Kuniのウィンディ・シティへの手紙

シカゴ駐在生活を振り返りながら、帰国子女動向、日本の教育、アート、音楽、芸能、社会問題、日常生活等の情報を発信。

シカゴ日本人学校全日校中学部からのニュースレター

2008-02-17 | シカゴ日本人学校全日校
今日は、上の息子が通っているシカゴ日本人学校中学部のニュースレターを紹介したい。日本人学校全日校では、小学部・中学部共に、各学年担任の先生方による凝った学級通信がまめに送られてくる。

6年前にこちらに来た当初は、その量の多さにびっくりした。イベントのたびに先生方が生徒たちの様子をとらえた写真を添えて、詳しく内容を報告してくれる。その当時は、下の息子が小さくて、さまざまなイベントも見学に行けなかったので、その様子がわかってずいぶん助かった。中には、毎日のように学級通信を出される先生もいて、学年の終わりに山のように積まれた学級通信を見て、「やはり日本人学校に派遣される先生は、ほんとに熱心だ!」とつくづく感心したものだ。

さて、長男が、去年の4月に中学部に入り、通信の内容も小学部から変わった。クラスである中一(日本人学校は、生徒の人数が少ないため、一学年一クラス)が学年通信として「Freedom 」、中学部としてのニュースレターが「Field of Dreams」、そして生徒会広報部が作る広報誌「絆」と3種類もある。

小学部のように、しょっちゅう発行されるわけではないが、ポイントポイントを抑えて、イベントも写真入りで生徒たちの感想文も入り、保護者たちにとって内容が詳しくわかるので、有難い3種類の貴重なニュースレターである。

とくに「絆」では、保護者から見たり感じたイベントとは違う、子供たち独自の視点で書かれていた感想がとても面白く、ためになる。今後も面白いニュースレターで私たち保護者を楽しませてください!

Update: ノーザン・イリノイ大学銃乱射事件

2008-02-16 | 事件
今日の朝のWGNニュースは、昨日起こったイリノイ州ディカーブのノーザン・イリノイ大学(NIU)での銃乱射事件一色だ。先ほど9時過ぎに、大学内で学長や学内のポリス・チーフの記者会見が行われた。

犯人は、エルク・グローブ・ビレッジで育った27歳のごくごく普通のアメリカ人の青年。去年の春学期までNIUの大学院の社会学部に在籍していたが、イリノイ大学のアーバン・シャンペーン・キャンパスに移っていた。ポリスチーフによると、成績がすごいく良い、(アウトスタンディングをいう言葉を使っている)ストレスのない、決してこんなことをするようなタイプではない学生だったという。犯人の写真もニュースで公表されたが、とても殺人を犯すようなタイプに見えない。

「2週間前に飲んでいた薬を飲むのをやめてから、とっぴな行動とるようになった。」とポリスチーフは言っている。どんな薬を飲んでいたかは、公表されていない。昨日の報道では、3丁の銃を使われたと言っていたが、実際は、1丁のショットガンと3丁のハンドガンが使われた。シャンペーンのガンディーラーから、そのうちの2丁の銃を法的な手続きをして、自分の名前で購入している。こんな簡単に学生が銃を購入できるシステム自体が問題であるともいえるのではないか。

大学構内のトイレに人種差別がらみの脅しのいたずら書きとは、関係がないと発表された。

去年、バージニア工科大で起こった事件では、32人の罪もない学生を射殺して、韓国系学生が自殺した。彼が事件前に撮っていたビデを見ると、人種差別を含めた社会に対する怒りが明らかだった。しかし、今回は、普通の白人のアメリカ人だ。ごく普通の同じクラスにいる隣に座っているようなアメリカ人。もしも、私たちが通っている大学にも同じように殺意を抱いている学生がいたら・・・そう思うと、大学に通うのもこわくなる。

2005年3月、ハーパー・カレッジで、成績も素晴らしく、オーナーズソサイアティという成績のいい学生が属するサークルにも在籍し、積極的にボランティア活動にも従事していたローレンという女学生が、ダウンタウンのミシガン湖で自殺した。聡明で美しいローレンのことをよく知っていた教授、ウィルソン氏のそのときの憔悴しきった様子を今も覚えている。その時の自殺と今回の事件とは、内容は違うが、外見は、華やかで楽しそうに見えるアメリカ人の学生たちの内面の奥底には、さまざまな苦悩が押し込められているのだろうか。

