Kuniのウィンディ・シティへの手紙

シカゴ駐在生活を振り返りながら、帰国子女動向、日本の教育、アート、音楽、芸能、社会問題、日常生活等の情報を発信。

車が雪の中につっこんだケース2件のこわ~い思い出

2008-02-08 | アメリカ生活雑感
さて、今日の朝の投稿で、2軒隣の黒人の女の人の車が雪につっこんで、動けなくなり、うちの上の息子が助けたという話を書いたが、似たようなことが今まで過去に2回ほどあった。両方とも、日本人学校のバスストップ内での出来事だ。

私たちがこちらに来て、1年ぐらいたった頃、学校の帰りのお迎えの時、子供たちをバスストップでピックアップして、帰ろうとした瞬間、バス当番さんが、何か叫んでいる。どうしたのかというと、1人の人の車がバスストップのモールに入る入り口で、右側の路肩に思いっきりつっこんでしまい、完全にスタック(雪に埋まって、車が動けない状態)してしまったのだ。どうアクセルを踏んでも、タイヤは空回りし、前に進まない。

数人の人たちが残っていたので、みんなで「どうしよう!」と思案してして、もうトリプルAを呼ぶしかないかという話をしていたら、どこからともなく、トラックが止まる。そして、禿げ上がった、刺青でもいれていそうな、いかにも怪しそうな(日本でいえば、ヤクザっぽい)いかついアメリカ人のおっさんがでてきた。

そして、いかにも「俺がなんとかしてやるから」という感じで、「どうしたのか」と聞いてきた。「なんてやさしいアメリカ人なのか。人はやはり外見で判断しちゃだめね!」と私は感動しながら、彼がどういう行動をとるか期待して見ていた。

そうしたら、ロープを取り出し、「これでこの車につけて、俺のトラックが引っ張るから、少しづつアクセルを踏むんだ。ただし、50ドルだぜ。」とのたまわったのだ。なにー!こいつは、やっぱり、その道の人だったのね。

友達は、子供の習い事で急いでいたようで、しょうがなく、うなずく。結果、見事にトラックはその車を引っ張り、すぐに脱出。やれやれ。50ドルね、払えばいいんでしょ!その時は、この手の人は、雪の日はうろうろしているかと思ったんだけど、それ以来出会ったことがない。

さて、2回目の経験談。去年の今頃だっけ。やはりバスストップのモール内でのこと。友達のお父さんの車のタイヤが穴があった場所にスタックしてしまった。このときは、みんなで囲み、4,5人でその車を押した。なかなか動かない。

その時、いつ見てもカッコいい(ちょっとしぶさもただよう)ミナミちゃんのお父さんが、「毛布がないか」と言って、みんなで毛布をそこに引き、またみんなで押す。ミナミちゃんのお父さんは、このとき、本当に一生懸命にいろいろと手を尽くしていたので、私はその純粋な人助けをする姿にまたまた打たれてしまった。そのスタックした車のご主人の奥さんが、「会社に遅れるから、もういいです。申し訳ないです。」と言うのにもかかわらず、「そんなことはどうでもいい。」と言わんばかりに、必死で車を押していた。そして、その車は無事に抜け出た。その日何人もの人たちが、同じ場所でスタックしたので、次の日、バッファロ・ーグローブの公共の車がでて、その穴を直していた。

二つの対照的なスタック事件だが、基本的にアメリカ人は、困っている人、弱い人に手をさしのべる。キリスト教の精神からきているのだろうが、見てみぬふりをするケースが多い日本人は、見習うべきであろう。

昨日の息子といい、ミナミちゃんのお父さんといい、「みんないい意味でしっかりアメリカナイズしているね。」と主人と二人でうなずきあっていた。でも、なかなか困っている人をとっさに助けるというのは、簡単に見えてむつかしいものだ。

ところで、この人騒がせなバスストップ、ダンディー・ロードとアーリントンハイツ・ロードにあるウオルグリーンのそばなのだが、ダンディー側のウオグリーンに入る入り口が鋭角でとてもせまくなっている。ここに最初のケースはつっこんだのだ。この入り口では、私も含めてみんなスライドしている。要注意の箇所だ。

写真は、うちのガレージの前に息子たちが雪かきをして積み上げた雪。しかし、この雪もあちこちに積まれて、車を運転するときに、視界がせばまり、かなり危険なのよねえ。

息子が雪かきで人助けをした!

