熊本熊的日常

日常生活についての雑記

夢の跡、あるいはその途中

2013年09月24日 | Weblog

国立民族学博物館を訪れた。友の会に入っているので、年に何回かは出かける機会を設けるが、訪ねるたびにその立地している万博公園の規模に感心させられる。私が小学2年生だった1970年にここを会場に開催された万国博覧会は、その規模といい発想といい、日本の古き良き時代の象徴であったような気がする。今、万博の名残を留めるのは太陽の塔だけだが、これが「祭りの広場」と呼ばれたメイン会場の屋根を突き破るように立っていた、はずだ。この広場だけでも広大な上に、330haという会場には世界約80カ国のパビリオンが建設された。わずか半年の会期中に6400万人が入場。これほどの規模のイベントは少なくとも日本ではもう無いのではないか。言い換えれば、当時の日本の勢いがどれほどのものであったかということでもある。勿論、闇雲に規模の大きさを競うことが良いということではないのだが、「人類の進歩と調和」というテーマを掲げて世界の国々が集うことに違和感の無い時代というのはもう来ないように思うのである。尤も、そう思うのは私自身が人生の最終コーナーに入ったということにすぎず、立場によってはまだまだあんなものじゃないと思う人もたくさんいるのかもしれない。ただ、こうして公園として整備されている万博会場跡を歩いてみて、当時の万博を企画した発想のスケール観に今の時代には無いものを感じたということだ。

国立民族学博物館は万博公園内にある。博物館と名がついているが、実体は大学院大学であり、研究機関である。博物館はその民族学研究の資料庫のようなもので、世界中から様々な文物が集められている。今となっては現地でも入手が難しいのではないかと思われるようなものもあれば、今の時代の文物も並べたほうがよいのではないかと思われるところもある。いずれにしても、全部を丹念に見学するというような施設ではなく、自分なりにテーマを持って見学しないと見学の意味が無いような場所だ。それでも、人間の発想というものが文化の違いを超えてある程度共通していることを確認できる場でもあるので、そういう発見を楽しむこともできる。文化を超えて似たような発想をする人間が、時間軸を変えてみると発想のスケールに大きな差が出るのは何故なのか。あるいは、萎縮することなく大きく物事を考えようという意志があれば、発想というものはどうにでもなるものなのか。自分の問題としても考えさせられた。


歩く速さ

2013年09月02日 | Weblog

大英博物館とナショナル・ギャラリーを見学してほぼ一日が終る。帰りにリバティに立ち寄った。

大英博物館の開館は午前10時なので、余裕を見て午前9時に宿を出る。地下鉄ベーカールー線に乗り、オックスフォード・サーカスでセントラル線に乗り換えてホルボーンで下車。既に通勤時間のピークを過ぎているはずなのだが、職場へ向かうと思しき人々で地下鉄は混雑していた。こちらでも車内や駅構内で携帯端末を操作している人は少なくないのだが、東京のようにヨタヨタ歩きながら弄っている人は皆無ではないにしても少ない。エスカレーターの速度がやけに速い所為もあるのかもしれないが、駅構内を移動する人の流れが速い。ゲーム機や電話などの携帯端末の普及に連れて東京は人の流れが緩慢になり、しかもかつて見られた秩序が失われているように感じられるのだが、ロンドンは今でも急流のように駅構内を人が移動している。この違いが何を意味するのか、これからどのような意味を生むことになるのか、少し関心を払って観察してみたい。

ところで、ピカデリー・サーカスに面したビルに嘗て日本の電子部品メーカーと家電メーカーの巨大な看板があったのだが、電子部品メーカーの看板は韓国の電子機器メーカーのものに、家電メーカーの看板は韓国の自動車メーカーの看板にそれぞれ置き換えられていた。ふと、大英博物館で見た遺跡の出土品を思い出した。日本も「そういえば、昔、そんな国があったっけね」なんてことにならないようにしないといけないと思う。


ロンドン再訪

2013年09月01日 | Weblog

2009年1月以来のロンドンだ。東京を昼前に発ち、時差の関係で同日午後にロンドン着。宿はパディントン駅近くに予約をしておいた。今回はこれまでとは違って一人ではないので、そこそこに設備が大丈夫そうなところを現地の予約サイトで選んだ。既に自分で何度も利用したサイトなので、そこそこに信頼してはいたが、実際には泊まってみないとわからない。初日の印象としては、まずまずだ。何が注目点かといえば、水回りとベッド。湯が文字通り「湯水のように」出るか、ベッドが柔らかすぎないか、ということが一週間という比較的長い期間利用する場合には重要だ。いずれも問題のない宿だ。今日のところは、宿の近くを散歩して、近所のインド料理屋で食事をしてから休むことにした。