2022年6月23日(木)、江田島市北西部の沖美町にある砲台山(401.8m)に登った。ロシア・バルチック艦隊の入港を阻止するため、明治31年(1898年)から2年の歳月を費やして完成した、砲台の遺構を見るためである。
山の名前は、元々「三高山」だったのが、いつのまにか「砲台山」と呼ばれるようになったそうだ。暑くなる予報のため早めに行動しようと、宇品港8時25分発のフェリーに乗って、9時に登山を開始した。正面が砲台山である。
宮島や小黒神島の左向こうに阿多田島が見えた。
ふうふうの体で11時半、北部砲台跡に着いた。
兵舎跡
パノラマ展望台から眺めた。三高港前面のカキ筏と左向こうが似島。
掩蔽部跡(えんぺいぶあと、避難壕跡)
観測所跡
砲床跡:大砲の台座を回転させる
南部砲台跡は、夏草に覆われていた。
登山口までの海沿いは、生産量日本一になったことがあるカキ棚と筏、下山して三高港までの谷間は、江田島市の花「菊」が気になった。
帰宅して、この日の中国新聞朝刊を読むと、奇しくも三高山砲台跡を含む広島湾要塞の記事が載っていた。