2008-02-08 | アメリカ生活雑感
昨日は、すごい雪で、家族で一日家にこもりっきり。主人も早めに会社が閉まったので、夕方家に帰ってきて、上の息子と二人で、タウンハウスの前の雪かきをしてくれた。

主人の話では、息子の雪かきは、かなりのスピードで、きれいな仕上がりらしい。隣の韓国人のおばさんも雪かきを一緒にしていたらしいが、息子はサッササッサとおばさんの2倍のスピードで隣の家の分まで手伝っていたらしい。息子は、雪が降ると、嬉々として雪かきに猛然と挑む。どんなに寒くても、顔を隠しながら、雪かきに精を出す。

これは、なぜかというと、すべて、野球のためのトレーニングということらしい。確かに足腰や全身を使って雪かきをやると、かなりの運動量になる。そして、「人のためにもなることにつながるから、息子はなかなか賢い奴だ」と主人は言う。

昨日は、二人で雪かきをしている間、隣の隣の黒人の女の人が、(名前は忘れた)なんとガレージ直前で、タイヤを雪にとられ、車が動かなくなってしまった。とても困っている様子で、家の中から誰もでてくる気配がない。すぐに息子と主人が助けに行き、息子はその凍りついた雪を必死で掘ったという。ダンボールなども使って20分ぐらいで、やっと車のタイヤは動いたらしい。

その女の人は、うちの家族とは、一回隣の韓国人家族が招待してくたバーベキューで、知り合いだったのだが、息子に「あれ以来だけど、ずいぶん大きくなったのね。本当にありがとう。」ととても感謝してくれたらしい。「息子が人助けをするような年になったのか。」と私は不思議な感慨におそわれた。主人は、かなり感激した様子で、「息子はいい子だ」を連発している。当の息子は、「そんなことはほめられるようなことではない。あたりまえのことをした。」と淡々としている。そこがうちの息子のいい所でもある。(親ばかまるだし)親である私も見習わないといかん。

そんな事件が起こっていることなどまってく知らない私と次男。家でぬくぬくと、次男は、DVDを見、私は大学のプロジェクトを黙々とやっていた。集中すると、何も聞こえなくなるのが、私。
この雪の中に車が埋もれる事件は、過去にいろんなことがあったので、大学からもどってから、また続きを書きますので、また皆様読んでくださいませ。

トルネードが、アメリカ南部4州を襲い、52人の死者をだす!

2008-02-07 | 事件
今日のCNNは、ずっと昨晩での南部4州でのトルネードのすさまじい被害を伝え続けている。「Deadly Southern Storms」というタイトルがずっと流れている。
14時現在で、52人の死者、100人以上の負傷者がでているようだ。車がトルネードに巻き込まれ、インターセクションに落ちたが、頭を怪我したぐらいで、命拾いをした人が興奮して話している。

テネシー州のジャクソン市のユニオン大学では、大きな寮(3000人ぐらい収容)がトルネードに襲われ、こなごなになって、女の人が呆然とたたずむ姿を映し出している。「ディザスター」とはこういう状態を言うのか。駐車している車の窓ガラスはすべてこなごなになっている。何人かの生徒たちが閉じ込められたが、助かり、50人ぐらの負傷者がでているが、重症者はでてなくて、奇跡的に死者はでていないという。証言者の話を聞いていると、すさまじい。みんな叫びながらも、ドアと窓を閉めにいって、「Everything has been blowing out!(すべてのものが暴風で巻き上がって、たたきつけられたって感じか)」落ち着いて行動してる。でも、死者がでなくてよかった。しかし、大学側は2週間休校を発表している。シカゴトリビューンのウェッブサイトのビデオクリップで、少し様子が見れる。http://www.chicagotribune.com/news/weather/sns-ap-severeweather,0,4022184.story

