映画『すばらしき世界』を観た。
西川美和監督の作品は、デビュー作『蛇イチゴ』以来毎回新作を楽しみにしている。前作『永い言い訳』から5年、果たして今回はどのように人を描かれるのだろうかと、期待が高まった。
そんな中、ネット上にある記事を見つけた。最新作の原案となる、佐木隆三さんの小説『身分帳』が復刊されるのに際し西川さんが記されたあとがきを掲載したものだった。果たして映画を観る前に読んでしまっていいのかと迷いつつ、読み始めると止まらなかった。そして、彼女がこの作品を映画化する決意表明のようなこの文を、結果として映画を観る前に読めて良かったのかなと、今は思う。
役所広司さん演じる主人公・三上正夫。少年の頃から罪を重ね、13年前に犯した殺人での服役を終え、旭川刑務所から身元引受人が待つ東京に向かう。周囲から偏見を受けつつも、時に温かな支えを受け、シャバでの暮らしが始まる。ただ、彼の優しさが気性の荒さと結びつき、その結果がまた彼を追い詰める。彼が罪を重ねた理由がそこから垣間見える。ただ、その行動に対して僕が抱いた気持ちは、果たして僕自身に正直なものだっただろうか。「三上は間違っている」とはっきりと言える人はいるのだろうか。そして、自分の中にも三上がいるのではないか…と。
僕自身、いつも間違いなく行動していると自信を持って言える訳ではない。時に間違えることもあるというか、間違えることの方が多いかもしれない。また、周囲からの意見や上からの指示に違和感を覚えつつも、それを呑み込むこともあれば、義憤にかられ口に出すこともある。自分にとっての正しさと、相手にとっての正しさは違うし、状況によってはそれにより足元をすくわれることもあるだろう。そして、どちらにしても結果が悪ければ責任を問われる。つかの間の安らぎはあっても、いつ道を外れてしまうかという不安を抱えながら過ごしている。相談できる人はいるものの、責任を負うのは僕だし、そこを丸投げできないのは、三上が生活保護に対し抱く拒絶反応と似ているのかもしれない。
中盤、長澤まさみさん演じる吉澤が、仲野大賀さん演じる津乃田にかける一言が胸に刺さった。そこにも、西川さんの思いが込められていたのだろうか… そう、物語が進むにつれ、津乃田は次第に自分の心で感じ、自分の言葉で話すようになっていく。そこにもまた、西川さんの佐木隆三さんに対する愛を感じた。気のせいでも、僕がそう思ったのは事実だ。
さて、スクリーンの中でもがきながらも自分の居場所を見つけ出そうとするする三上に、いつしか僕も希望を託そうとしていたのかもしれない。それは、彼を支える人たちも同じだったのだろうと、ラストシーンに思った。果たして僕が道を踏み外そうとしていたら、繋ぎ止めてくれる人はいるだろうか。三上にとって、そして、周囲の人たちにとって、それは「すばらしき世界」だったと思いたい。流れてくるカヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲が豊かさを感じさせるような。
白竜さんとキムラ緑子さん演じる夫婦の魅力についても綴りたいけど、内容に触れすぎてしまうのは避けたいので、何よりも、観て、感じてほしい。何も感じられなかったり、つまらなく思う人がいたとしても、そこに意味がない訳でもない。感じ方は人それぞれだし、正解も誤りもない。それこそが…