いつも、私たちのデッサンのクラスの教授ペリーが、冗談を交えながら、一人一人の学生に呼びかけ、「元気かい?昨日は何をした?」としつこく様子を聞く。何か気になる答えの学生には、授業中でも熱心に話しをする。アートのクラスだから、こんなこともできる。一見、無駄な時間にみえても何かを吐き出すきっかけになるのではないかとも思わせる。

記者会見で、NIUの学長が、「犠牲者の家族、学生たち、コミュニティの人々が国内あるいは世界の人々の助けを借りて、手を携えて、この危機を乗り越えよう。」と呼びかけていた。昨日の惨劇から、必死で逃げ助かった学生たちのその時の恐怖と心の傷は、想像もつかない。

アメリカの大学は、あらゆる人種のあらゆる年齢の人々に開かれ、自由な雰囲気で勉強ができるのが最大の魅力なはず。すべての教室に鍵をかけるわけにもいかない。その大学に自分の将来を託して、毎日学生たちは、勉強に励む。アメリカの大学が安全な場所になるように強く願う。私たちもディカーブのNIUのキャンパスに心をはせて、犠牲者の冥福を祈りたい。

ノーザン・イリノイ大学でまたも射殺事件、5人死亡、犯人は自殺

2008-02-15 | 事件
子供のバスケットの練習から帰ってきたら、恐ろしいニュースが目に飛び込んできた。イリノイ州ノーザン・イリノイ大学のディカブ・キャンパスの講義講堂の地質学のクラスで、黒いスキー帽をかぶった黒づくめの男が、突然銃を発砲した。5人を射殺し、22人もの生徒たちが負傷したとWGNのニュースで報道している。犯人は、自殺。犠牲者のうち4人が女性、2人が男性。(男性のうちの一人が犯人)

100人ぐらいの学生たちが講義を受けていて、後10分で授業が終わるところに、いきなり舞台に立っている教授の後ろから発砲したと目撃者が言っている。大きな銃1丁とハンドガン2丁を持っていたという。警察の記者会見では、犯人の動機は何もわかっていないという。

学長の記者会見によると、犯人はこの大学の学生ではないらしい。大学のすべてのクラスはキャンセルになり、追って今後の処置を知らせると言う。

目撃者たちの話によると、みんな叫びながら、兵士のように腰をかがめて、なんとか逃げのびたという。

大学のクラスが終わったら、ボーイフレンドやガールフレンドと楽しい時間を過ごすはずだったバレンタインディーに、なんと悲しくショックな事件が起こったのだろうか。

今日は、私もハーパーカレッジで、「デッサン2」のクラスを受けに行っていた。教授のペリーが、みんなにドーナツを用意してくれていて、「今日はみんなバレンタインはどうするの?」とニコニコしながら聞いている。みんなクールに振舞いながらも、どことなくなごやかな雰囲気が漂っていた。

クラスが終わって、ペリーが「このクラスは、とてもいい雰囲気だ。」とうれしそうに言っていた。私が息子と作った手作りのチョコレートをあげたら、とても喜んでいた。「息子さんにあげたら?」と言ったら、「いーや!僕は、甘いのが大好きだから、僕が食べる!」と子供のように言っていた。横で、同じクラスのヒロミさんが、日本では女性から男性にチョコレートをあげ、お返しのホワイトディーがあるとの説明をすると、「ヘー!じゃ、3月14日にお返しにKuniに3個あげないとね。」とぶつぶつ言っていた。

そんな笑いがあふれるいい雰囲気のハーパーカレッジのアート・デパートメントにいたのが1時半頃だ。そこからそんなに離れていない同じイリノイ州のノーザン・イリノイ大学で忌まわしい射殺事件があったのが3時過ぎ。背筋がぞっとした。今頃ペリーや他の教授、学生たちもバレンタインディーの甘いひとときも吹き飛んで、凍っているかもしれない。

ついこの間、ルイジアナ工科大で、2人がやはり銃の犠牲になり、去年はバージニア工科大で33人もの将来ある人々が射殺された。こんなにあちこちの大学で射殺事件があるとは・・・いったい何が原因なのだろうか。

私も週に2回大学に通うパートタイムの学生なので、一刻も早く原因を究明してほしいと思う。WGNでは、ずっとこのニュースが流れている。また、詳しいことがわかったら、ブログで報告したい。



冬のシカゴ・ダウンタウンを歩く!

2008-02-14 | シカゴダウンタウン
今日は、何ヶ月かぶりにシカゴのダウンタウンへ行った。とてもとても久し振りだったので、9時半前にアーリントン駅に着いて、いつものようにメトラの切符を買い、10年以上前ダウンタウンで働いていた時のように、カフェのコーヒーを買ったり、ニューススタンドの雑誌をじっと眺めたりすることさえ、新鮮だった。今日はダウンタウンでの取材だったので、行くときの気合の入れ方が遊びに行くときと違う!一緒にメトラを待っている人たちに「私も仲間よ!」って言いたくなりそうになったぐらい。

めずらしく今日は電車が遅れてびっくりしたが、終点のオゴビー駅の様子も変わっていた。雑誌専門のお店があり、そこになんと朝日新聞と日経新聞を見つけた。メトラで郊外から通っている日本人用ってわけね。

US新聞の取材のため、エディター兼フォトグラファーの藤河さんと待ち合わせをする。藤河さんシカゴアン風の黒い厚めのコートで、カメラをぶらさげて微笑んでいる。ウーン、まちがいなく私よりずっと年下なのに、なぜかお兄さんのようなやさしさと暖かさを持つ方。さて、取材の内容は、またまた記事ができてからのお楽しみということで、話はとぶ。

取材が終わって、ミレニアムパークで今話題のアイスに描かれたアート作品を見に行く。「Painting Below Zero」というタイトルで、ゴードン・ハロランというカナダ人の作品。「氷のジャイアント・ペインティング」などとトリビューンに宣伝されていたので、さぞや巨大な作品かと思いきや、小さくて貧弱。その前でニュースの取材かなにかで、道行く人にインタビューしている。藤河さんと二人で、「こんなのがねえ・・・」とぶつぶつ文句。

その作品のまん前に、あの存在感のある銀色に輝くビーンがドデーンと座り込んでいるもんだから、どうしようもないね。藤河さんをモデルにこの両方の巨大オブジェの前で写真を撮ったが、どうみても、ビーンの方がいい。しかし、今日の投稿の写真は、新しいアート作品の前でたたずむ(というか私に無理矢理立たされた)若き日本人フォトグラファーってことで、よろしくう!

藤河さんは、この近所に住んでいるため、いつもこのようにカメラをぶらさげ、さりげなく、ダウンタウンの写真をとっているらしい。いいなあ。私のように、いかにもおのぼりさん風に「撮ります!」っていう感じじゃないのが。一年に10万枚もの写真を撮っているという。気が遠くなるような作業だ。「ユキノヒノシマウマ」のクールな写真群は、「この一眼レフが撮っているのかしら?」としげしげとそのカメラを見てしまった。レンズ代だけで、私の一眼レフ代+レンズ代+アクセサリー代を優に上回る。彼の今のブログは、秋に訪れたペルー特集だが、ペルーではどんなカメラで撮ったのだろうか。ああ、また聞くのを忘れました。ペルーの写真、すごくいい色と子供たちの表情が生きています。そう、写真に吸い込まれそうな輝きがある!

http://wanderphoto.com/blog/

その後、すぐ近くのカルチャーセンターに寄って、レバノン人の白黒写真を観て、(ここのギャラリーはただで、建物も由緒あるので、ぜひ寄ってみてください)タイ料理を食べに行った。今日は、風がなかったので、そんなに寒さも感じず、久し振りにダウンタウンを歩き、英気を養った一日でした。


追伸

長時間ダウンタウンにいられたのは、コウキ君の母であるヒロコさんがうちの息子たちをバスストップから家に送り届けてくれたおかげ。同じバスストップの友達は、いつもこうして何かと助けてくれる。感謝、感謝!

5時前に家に着き、子供たちの様子を見て、(上の息子は定期テストのため、勉強中で、私に目もくれない。)下の子をスイミングに連れて行く。最近知り合った韓国人のお母さんと、英語でぺらぺらしゃべりまくる。彼女が今読んでいる韓国語で書かれた「ローマ・ギリシャ神話」を見せてもらう。ウーン、全然神話の中の神たちと不似合いな言語だ。

帰って、超手抜きのうなぎをだして、主人に「ごめんねー!今日はダウンタウンで取材だったから。」と言ったら、「ふーん。(よかったねえ)」とニコニコしていた。



次男とバレンタイン・チョコレート作りを楽しむ

2008-02-13 | アメリカ生活雑感
今日の夜は、2月14日のバレンタインをひかえて、次男がどうしてもチョコレートを作りたいと言うので、二人でバレンタイン・チョコレート作りをした。次男は、さまざまなアメリカと日本のイベントに敏感な子で、小さな頃からいろんなイベントにからむことは、必ず自分でやらないと気がすまない。

ウィークディは、学校があり、帰ってから宿題をやって、その後習い事も兄弟であるので、こういう時間を見つけるは、普段は至難の業。ただ、冬は、習い事で毎日スケジュールが埋まらず、ゆるやかなスケジュールだから、こういうこともできる。次男は、父親に似て、料理好きらしい。(主人の料理は、私より凝っていて、とてもおいしいと長男は言う)次男は、ワイワイ言いながら、チョコレート作りをとても楽しそうにする。

お湯でチョコレートを暖め、ゆっくり溶かし、カップに流し入れ、次男が飾りつけを真剣にする。女の子が喜んでやりそうなことを率先してやる次男。「このピンクと白のハートがいいかな・・・それともこっちの赤いハートがいいかな。」とじっくり考えながら、キラキラ光る粉も入れて、その出来上がりに満足そう。

なんだか、次男に引っ張られて、無理矢理やったチョコレート作りだったが、私のほうが最後幸せな気分になり、誰にあげようかと考え始めたほどだった。次男に「好きな女の子にあげたら。」と言ったら、「ウーン・・・」と真剣に考え込んでいた。

2万5000冊の蔵書を誇るシカゴ日本人学校の図書館

2008-02-13 | シカゴ日本人学校全日校
今日は、シカゴ日本人学校に用事があったので、そのついでに久し振りに図書館に寄って、調べ物をした。いつも司書の白上未知子先生に「こういう本を探している。」と言うと、さっさとその棚に連れて行ってくれて、即座に「この本」というのを探し出してくれる。

今日は、アメリカン・アート関係の資料が見たかったので、アート関係の本を片っ端からチェックした。あった、あった、私がほしい情報。1971年に小学館から出版された古いアート・コレクション・シリーズの大きなカタログだが、著名な美術評論家、瀬木慎一氏の批評がしっかり記されている。コピー機がないので、必要な情報を必死に書き留める。他にも元西洋美術館館長だった美術評論家の大御所、高階秀爾氏の評論。シカゴでも、こんな貴重な日本語の情報にアクセスできることに感謝あるのみ!

他に、今後の取材に必要な本3冊に目を通すことができ、今日は大収穫であった。作業が終わって、ざっとその辺の児童書に目を通す。すごい!エルマーシリーズが40冊近くおいてある。日本文学関係の書籍は、古いのから近代、現代とそろっている。村上春樹の代表作数冊と共に「海辺のカフカ」上下が際立って置いてある。アメリカでこんな日本語中心の図書館があるなら、1日ずっとこもって本を読んでいたくなるだろう。

PTA文庫の新刊書もいつも保護者の要望に答えて、新しい本が入っている。新刊書は1人1冊で、貸し出し期間は、2週間。利用時間は決まっているので注意。最近では、インターネットで予約もできる。

やはり、シカゴ日本人学校が誇る2万5000冊もの蔵書を管理し、子供たちに効率よく読書を勧めてくださる白上先生の存在が大きい。白上先生の本に対する知識は膨大。何年か前にシェークスピアの「ハムレット」を調べていたとき、シェークスピアについていろいろなことを教えてくださり、誰の翻訳書がいいかなども教えてくださった。白上先生がいらっしゃるから、日本人学校は今日も健在!

白上先生からの1月18日付けのPTA会員宛ての手紙によると、図書館がコンピュ-タ化されて2年目に入り、去年1年間で、児童生徒による貸し出しが30,328冊にものぼったという。また、補習校PTAより図書館充実のために4000ドルの寄付がなされ、ベネッセ社の「チャレンジ小学国語辞典」を40冊も購入でき、授業で盛んに利用されていると書かれている。さらに、この基金をもとに、中学生のために読書コーナーを設け、中学生の貸し出しも増えているという。

全日校、補習校共に、保護者たちの図書の本を整備するボランティア活動も大きいし、全日校執行部役員が中心になって毎年秋に行う、リサイクル市の資金も図書館の本のコレクションの充実に役立っている。「みんなの力で、こんな素晴らしい図書館が成り立っているのだな。」とつくづく感じた時間だった。


息子、シカゴで日本語活字中毒になる?!

2008-02-12 | 教育一般
うちの13歳の長男が本好きなのは有名である。かたときも本を離さない。スポーツの練習や試合がある日でも、その場所に持っていって、寸時を惜しんで、本を読む。日本人学校中学部でも、みんなを引き離して、ダントツに読書量が多いらしい。

だから、私は、息子は文系だとずっと思っていたのだが、その読書量のおかげで、小学校6年生ぐらいから、算数ものびてきて、計算も速くなり、中学に入ってから、数学はまったく問題なく、得意の国語より、むしろテストの点数が高くなってきた。読書を積んで読解力をつけるということが、いかに大事かということが息子の例でわかる。文系とか理数系とか早くから決め付けるのもよくない。だから、日本人学校は、子供たちに読書マラソンなどをして、本を読むことを勧めてくれる。

なぜ息子がこんなに本を読むようになったかと言うと、もともと小さな頃から私たちは息子によく読み聞かせをしていたのだが、義母がさまざまな絵本を買っては義母も帰省のたびに読み聞かせをしてくれた。そのおかげで、小学校1年生の夏には、幼年版「シートン動物記」シリーズを1冊(1冊70ページぐらい)20分ぐらいの速度で読めるほどになって、まわりの人を驚かせた。小学2年生の頃は、「世界文学の森」シリーズや伝記物をかたっぱしから読破し、小学3,4年生で、ずっこけシリーズ、怪盗ルパンシリーズ、そして、江戸川乱歩シリーズなど、どんどん突き進んだ。

息子が小学校1年生の2月にシカゴに来たのだが、主人は、「うちは本に使うお金は惜しまない!」と宣言し、息子が少しでも興味を持った本は、アマゾン、ブックワンで日本からすぐに取り寄せたり、義母に頼んで送ってもらったりして、買い与え続けた。私たちもある種の活字中毒のような部分があるので、息子にもとびひしたというか・・・

そして、小学4年生の時、担任の先生が読書記録をつけさせ、クラスの子供たちを競わせた時、息子はモーレツに読書量を増やした。自分の得意分野だと思ったのだろう。休み時間も惜しんで読むことに専念していた。小学4年生の1年間でなんと驚いたことに、10万ページを読破した。

この頃から、普通に大人の新聞も楽に読めるようになった。一瞬で、一つの記事を読めると言うのが、私には信じられなくて、「よし、それならどちらが記事を速く読めるか、ママと競争をしよう!」小学校4年生の終わり頃、日本経済新聞の大きな記事(彼の得意な野球の記事だったかも、1ページ分はあった)を私と読む競争をした。結果は、私の3倍ぐらいのスピードで読み終わり、全部内容も詳しく把握していたので、私はショックでひっくり返りそうになった。これでも、昔、日経新聞を速読してた金融記者だったのに・・・小学4年生に負けるか・・とほほ。

親が知らないうちに、いつの間にか息子には速読術が身についていたようだ。5年生ぐらいから、大人の本もバシバシ読むようになり、一冊の本も何回も繰り返し読み、彼の血と肉になり、知識量も増えていったようだ。中1になって、試しに吉本ばななの「キッチン」(私の愛読書)を息子の机に置いておいたら、10分ちょっとで読んだと言う。「ウソだ!」と私は叫んだが、ストーリーもすべて克明に言えたので、本物だ。

自分の大好きな野球、歴史、推理小説の本は、増える一方。松井秀喜、松坂大輔、イチロー、このあたりは、各選手に関する分厚い本が何冊もあり、何回も熟読するので、彼らの理論やフォームはすべて頭に入っている。その他メジャーリーガーも含めて、何人もの選手のフォームや理論も頭にたたきこんでいるので、練習しなくても各選手のバッティングフォームやピッチングフォームの真似ができる。ただ、息子の一番のお気に入りの野球の本は、やはりイチローや野茂を育てた名監督「仰木彬夢実現の方程式」だ。256ページある割と厚い本だが、繰り返し繰り返し読んでいる。私も読まなくちゃね。

今は、古本屋で見つけた貴重な江夏豊の自伝の本「左腕の誇り」を友達に借りた「終戦のローレライ」シリーズと並行して読んでいる。松坂、江川よりも昔の怪物、江夏か、しぶーい!つねに原点を求めるということか。

しかし、日本人学校に行きながら、本を大量に読むので、アメリカにいてもきちんとした日本語力がつき、私のおかしな日本語もことどとく指摘される。「あの人には、喜怒哀楽の怒が欠如している。」(なんで、簡単に「あの人は、やさしくて、怒らない人」って言わないのさー!)「敵に塩を送るようなことはしたくない!」などと私には思いつかないような表現もこのシカゴの地で言い放つ。ときどき私にはわからない言葉も使って、えっと思わせる。(息子には内緒だが)恐るべし、息子!


日本人学校でも、小学部の英会話の時間でしっかり基本のフォニックスなどをやってくれたため、英語の本を読む力もつき、日本語で身につけた速読力で、現地校の小学5、6年生レベルの本はそこそこ速く読めるようになった。といっても、英語だとなかなか自分から読まず、しかも興味のある野球の本しか読まないけど・・・

ここシカゴでは、うちの子供たちはあまりテレビを見ない。うちはテレビジャパンも引いていない。金曜日を除いて、子供たちは、お互い家が離れているので、毎日日本のように子供同士で遊べない。よって、子供たちは、読書に集中できるという構図だ。といっても、次男は、長男のようにはうまくいかない。暇があれば、マンガばかり読んで、「こんなことでいいのか。」と私の心配の種だ。

しかし、大量に買った本は、帰国前どう処理するか、頭が痛いところだ。



照子さん、シカゴ郊外で美容師の道16年

2008-02-11 | 美容
今日は、シカゴ郊外北では、おなじみの人気美容師、照子さんに家族4人全員カットしてもらった。照子さんは、ウィーリング(バッファロー・グローブ寄り)の「ヘアズ・アス」という店舗で、他のアメリカ人の美容師の人たちと共に、いつも精力的に働いている。私たちにとって、近所で時間の融通もきき、いろいろなこちらの細かい希望も日本語で聞いてくれるから、照子さんは、いまや私たちのシカゴ生活でなくてはならない存在である。

25年前ぐらいにアメリカに来て、日本語教師をやりながら、レイク・カウンティ・コミュ二ティカレッジのESLでフルタイムで英語を学んで、16年ぐらい前に美容師になったという。こちらで美容師になるためには、美容の専門学校に行かなければならない。そのため英語を理解するために、必死で英語を勉強したというから、筋金入りである。それ以来、この道一筋に賭けていて、一人一人のお客さんを大事にしている。いつも流行のスタイルを追求して、本当にこの仕事が好きで、お客さんに合った髪型をつくるのを楽しんでいるといった感じだ。

とくに宣伝等はしていないようだが、口コミでお客さんは多く、私の友達は、まめにやはり家族で通っているようだ。男性カットもうまく、主人や子供たちは、ちょっと髪の毛がのびると、「照子さんのところに行こう!」と電話をする。次男は、照子さんが髪の毛を洗ってくれるのが、うれしいらしい。小さな頃から、洗髪のときは気持ち良さそうにして、カット中もおとなしくしていた。カットの手際がよく、あっという間に仕上がるので、仕事や勉強で忙しい男性や学生たちはさぞや助かっていることだろう。

ヘアーカラーも迅速かつ丁寧で、上質なウェラを使ってくれるので、髪の毛がまったく痛まず、さらさらになる。照子さんの話では、シカゴ界隈の美容院では、ウェラはあまり使われないらしい。最近、シカゴでは、またボブがはやっているというので、今回はカラーを入れて、ボブにしてもらった。さらさらになって気持ちがいい。なるほど、「ショートヘアー2008」というアメリカの雑誌などを見ると、ボブが多い。照子さんの話だと、アメリカ人は、仕事の面接などに行くときは、おとなしめに見えるボブのスタイルにするケースが多いという。

みんなヘアカットで時々自分のイメージを変え、リフレッシュする。日本のように美容師さんがたくさんいて、囲まれて、マッサージをしてもらったりというような感じではないが、照子さんとおしゃべりをしながら、昔のシカゴ生活のことなども教えてもらったり、いまやバイリンガルとなった息子さんたちの小さいときの苦労話など、とてもためになる。駐在員の奥さんとの付き合いが多い私にとって、貴重な時間でもある。照子さん、いつも元気で、そのカット技術にますます磨きをかけてください。


美容師 都留照子(つるてるこ)Terri Tsuru stylist

http:www.hairbyteruko.com

Hair's Us Salon
31 Huntington Lane
(Dundee Rd - 1 stoplight East of Buffalo Grove Rd)
Wheeling, IL
(30 minutes North of Chicago)

(847) 845 - 4247

Wed 9:30-8:00
Thu 9:30-8:00
Fri 9:30-6:00
Sat 9:00-6:00






ミツワの「味の素の冷凍餃子」は大丈夫!

