浜崎ヒカル交通館ブログ

浜崎ヒカルの独り言などを載せています。

1泊2日の京都旅行(その5)

2014年06月09日 16時36分10秒 | Weblog
今さら4月のことを記事化してすみません。

4月4日の朝は、わたしと両親は、京都市街地の某旅館で迎えた。
朝食後、身支度を整えて、チェックアウトした。
そして、京都駅へ向かって歩いた。
京都駅からは、地下鉄烏丸線に乗車した。
烏丸御池駅で下車すると、頂法寺・六角堂を目指して歩いた、
頂法寺は、京都市街地にある西国33箇所第18番札所の寺院である。
その寺院の開基は、聖徳太子だという。



寺院は市街地の中にあり、境内はそれほど広くはなかった。











本堂は、六角堂と呼ばれていて、六角形の屋根があるお堂である。
本堂などを参拝後、納経所で御朱印を受けた。
そのあと、隣のビルのガラス張りのエレベーターに乗り、エレベーターの中から、境内を眺めた。



そのあと、烏丸御池駅へ戻り、地下鉄烏丸線に乗り、再び京都駅へ向かった。
京都駅からは、JRの奈良線に乗車し、みやこ路快速に乗車した。電車は、221系のリニューアル車だった。
その列車が、次の東福寺駅に着くと、下車した。
そして、改札の外に出て、新那智山観音寺(今熊野観音寺)を目指して歩いた。
その途中、ゼブラ板のついた信号機があった。かつてはよく見られたが、現在では、滅多に見なくなった。
ただし、それは、旧型の信号機ではなく、近代的な型の信号機だった。



泉湧寺道交差点付近には、観音寺への道しるべがあった。



今熊野観音寺も、西国33箇所の札所である。

しばらくは、住宅街の中を歩いたが、途中に、山門があった。
その山門をくぐると、道は、木々の中だった。
まっすぐ進むと泉湧寺へ向かうのだが、その途中で左折すると、今熊野観音寺への道へ入った。



今熊野観音寺は、西国33箇所第15番札所の寺院で、真言宗泉湧寺派に属する。開基は、弘法大師だという。




今熊野観音寺も、参拝後、納経帳に御朱印を受けた。

そのあと、泉湧寺へ向かって歩いた。



泉湧寺の大門をくぐると、正面に、大きな仏殿があるのが眼に入った。



仏殿のそばへ行くと、右手には、浴室だった建物があった。



仏殿の向こうには、舎利殿がある。

さらに、奥にある御座所にも入った。



そのあと、楊貴妃観音堂に行き、それから、泉湧寺をあとにした。

それから、東福寺駅へ向かって歩いた。

東福寺駅前の食堂で昼食をとったあと、電車で京都駅へ移動した。

京都駅で買い物をしたあと、姫路行きの新快速(列車番号など失念)に乗車した。
新快速電車は、途中、高槻、新大阪、大阪、尼崎、芦屋、三ノ宮、神戸、明石、西明石、加古川に停車した。
そして、終点の姫路駅で、15時34分発の967M列車・播州赤穂行きに乗車した。
列車は、終点まで、各駅に停車した。
わたしたちは、途中の相生駅で、15時46分発の1325M列車・三原行きに乗り換えた。列車は、115系の4両編成だった。また、その日、その列車には、女性の車掌が乗務していた。
列車は、相生駅を出発すると、有年、上郡の順に停車した。
上郡駅を出発すると、船坂峠を通り、トンネルを抜けると、岡山県には行った。
そして、三石駅に停車した。
三石を出発した後は、吉永、和気、熊山、万富、瀬戸の順に停車した。
瀬戸駅に止まると、下車して、路線バスで帰路に着いた。

こうして、西国33箇所の札所巡りなどを目的とした1泊2日の京都旅行を終えることができた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする