイレ取材を行った。

長船駅は、改札外と改札内の両方にトイレがある。本日は、改札内外両方のトイレ取材を行った。
トイレは、どちらも、男女共用の汲み取り式で、多機能トイレは設置されていない。
利用者がいないときに、撮影して、内容をメモした。

そのあと、香登駅のトイレも取材した。
香登駅は、無人駅で、駅の入口付近にトイレがある。
それも、男女共用の汲み取り式で、多機能トイレは設置されていない。
そのトイレも、利用者がいないときに、撮影して、内容をメモした。

以上が、本日のトイレ取材の内容である。
取材内容は、後日ホームページに掲載の予定。
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備前福岡(瀬戸内市長船町福岡)へドライブ

2014年02月05日 21時56分42秒 | Weblog
今日の午前は、マイカーで、瀬戸内市長船町福岡地区へ向かった。
国道2号線の備前大橋を渡り、橋の東側の信号交差点を右折し、吉井川東岸の道路を南下していった。
そして、途中、福岡地区へ入る道へ左折した。



福岡地区の入口には、「備前福岡」をPRするための垂れ幕などがあった。

今年の大河ドラマの主人公、黒田官兵衛の黒田家は、不遇の時代を備前福岡で過ごしたという。
また、地区内の寺院、妙興寺には、黒田家や宇喜多家の墓所がある。

そこで、福岡地区を訪ねることにした。



福岡地区は、古い民家や屋敷が建ち並んでいて、歴史を感じさせる地区だった。



妙興寺に着くと、境内に入った。



境内入口の門をくぐると、さらに立派な山門が構えていた。





寺務所と思われる建物は、今ではなかなか見られない形の瓦屋根だった。



境内にも、官兵衛と備前福岡をPRするパネルが置かれていた。







さらに奥へ行くと、墓所があった。


宇喜多家墓所


黒田家墓所

今日は、平日のためか、境内は閑散としていたが、墓所を興味深く見ていた方もいた。
墓所を見た後は、駐車場に戻り、車に乗り、福岡地区をあとにした。

そのあと、長船駅に行き、長船駅のトイレ取材を行った。

長船駅前にも、備前福岡をPRするパネルがあった。



長船駅のトイレ取材後は、香登駅に行き、その駅でもトイレを取材したあと、国道2号線を西へ向かって走った。
その途中の食堂で、昼食をとった。
そのあとは、岡山市西大寺の両備バスの営業所へ行き、バスの切符を買ったあと、帰路についた。


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大阪交通科学館などへ外出(続き)

2014年02月05日 21時18分36秒 | Weblog
今さら先月のことを記事化してすみません。

先月1月19日の朝は、マイカーで、両備バス山陽インター停留所へ向かった。
7時半頃、山陽インター停留所に着くと、マイカー用の駐車場に車を止めて、荷物を持って、待合所へ行った。
待合所は、多数の人たちがいた。
次から次へとバスが入ってきたが、定期高速バスのほか、両備のバスツアーの観光バスも入ってきた。
わたしは、7時54分発の大阪線に乗車した。行き先は、湊町バスターミナルだが、わたしは、大阪駅まで乗車した。
その便は、下津井電鉄の担当だった。



バスは、山陽インターから山陽自動車道に入り、東へ向かって走った。
兵庫県に入り、途中、龍野西サービスエリアで約20分休憩した。
そのあとも、バスは、山陽自動車道を走り、それから、中国自動車道に入った。
中国池田インターで、いったん、一般道へ降りて、それから、阪神高速道路に入った。
そして、大阪市街地で一般道に降りて、大阪駅の高速バス停留所に停車した。
大阪駅でバスを降りると、弁天町までの切符を買って、大阪環状線の乗り場へ行った。
そして、大和路快速に乗車した。
大和路快速が弁天町に止まると、下車して、改札の外に出て、交通科学博物館へ入った。
交通科学博物館は、西日本を代表する鉄道メインの博物館として、長年親しまれていたが、今年の春に閉館することが決定していて、閉館までのカウントダウンが始まっている。



館内には、実物の車両のほか、大小さまざまな模型の車両が展示されている。



リニアモーターカーの仕組みを説明するための模型や、新幹線の車両の内部を見せた模型もあった。





また、実物の0系新幹線も展示されている。



ほかには、イギリスで鉄道が発明されたばかりの頃の機関車の模型もあった。





また、昔の鉄道模型や、明治時代の鉄道駅を再現した模型、0キロポストを復元したもの、在来線のこだま型電車の先頭部なども展示されていた。

館内は、鉄道ファンや親子連れなど、多数の来館客で賑わっていた。









11時過ぎ、少し早い気もしたが、食堂車ナシ20を利用した食堂へ行った。
混雑による順番待ちを避けるためである。



入ると、すぐに席へ案内してもらえた。
そして、ビーフカレーを注文した。



その間、席はほぼ満席になり、外で順番待ちの列ができていた。

食後は、展示車両を見て歩いた。















なかでも、80系湘南電車とキハ81形気動車は、特に貴重な保存車である。



屋外の展示車両の見た後、再び館内に入り、国鉄のハイウエーバスの保存車両を見た。
そのときは、特別に車内も公開していた。







また、ハイウエーバスの展示場所のそばには、欧州風のZゲージのレイアウトが置かれていた。



また、展示されていた自動車は、スバル360など、乗用車もあった。



ほかには、オートバイや小型飛行機もあった。

そのほか、屋内には、デッキ付き電気機関車のEF52も展示されていた。



さらに歩くと、鉄道連絡線の模型もあった。



ほかにも、多数の模型などが展示されていた。







オシ16形食堂車の模型は、内部がわかるように、スケルトン構造になっていた。

また、かつての餘部鉄橋の模型もあった。



さらに歩くと、かつての大阪環状線の電車の先頭部が保存されていた。



そのあと、連絡通路を歩いて、第二展示場へ行った。

そこには、ディーゼル機関車3両と、鉄道の信号機などが展示されていた。





展示されていたディーゼル機関車は、DD54、DF50、DD13の3両である。
車両の眺めたり、ほかの展示物も見て、撮影していった。
そのあと、連絡通路を引き返し、館内を歩いて、出入り口付近へいった。
近くに売店があったが、めぼしいものはほとんど売り切れていた。
そして、交通科学博物館をあとにすると、弁天町駅から、大阪環状線外回りの電車に乗車した。
電車は、普通電車で、201系の8両編成だった。
電車が大阪駅に止まると、下車して、改札の外に出た。
そのあと、ヨドバシカメラなどで買い物をしたり、付近を歩いたりした。
カフェにも入ろうかと思ったが、どこも混雑していたので、あきらめた。
そして、高速バス乗り場の待合所へ行き、しばらく、バスを待った。
そのあと、15時50分発の高速バス岡山駅西口行きに乗車した。
その便は、両備バスが担当していた。
バスは、ほぼ満席に近かった。
大阪駅を出ると、一般道を走り、福島から阪神高速に入った。
そして、大阪市を離れた。
そのあと、いったん、一般道へ降りて、それから、中国自動車道に入った。
兵庫県に入ると、途中の神戸ジャンクションで、山陽自動車道に入った。
バスは、山陽自動車道を西へ向かって進んだ。
途中、龍野西サービスエリアで、約20分の休憩があった。
そのあともバスは、西へ向かって走っていった。
そして、岡山県に入り、さらに西へ向かって走り、山陽インターで、一般道へ降りた。
そのあと、山陽インター停留所へ停車した。
山陽インター停留所に止まると、下車して、マイカーで帰路についた。

こうして、交通科学博物館目的の外出を終えることができた。
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