2008-02-10 | アメリカ生活雑感
土曜日にミツワに行くと、かなり込んでいる。今日は時間帯がずれたせいか、すいていた。日本での餃子問題が心配になったので、先週、冷凍コーナーで、子供たちの好きな「味の素の冷凍餃子」がどうなっているか確認した。注意書きがたらしてあって、「ミツワの味の素の冷凍餃子は、オレゴン州ポートランドで作っているから、安全。」と書かれている。よかった!

冷凍餃子は、夕方習い事の日の忙しい時など、焼くだけで、簡単に一品できるから、重宝する。そして、勿論、うちの子供たちのお弁当の一品としても欠かせない。日本人学校全日校は、ご存知、木曜日を除いて、毎朝弁当を子供たちは持っていかなくてはいけない。私たち母親の一日は、この弁当作りがそこそこ大仕事である。最初の頃は、「ああ、弁当作りさえなければ・・・」とぼやいていた。しかし、毎日とにかく作らなければいけないので、適当に手抜きもしながら、(実は毎日手抜きしてるけど)冷蔵庫の物を組み合わせながら、なんとか一週間を終える。弁当を作り終わって、子供たちをバスストップに送ると、「ああ、一仕事完了!」という気持ちになる。

冷凍餃子以外でもさまざまな冷凍物が弁当には欠かせない。金平ごぼうの冷凍、コロッケ、魚の小分けされた冷凍パック、たこ焼き、から揚げなどなど。日本のスーパーに比べて、品数は少ないが、この一品で、弁当作りの時間がかなり短縮されるので、まさにミツワの冷凍さまさまなのである。

冷凍物を手にとって、どこで作られているかチェックして見ると、日本だったり、サンフランシスコだったり。はたまた、海老フライは、なんとタイ産であった。今までミツワの商品がどこで作られているかあまり気にしなかったけど、かなりの商品が、アメリカで作られ、日本と同じ味に仕上がっていることに気付いた。

日本の食品会社が、アメリカで、現地の人たちをトレーニングし、日本の味にしているのだろう。おかげで、私たちも日本食が新鮮で、安全に食べれる。ありがとう!

かつて、私たちが、80年代にニューヨークとニュージャージーにいた頃は、こんな食材は手に入らなかった。私は留学生で、主人は収入もさほど高くない駐在員に毛がはえたようなエンジニア職。車を持つなんて夢のまた夢。日本人はまったくいないような治安の悪い場所のぼろホテルの1ベッドルームに住み、日本食は1ヶ月に1回ぐらい古いものをマンハッタンの小さなお店で購入していたような記憶がある。日本の新聞もマンハッタンの紀伊国屋で(その頃の紀伊国屋は今の紀伊国屋の5分の1ぐらいの大きさだったかなあ)たまにしか購入しなかったなあ。マンハッタンの日本食レストランで深夜までウェイトレスのバイトもしたし。マンハッタンをてくてく歩き回り、電車で、いつもペンステーションから20分ぐらいかかる自分たちの住んでいるニュージャージー州のエリザベスという駅まで帰った。その当時でもおそらく日本人が多く住むフォートリーにヤオハンというスーパーは存在したのだろうけど、そこに行ったこともなく、日本人コミュ二ティと私たちは無縁であった。美容院もまったく行かず、コーヒー一杯も飲まず、節約していた貧乏留学生の1人だった。

その頃に比べると、私たちのアメリカ生活は、一変した。どっぷり日本人コミュニティの中心に住み、車2台、ミツワ行き放題、インターネットで日本情報には事欠かず。部屋だって、広々。快適、快適。

