行ってきましたよ代官山蔦屋
新しい形の図書館という感じ
なじんでいないので本を見つけるのは至難だが
リクレーション感覚での本探しが楽しそう
随所に椅子が置いてあって
そこに座って購入するべきかどうかの判断をしながら読む
チャコちゃん先生は本屋が好きで
東京に限らず地方に出かけると必ず本屋目がけて入り
その地の作家の本を立ち読みする
資料になりそうなものはもちろん購入
チャコちゃん先生世代は
活字を尊敬しているところがある
どこに行くにも本を手放せない読むかどうかは別にして
出版することが目的と思っていた時期もある
何が何でも自分の本を出したい
そのために表現力をつけようと毎日原稿用紙に向かう
なんて言うこともやったことがある
しかしあるとき
精神世界のことを仕事にしている若い友人と箱根に遊んだことがある
外国雑貨を売っているお店があって
面白そうなので二人して冷かしていた
ヨーロッパのおばあさんのような女性が出てきて私たちの話し相手になってくれた
そのとき
「アンタはなにやさん?」
「私物書き」
言ったねその友人まだ一冊しか本を出していないのに―――
そのとき世代が違うのだなあ
とつくづく思ったものである
チャコちゃん先生は「ものかき」という職業は小説家に被せる言葉
と思っていたので思わずその若い友人の顔を見てしまった
その後やはりだれでも豊かになれるというような本を出している人が
チャコちゃん先生の事務所にいらしたとき
その彼よりはるかにたくさん本を出している初老の人に向かって
「作家のーーーーーです」
と胸張って自己紹介していた
「ああいう本を書いている輩も作家なんだな」
とその人は後で憮然とした顔をしていたが
その手の本を書く人の方が今はスター
そして自ら作家と、物書きと
臆せずいう
昔は物書きと言う言い方は自分を少し卑下した言い方だったが
今は自慢げだ
もう本も商品なので売れない本は作らない
大根やニンジンと同じレベルになっているのだ
膨大な量の本の前で「良書」というものは陰に隠れているのか
はたまた探し方が悪いのか
時代は移り変わると蔦屋を眺めながらお茶して帰ったわ
新しい形の図書館という感じ
なじんでいないので本を見つけるのは至難だが
リクレーション感覚での本探しが楽しそう
随所に椅子が置いてあって
そこに座って購入するべきかどうかの判断をしながら読む
チャコちゃん先生は本屋が好きで
東京に限らず地方に出かけると必ず本屋目がけて入り
その地の作家の本を立ち読みする
資料になりそうなものはもちろん購入
チャコちゃん先生世代は
活字を尊敬しているところがある
どこに行くにも本を手放せない読むかどうかは別にして
出版することが目的と思っていた時期もある
何が何でも自分の本を出したい
そのために表現力をつけようと毎日原稿用紙に向かう
なんて言うこともやったことがある
しかしあるとき
精神世界のことを仕事にしている若い友人と箱根に遊んだことがある
外国雑貨を売っているお店があって
面白そうなので二人して冷かしていた
ヨーロッパのおばあさんのような女性が出てきて私たちの話し相手になってくれた
そのとき
「アンタはなにやさん?」
「私物書き」
言ったねその友人まだ一冊しか本を出していないのに―――
そのとき世代が違うのだなあ
とつくづく思ったものである
チャコちゃん先生は「ものかき」という職業は小説家に被せる言葉
と思っていたので思わずその若い友人の顔を見てしまった
その後やはりだれでも豊かになれるというような本を出している人が
チャコちゃん先生の事務所にいらしたとき
その彼よりはるかにたくさん本を出している初老の人に向かって
「作家のーーーーーです」
と胸張って自己紹介していた
「ああいう本を書いている輩も作家なんだな」
とその人は後で憮然とした顔をしていたが
その手の本を書く人の方が今はスター
そして自ら作家と、物書きと
臆せずいう
昔は物書きと言う言い方は自分を少し卑下した言い方だったが
今は自慢げだ
もう本も商品なので売れない本は作らない
大根やニンジンと同じレベルになっているのだ
膨大な量の本の前で「良書」というものは陰に隠れているのか
はたまた探し方が悪いのか
時代は移り変わると蔦屋を眺めながらお茶して帰ったわ