シカゴもすごいストームで、学校は休校。降りしきる雪で、20センチ以上は積もっている感じがする。いったい、この異常気象はどうなっているのだろうか。

私たちが住むクック・カウンティは、よくトルネード警報が鳴るのだが、今のところトルネードがタッチダウン(落ちる)したという話は聞いたことがない。

1年以上前、私がダウンタウンに行った帰りのメトラで、すごいストームになり、電車が止まった。1人の男の人が、携帯で話していて、突然「何、バッファローグローブでトルネード警報か!」と叫んだ。みんなはっとして、ざわめきたつ。私は、心臓が止まりそうになった。上の息子は、バッファローグローブのエスケープでボーリング、下の息子は、バッファローグローブの友達のうちに遊びに行っていたからだ。

電車はずっと止まったまま。あたりの景色は、ものすごいストームで真っ暗。車掌がやってきて、「今ホフマンエステーツのあたりで、トルネードがタッチダウンしたらしい。その(トルネードを起こす)黒い雲は、アーリントンハイツのほうに移動している。電車は、しばらく動けない。」と言う。(このとき、トルネードが襲うことをタッチダウンという表現を英語でするんだと初めて知る。一瞬、タッチダウンと言われたとき、???なんで、フットボールのタッチダウンなんだろうと不思議に思ったけど、フットボールの表現から、トルネードの表現が成り立つなら、フットボールってやはりド迫力のスポーツなのかなと思ったりする。)

そして、それを聞いた私は、手が震えてしまった。「とにかく、携帯でみんなに知らせなくては。」と震える手を押さえて、エスケープにいる友達に電話する。しかし、その友達は、「あ、そう、でも、みんな従業員の人も何も言ってないけど。私は、今から帰るわ。」とまったくノーテンキ。「なにー!今移動しちゃだめだよ!トルネードが移動しているから、今車に乗ったら、絶対だめ!あぶないよ!」と何度も私は彼女に叫んだのだが、だめだった。

そして、次男の友達のお母さん、トリヤマさんに電話する。私があせって言うのだが、トリヤマさんは、とても落ち着いていて、「わかりました。地下で、子供たちとじっとしています。」としっかりとした返答。「なんて、しっかりした人なのだろう。ありがとう!」と心の中で、感謝しながら、電車が動くのを待っていた。

結局、1時間ぐらいで電車は動き、私も子供たちを無事にそれぞれピックアップでき、トルネードはバッファローグローブにタッチダウンしなかった。というわけで、皆さん、トルネード警報が鳴った時は、絶対に外に出ず、地下などに避難して、じっとしていましょう。窓ガラスのそばは危ないので、離れ、地下がない場合、台所とかトイレとかがいいと聞きましたが。

2008年4月、シカゴすみれ幼稚園設立!

2008-02-06 | シカゴ日本人学校全日校
いよいよ4月から、シカゴ日本人学校に全日制の幼稚園が設立される。正式名は、「シカゴすみれ幼稚園」なんてかわいい響きの名前なんだろう!

紫の可憐なすみれがあちこちの野原に咲いている。どんなに踏まれても、また頭をもたげ、咲き続ける。そんな野花すみれ。そんな強い子供たちに育って欲しいと願いを込めてつけられた名前。

2月3日、節分にすみれ幼稚園の豆まき説明会があったので、ウェッブサイト上のシカゴ発の情報誌「US新聞」の取材で出かけた。幼稚園準備設立委員会委員長の時田さんに事前に取材をしていて、幼稚園の紹介記事は同誌に書いていた。時田さんは、ご自分の仕事が忙しい中、すみれ幼稚園の設立に向けて、奔走されていたようだ。日本の幼稚園を53園も調べ、こちらの幼稚園も訪問し、ミツワに出向いて、アンケートをとったり、委員会の方々と大変な準備をされて、この日を迎えた。

説明会と応募の締め切りが、この日だというので、さまざまな意見がでて、応対にも苦労されていたようだが、「初年度なので、みなさんにとにかくファアに情報がいきわたるようにとの配慮でやむをえずこうなった。」とおっしゃられていた。