と考えると、弁当作りなんて、楽なもんよ!上の息子の食べる量がすごいので、1年以上前にミツワで大きな弁当を保温するランチジャーを購入した。お茶碗1杯以上の量のほかほかのご飯に、おかずを目いっぱい入れ、おまけに味噌汁まで入れちゃう。あげくのはて、ホールフーズの上等のリブアイステーキ(間違いなくオーガニック)まで焼いて、オーガニックのサラダと共に弁当に入れちゃう。息子は、さぞや、ランチタイムが楽しみであろう。もしかすると、今の私たちの贅沢な食生活は、貧乏なあの頃の反動ではないか。

冬は寒くてシカゴの生活は大変だけど、日本人学校やミツワ、そして日本クリニックが近くにあるので、幸せな駐在生活を送れていると思う。ミツワの従業員の方々いつもご苦労様です。


写真は、味の素の冷凍餃子と息子たち愛用のランチジャー

シカゴでマンガ「Death Note(デスノート)」を再び読む

2008-02-09 | アメリカ生活雑感
今日読んだ日本発の記事に、また「Death Note(デスノート)」の人気が再燃しているという。うちの上の息子も、未だにユーチューブや全13巻(12巻で完結、13巻は真相)ある本で、この人気マンガを夜よく見ている。うちの息子は、いわゆる本の虫で、最近は大人の本をかたっぱしから、熟読して、同じ本も繰り返し読むが、(日本人メジャーリーガー松坂や松井秀喜の本は一つの本につき、最低でも十回は読んでいるもよう)勿論、マンガも気に入った本は何べんも繰り返し読む。

実は、私もこのマンガを描いている小畑健さんの大ファンで、その高度なシュールでアーティスティックな世界に魅入られている一人だ。小畑健といえば、ご存知「ヒカルの碁」で一世を風靡して世界中に碁ブームを引き起こした漫画家。私は、この「ヒカルの碁」で小畑健の画風が大好きになった。

「デスノート」の内容に関しては、かなりの親たちは、「うーん」とまったをかけるだろうが、(3年前ぐらいに子供がこれを借りてきたときは、私もその題名に驚いた)その劇画の描写力は、もうマンガの域を突き破り、完全なコンテンポラリーアートとしても君臨できるのではないかと思う。

数年前、ハーパーカレッジの「西洋美術史3」(現代アートが中心)のクラスで、各自リサーチして、自分自身がキュレーションして、個々のアーティストを紹介するミニ展覧会を開くという企画があった。私はもう一人の学生と組んで、世界でも注目されている村上隆や奈良美智、森村泰昌などいまどきの日本の現代作家を紹介した。そこに、勿論、デスノートの漫画本も持っていった。私は、村上や奈良の作品よりも小畑マンガ作品が好き。森村さん(彼だけさんづけします)に関しては、私は昔よくインタビューさせてもらってお世話になっているので、そんなことは絶対に口がさけても言えません。(世界的に有名なアーティストだけど、とてもいい人で私は大好きです)

この企画をしたステッファニー・リムランドという女の先生は、日本の現代アートの大ファン。「デスノート」の描写を「すごい!」と見入っていた。彼女のオフィスは、キティちゃんなどの可愛い日本のフィギアでいっぱい。私がアキバで買ってきたセーラー服の女の子のフィギアもお気に入りらしく、大事に飾ってあった。パソコンの壁紙も日本人の若い女性作家のゾウさんのアニメ風な作品を使っていて、「カワイイ!」と日本語で言う。

おっと、話は、「デスノート」にもどるが、デスノートの力で、世界をよき方向へ導こうとし、大量殺人を犯してしまうという主人公、夜神月(やがみライト)。デスノートに書かれた名前の人々は、必ず死んでいく。その冷血で崇高な美しさを放つさまざまな彼の顔の描写を見ているだけで、ぞくぞくする。数年前、デスノートが映画化されたブームの時は、ライトと彼の敵対するエルのフィギュアがのどから手が出るほどほしかった。

「デスノート」を見ている息子の横で、「ああでもない、こうでもない」とデスノートのことを話しながら、シカゴの夜はふけていく。息子も中学生になっているので、野球とか興味がある事に関しては、大人の(いや、私以上に精神年齢は上か)会話ができ、息子もしゃべりだしたら、止まらない。親子で共通の話題があるというのは、いいことだと思う。息子が思春期に突入して、親子の会話は減るかと心配したけど、シカゴという地で、部活もない長い冬の夜では、やりようによっては、親子で楽しめるということ。子供たちの世界を全面的に否定するのではなく、自分も一緒に楽しんじゃうと気が楽で、子供たちもうれしいんじゃないかな。