『ガールズ・ブルー』
あさの あつこ
塗りたくった鮮やかなブルーに『giri's biue』の文字。
この本にぴったりの表紙です
子どもたちがあさのあつこ氏の大ファンで、私も『バッテリー』や『No.6』を読みました。
読み出すとおもしろくて一気に読んでしまうんですよね。
彼女の小説は上記2冊もそうですが、男の子の友情というかそれよりもっと深い(愛情といったら御幣があるけど)つながりを描いたストーリーというイメージを持っていました。
この『ガールズ・ブルー』は意外にも(?)女子高生が主人公で、『バッテリー』などと比べるとうらやましいくらいさっぱりした友達関係(笑)を描いています
いわゆる「デキのわるい子が通う」といわれてる高校に通っている主人公の理穂。
病気がちだけど気の強い美咲。
幼なじみの男の子如月。
たぶんいまどきの高校生を等身大で描いているんだろうなあ、と思わせるような会話で彼女たちの日々が綴られています。
うちの長女は「女の子が主人公の本はあまり好きじゃない」らしいのですが、これはおもしろかったとのこと。
理穂や美咲が、女の子から見てもとても魅力的なキャラに描かれているからでしょう。
『バッテリー』では、正直言って男同士で「なんでこんなうじうじ悩んじゃうの?」といらいらしたものですが(笑)、理穂と美咲はうらやましいくらいさっぱりしています。
今の子どもたちは何を考えているのかわからない、とよく言われ、子どもが事件を起こすたびに心の闇だとかそういう言葉が聞かれます。
心の闇って何?
誰だって心の中に闇はあるんじゃないの?
私が高校生だったときも、心の中はぐちゃぐちゃしたものでいっぱいだったと思います。
自分でさえ自分のことがわからなくて、自分の手に負えなくて、だからといってどうしていいのかわからなくて。
十代の頃ってみんなそうなんじゃないでしょうか。
だからこそ毎日友達と他愛もないことをしゃべってるのが楽しかったし、ふとああ同じ悩み抱えてるんだと知って安心したりしました。
友達がいたからこそ、心の闇は闇のままで過ぎていったのだと思います。
友達がいなかったら、人は闇に呑みこまれてしまうものなのでしょうか。
理穂や理穂を取り巻く友達との他愛のない会話、出来事。
でも彼女たちは他人の基準でなく、自分の頭でものごとを考え、判断し、自分の言葉でしゃべってる。
大人たちが常識とか見栄とかで濁った目で見るより、ずっとものごとの本質を見てるんだなあとうらやましくなりました。
病気がちだけど気の強い親友という設定は、吉本ばななの『TUGUMI』を思い浮かべます。
『TUGUMI』を読んだときも、主人公たちの若さからくるきらきらしたものを感じたのですが、私よりも確か年上のあさの氏が青春のきらきらした一瞬を描けるというのはすごいなあと思いました。
今の女の子たちの思いを代弁したような1冊です