一つの学校を新しく作るというのは、大変なことだと思うが、10月に委員会ができて、よくぞここまでもってこれたなと思う。一言「ご苦労様」と言いたい。おそらく、幼稚園に対して、あるいは、小さなお子さんを持つ親御さんたちのこの地での苦労をよっぽど理解してくださっているに違いない。

それから、豆まき体験入園では、子供たちがとてもまとまっていて、初めて先生たちと顔合わせをしたように見えなかったほどだった。さすが、清水先生と西藤先生!時田さんとも言っていたのだが、「まさに天職!」

清水先生は、2年前、うちの次男が補習校幼稚部の担任だった。卒園式の日に、清水先生は、子供たち1人1人に「何々がよくできたで賞」という金メダルを作って渡してくださった。次男は、「お友達と仲良くできたで賞」というメダルだった。そして、「これは、簡単なようで、なかなかできないことです。」と言ってくださって、私は思わず、目頭を押さえたのを記憶している。清水先生との思い出は、1週間にたった1回しか次男は顔を合わさなかったが、ポースクールの素晴らしいキンダーのプログラムと共に、私たちの心の中に深く残っている。きっと、すみれ幼稚園で、吉田先生のもと、西藤先生といいコンビで、素晴らしいプログラムを築いていかれることだろう。

おお、そういえば、体験入園の時のアシスタントは、なんと全日校のエース、二人の女の先生たち。我らが小学2年生の富田先生は、トトロのエプロンを着て、大変身!しっかり、やさしい保母さんになりきっていた。算数の担当の伊藤先生は、いつもの黒っぽい服と違うピンクのセーター。とても似合っていた。

そして、こわいこわい鬼たちは・・・なんと中学部の植木先生と小学部の天野先生。こちらも失礼ですが、ばっちりでした。植木先生は、ミッキーにも扮したそうです。多田先生もお手伝いにいらしていたそうです。終わってお二人が着替えてお話をされていたときは、「久し振りに小さな子供たちと接して、満足!」というやさしそうな素敵な表情でしたよ。みんな先生方は、小学生や中学生だけでなく、本当に子供たちのことが大好きなんですね。みんなのことを大事に思ってくださっているのをつくづく感じました。本当にご苦労様でした。

そのほか、栗田教頭先生や宮本事務局長、事務の方々、受付ご苦労様でした。私と関さんは、またまたミーハーして、お互い「時田さんかっこいいね!」「(双葉会会長)後藤さんかっこいいね!」などと言ってました。日本人学校というのは、さまざまな人たちの努力で成り立っているのだなとつくづく感じた日でした。

私たち日本人学校全日校に子供を持つ親たちも、小さな子供たちを大事に迎えれるように努力したいと思います。

Welcome to our school!

シカゴすみれ幼稚園の詳しい記事は、ウェッブサイト上のシカゴ発の情報誌、「US新聞」(www.usshimbun.com)で読めます。

http://www.usshimbun.com/childcare/childcare-sumire1.html
http://www.usshimbun.com/column/baba4.html



Perfect Crime! おめでとう、マニング、スーパーボール制覇、そしてMVP!

2008-02-05 | スポーツ一般・娯楽
昨日の夜からのスポーツ・ニュースは、NFLのスーパーボール一色だ。1年に1回の国民的なフットボールの祭典とでも言おうか。アメリカ人は、年寄りもおばさんも子供たちもみんな、この日はテレビにかじりつき。

私は、フットボールのルールがまったくわからないので、いつもは見ないのだけど、昨日はちらっと見たジェイアンツのQB(クオーターバック)、イーライ・マニングが若くてとてもかっこよかったので、見入ってしまった。

でも、スポーツ通の主人は、今までのシーズン18戦全勝のペイトリオッツが断然有利で、ジャイアンツは・・・という感じのことを言っている。なるほど、ペイトリオッツのユニフォームはブルーで、かたやジャイアンツは赤い線が入った白のユニフォーム。なんだか弱々しく見える。

昨日は、大事な取材が入って、記事を仕上げながら、見ていた。最後のほうで、リードしていたジャイアンツが、またまたリードされる。14対10で、あと残り3分。マニングにかかっている。「マニング頑張れ!」私は思わず声を上げた。すごいプレッシャーだろうが、なぜかマニングの表情にはあせりが見えなかった。何かとてつもないことをするような気がした。ディフェンスに囲まれ、絶対絶命の中、シャツを引っ張られるのをするりと抜けながら、第4クォーターでは、83ヤードのドライブを決める。残り35秒で、劇的なバレスによる逆転タッチダウンに至る前のデビット・タイリーのキャッチを「サーカス・キャッチ!」とテレビや新聞で表現していた。最終スコアは、17対14で17年ぶりのジャイアンツのスーパーボール制覇が決まった。

ジャイアンツの監督は大きなゲイタレードのバケツから水(おそらく水ではなくゲイタレードであろう)を思い切りかけられて、(なぜこんな恐ろしいことをするのか、風邪引いちゃうじゃないか!でも、新聞にトラディショナルと書いてあるからこうするのが恒例となっているのだろう)アンビリーバブルな勝利に酔う。アンダードッグ(負け犬)と呼ばれたチームが全勝のチームを制覇したのだから、ジャイアンツファンの心境はいかに。今日のデイリー・ヘラルド誌は、「パーフェクト・アプセット(完全な番狂わせ)」と書きたて、シカゴ・トリビューン誌のスポーツ・セクションのヘッドラインには、「パーフェクト・クライム(完全犯罪)」とまででている。そこまで書かなくても・・・

プロ4年目の27歳の若きイーライ・マニングは、去年のお兄ちゃんのペイトン(コルツQB)に続く兄弟でのスーパーボール制覇、そしてMVP受賞となる。でも、新聞は、一番末っ子のベイビイ・ブラザーという書き方をしているから、マニング家ではみんなから可愛がられているのかな。

去年のスーパーボールでは、シカゴ・ベアーズがこのコルツにやられたから、弟より4つ年上のペイトン・マニングはずっと私の記憶に残っている。スーパーボールの間もずっと弟の試合を見守る兄の姿をテレビは映し出していた。新聞によると、マニング一家は、3人の息子を持ち、一番上のお兄ちゃんは、怪我のため、早々と引退しているようだ。でも、お兄さんとして、弟たちの名声は大変なプレッシャーだろうなあ。俺も何か大きなことをやらないかんと。ちなみにお父さんは、名QBだったアーチーという人らしいから、まさにフットボール一家である。兄弟たちは、小さな頃から英才教育をほどこされてきたのだろうか。

今日は、朝からずっとスポーツ・ステーションで、しょっちゅう昨日のイーライ・マニングの雄姿を映し出している。こんなスマートでハンサムなQBなら、日本でも人気でるんじゃない。などとまたミーハー的な見方をしていた昨日、今日です。

シカゴの日本人ソフトボールチーム、マリン・ジェッツ、井口選手との「夢の対決」の思い出

2008-02-03 | 日本人ソフトボールチームMJ・SJ
今日は、主人の入っている日本人ソフトボールチーム、マリン・ジェッツ(通称MJ)のメンバーの送別会兼歓迎会が、香港カフェであった。

MJは、おそらくアメリカの日本人の野球チームの中でも、最強ではないかと言われるぐらい、野球狂のメンバーがそろっている。統率力のある駒谷キャプテンを中心に、粒ぞろいの野球経験者がいる。

主人は2006年のシーズンから駒谷キャプテンの誘いで入ったのだが、生活は一変した。シーズン中は、自分の余暇は、すべてMJに捧げるという感じで、シカゴ生活の一つの生きがいになった。すぐにキャッチャーでつかってもらい、充実したシーズンを過ごせたようだ。

駒谷さんの奥さん、リカさんは、とても人間ができた方で、二人のお子さんが小さいのに、ご主人の生きがいであるMJをずっとサポートしてきた。私は夫婦そろって大好きなのだが、そのリカさんが、私に「お宅のご主人が一番試合も努力していらっしゃって、本当に一生懸命でした。」とほめてくださった。

そして、MJは、2006年11月、井口選手が監督をするゴールデン・ソックスと軟式野球で対戦した。リカさんと私は、「本当に井口選手は来るんだろうか?みんなとても楽しみにしているのに、来なかったらどうしよう。」とやきもきしながら、半信半疑だった。MJの誇る打順1番の名取ちゃんがいろんな球場を物色して、球場を手配して、準備万端。だって、日本人メジャーリーガーと対戦するのよ、しかもダブルヘッダー、信じられる?

私たちが、シャンバーグのフィールドに着いたときには、井口選手はソックスのメンバーと練習を黙々としていた。聞けば、名取ちゃんたちと一緒に、ライン引きなどを手伝ってくれていたという。ええっ、そんなことまでやってくれたの!

1試合目は、コントロールのいい塩味さんがピッチャーで、勿論キャッチャーは主人だ。たしか、最初の打席の方で、俊足の名取ちゃんが塁にでたとき、とびだしたんだっけ、よく覚えてないけど、2塁に向かうのをサードを守っていた井口選手が1塁の方まで走ってきて、いきなり刺す。そこまでしなくても!と思ったぐらい、はりきっている。

そして、塩味さんと井口選手の対戦。どのくらい緊張したのだろうか。今度聞いてみなくちゃ。主人の話では、実は主人は井口選手のほとんどの打席のスタンスを全部読んで、塩味さんに逆に投げさせたという。結果、井口選手はノーヒット。すごい!主人は!勿論塩味さんの抜群のコントロールが良かったのもいうまでもない!この試合、主人が快心の大きなヒットを打って、勝ち越し打を上げる。妻として、こんな誇らしい日はない。

しかし、なんとなんと予期せぬことに、途中から、井口選手がマウンドに上がる。げっ、井口選手がピッチャー!速い、ズバズバ投げ込む。みんなバットが空を切る。とくに、ピッチャーの塩味さんや主人には、むきになって、容赦なく思い切り速い球を投げる。やっぱりメジャーリーガーじゃん。しかし、1試合目は、MJが勝つ。

2試合目は、最初から井口投手が登板。絶対勝つという感じだった。同点の時に、井口選手が大きなヒットを打ち、ゴールデンソックスが勝利した。井口選手は、心の底から野球を楽しんでいるといった感じで、とてもうれしそうだった。ゴールデンソックスのメンバーはスポーツ記者の方だというが、やはり経験者のようで、野球もうまかった。

井口選手は、本当に本当にかっこよかった!メジャーリーガーのオーラがむんむんでていた。近くでその姿、一挙手一動を堪能した。まわりのカメラの数もすごかった。「夢の対決」MJの人たちはその日の試合のことをそう呼んでいた。

その日の夜、井口選手と父との対決を観た上の息子が、「パパ、もしかしたら、プロになれたんじゃない!」と言ってくれたのだが、主人にとってサイコーにうれしいコメントだったに違いない。

MJは、去年の初参加のエルク・グローブのリーグで、いきなり準優勝をさらう。駒谷キャプテンの話では、このリーグで日本人チームMJのことがかなり話題になっていたという。審判が、「おそらく野球の技術レベルは、リーグでMJがNO.1で、そういうチームがこのリーグに入ってきて、ウェルカムだ。」と言ったという。MJが、決勝戦でアメリカ人の強豪チームに負けたのは、パワーの差だという。しかし、「日本で培ってきた野球の技術では、我々が上だ。」と駒谷さんは続ける。まさに「スモール・ベースボール」を実践しているね。

駒谷キャプテンは、MJを創始し、苦労をのりこえ、さまざまな野球の好きな人たちをリクルートして、素晴らしいチームを作り上げた。その辺のことは、去年ウィークリー・ジャングルに書いた。(今度MJのウェッブサイトにこの記事を載せてもらうので、またみんな読んでください)

私は、一生懸命に野球に打ち込んでいるMJのメンバーが大好きだ。二人の息子たちの試合が重なってなかなかMJの試合の応援に行けないのだが、行ける日はできるだけ応援に行って、みんなの活躍を愛用の一眼レフにおさめようと思っている。

今年度は、MJ、めざせ、リーグ優勝!

MJでは、メンバー募集中なので、興味がある方は、ぜひぜひMJの情報満載のサイトをチェックしてください。http://www.geocities.jp/marine_jets/index.html

シカゴ日本人学校中学部の子供たち

2008-02-02 | シカゴ日本人学校全日校
アメリカ人の中学生の劇のことを前回書いたのだが、その劇が行われた同じ日の去年の10月11日、シカゴ日本人学校の恒例の文化祭で、日本人の中学生の劇も観た。同じ日に、アメリカで、日本人とアメリカ人の中学生の劇をそれぞれ観るという経験はなかなかないだろう。

この劇がすごかった。主役4人がまさに迫真の演技!息子は、脇役の悪役の1人だったが、リハーサルの段階で、「(1人の女の子の)迫真の演技がすごいんだよ。」と言っていたら、本当だった。いや、しかし他の3人の主役もすごかった。なんだか、テレビのドラマの中の俳優の演技を見ているかのような感じだった。

最後のシーンで、主役の男の子が手をじっと見入るシーンがまだ目に焼きついている。最後よかったあ!

やる前に、台本があったので、少し見たのだが、「生と死」というものをテーマにした、かなりむつかしい内容だった。こんなむずかしい劇だと、小学校低学年の子供たちにわかるだろうかと心配していた。しかし、ふたを開けてみたら、観客全員が真剣に見入っていた。息子も他の2人の悪役とともに悪役に徹していた。

バックの絵などもかなり凝っていて、音楽、効果音、照明、大道具、小道具などの裏方の仕事も相当時間をかけて準備したのではないかと思わせた。まさに、中学部の努力の結集だったのではないか。「また、あの劇をもう一度観たい!」と思わせるような感動物の劇だった。

勿論、文化祭目玉の「ソーラン」もよかった。毎年、「ソーラン」は進化している。私は、最初の頃の「ソーラン」を知っているので、ずいぶん変わってきたような気がする。昔は、あんなに全員で踊らなかった。中学部の半分で踊っていた。JCCCからの新しいはっぴもそろえて、光る鳴子も使い、今年ジャパン・フェスティバルでも高い評価を得て、年々自信がついているような気がする。

そんなこんなで、上の息子が去年の4月に中学部に入学して、中学部の活動を私も詳しく知るようになったのだが、中学部は一言「すごい!」息子も中学部に入って、先輩たちと交流をはかるようになり、世界が広がって、日本人学校がより楽しくなったそうだ。なんたって、中三、中二の先輩たちが、すごく面倒見がいいそうだ。今年卒業していった中三は、男女で仲良くとてもいい雰囲気の中学生たちだった。

勉強量は、かなりあるが、みんなこつこつこなし、勉強ができる。寒くなるまでは、火・木と校庭を6分間朝一で走り、運動量もそこそこあり、体力もつく。部活はないけど、ソーランの練習で、団結力をつける。この不便なシカゴの地で、親にとって、全日校さまさまなのである。中学部の先生方いつもいつもありがとうございます。

というわけで、私は、中学部の子供たちのファンと公言したい!それぞれ個々の子供にお母さんたちのファンもついているようだ。私も卒業した中三メンバーの大ファンでした。来年度は、誰のファンになろうかな。みんな輝いていて、かっこよく、あるいは、美しく見える。女子も男子も。そんな中学部に通学している息子は幸せ者だ。

「星の王子さま」のリトル・プリンスを息子の友達、デュランが好演!

2008-02-02 | 息子の友達
今日はついにシカゴ日本人学校もウィンター・ストームのため、休校になった。日本人学校は、めったなことで休校にならないのだが、(6年間のシカゴ滞在の間、休校になったのは、去年初めて経験して、2回目だろうか)おかげでほっとした。

というわけで、今日のことを書くネタがないので、去年の写真をチェックしていたら、ありました。上の息子の仲良しのアメリカ人の友達、デュランの話。デュランは、みるからに美形の細身の男の子。息子の野球仲間である。

これまでに、2回も同じチームになり、長い足を生かして、俊足ぶりやいい守備を見せていた。勿論打順は1番タイプ。去年の秋の野球チームで一緒だったのだが、なぜかかなり疲れている様子、練習や試合も休みがち。

どうしたのかと思っていら、なんと彼の通うクーパー・ミドル・スクールで行われる劇のオーディションに受かり、主役に抜擢されたと言う。あの有名なサン・テグジュぺリ作の「星の王子さま」の王子さま役だという。可憐な細いデュランにピッタリの役である。デュランのお母さん、リサの話では、すでに女の子の間では、「プリンス」というあだ名で呼ばれていると言う。すごい!

勿論、10月11日、私たちも息子二人とクーパー・ミドル・スクールまで観に行きましたよ。その日は、ちょうど日本人学校全日校の文化祭だったので、同じ日に、日本の子供たちによる劇とアメリカの子供たちによる劇を両方観た事になる。日本人学校の中学部の劇は素晴らしい出来だった。息子も悪役で好演したので、デュランの演技がどういう展開になるのか、興味津々。

ハンサムなデュランは、舞台栄えする。そして、声のトーンをプリンスとして故意に上げ、すさまじい量の台詞をこなしていた。よどみなくでてくる台詞に、息子はびっくりしている。抽象的な内容なので、まったく理解できなかったが、デュランがすごい子役をこなしているということは、理解できる。リトル・プリンスになりきっていた。

その時の同じ野球のチームにいた背の高いスラッガーのケンもちょい役ででていた。踊りながら、黒い衣装と帽子で登場し、めちゃカッコよかった。リトルリーガーのケンが大変身していたのである。他のアメリカ人の子供たちも役者になりきっていた。

デュランは、この冬は、あの折れるような体で、レスリングをやっていると言う。もうなんだかわけがわからない。不思議な男の子だ。

アメリカ人の子供たちは、さまざまなスポーツをこなし、またこうやって役者としても成功できる。なんて多彩な才能を秘めているのか!将来が楽しみである。

シカゴにスノー・ストームが来た!

2008-02-01 | アメリカ生活雑感
今日は、ついにスノー・ストームが襲った。朝はそんなに降っていなかったので、ハーパー・カレッジのクラスに行ったが、みるまに雪が激しくなり、予報は当たった。

早く帰らねばと思っていたのだが、ドローイングの作業が終わらない。2つの小さなオブジェに光をあてて、鉛筆で細かく明暗をつけるシェィディングという根気のいる作業だ。一心不乱に鉛筆を走らせる。何も考えず、ひらすら鉛筆を動かす。

ハーパーのスタジオは窓がオープンで、外が見渡せる。細かな雪が降りしきるのが見える。今やっている作業と同じ静謐な白黒の世界だ。

昨日、頑張ってスタジオに来て、1時間半ぐらい作業をもくもくとしたおかげで、みんなに追いついた。ペリーは、昨日はハイで、1人でおどけていた。他のクラスにドローング1を取っていたときのクラスメートを見つけた。そうそう、ジョン・ボンジョビ似のキュートなアメリカ人の男の子だ。そうしたら、その子がいきなり、ペリーのオフィスの前で、堂々と女の子とキスをしている。「What a hell...going on...!」ペリーが叫ぶ!その男の子は堂々とペリーにそのガールフレンドを紹介している。

ハーパーのアートデパートメントで知り合いになったアーティスティックなレベルがかなり高いサンディやカーシャは、「元気?ペリーの言うことをまじめに聞いたらだめよ!」と両方とも同じ冗談を言っている。みんな教授ととても仲が良い。いつ来ても、ここのディパートメントは、自由な雰囲気でいいなあ。

今日は2時半まで作業をして、雪の中を必死で帰ってきたが、子供たちが学校から帰ってくるバスストップがすごい状態で、そのモールへの入り口で、ブレーキがきかず、かなりスライドした。ベテランドライバーであるカズキ君のママも同じ場所で同じ目に合ったという。彼女のように運転がじょうずな人でもこわいと言っているから、どうしようもない。このモールへの入り口は、どこもみんなスライドしているので、かなりの注意が必要だ。こういう雪の状態を、まさに「UGLY」というんだろうね。

今日は、夕方の習い事は行かず、家にいることに決めた。命と引き換えに行くことはないよな。家に帰って、うちの自慢の(?)暖炉をつけたら、落ち着いた。こういう日は、庭のしんしんと降り続く雪景色と立ち上る暖炉の火を交互に見ながら、じっとしているのが一番です。