万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

自民党の憲法第9条改正案は逆走では?-護憲派が支持する改正案

2018年03月08日 16時15分30秒 | 日本政治
 憲法第9条の改正案につきましては、自民党の改憲本部内でも、2項維持派と削除派との間で意見が纏まらず、紛糾が続いてきました。こうした中、報道に拠りますと、凡そ、2項を維持した上で自衛隊を明記する方向で調整に入ったそうです。しかしながら、その改正案を読みますと、同案を支持するのは、保守派ではなく、むしろ、護憲派なのではないかと思うのです。

 改正案では、戦力の不保持と交戦権を否認した2項に対して、「必要最小限の実力組織である自衛隊の保持を妨げない」と追記することで、自衛隊の合憲性が明文化されるそうです。保守政党である自民党は、戦後のGHQによる占領統治下において制定された現行の日本国憲法が、日本国の主権を制限すると共に、現実との間に齟齬を来していることを問題として憲法改正作業に取り組んだはずです。ところが、この改正案では、以下の点で、所期の目的から大幅に外れ、むしろ、護憲派の憲法解釈に沿ったより主権制限的な方向へと向かっていると言わざるを得ないのです。

 第1の点は、自衛隊の存在を憲法に明記はしても、それが、一般の軍隊であるとは記していないことです。あくまでも“実力組織”であり、戦力、即ち、軍隊の不保持はそのまま維持されているのです(そもそも“実力組織”という表現も曖昧)。憲法改正の根拠として、現行の条文では、自衛隊が国際法の保護を受けることができないとする懸念がありましたが、この改正案でも、軍隊とは明記されないわけですので、現状が改善されるわけではありません。合憲性をめぐる議論に終止符が打たれたとしても軍隊ではないならば、むしろ、自衛隊を軍隊として認めたくない護憲派にとって好都合なのです。

 第2の点は、日本国の主権制限に当たる交戦権の不保持もそのまま維持されていることです。占領下に制定された現行の憲法は、戦勝国による敗戦国の軍備縮小の国内法化の側面がありましたが、講和条約成立後も主権制限状態が維持されている現状は、国際社会における主権平等の原則に反しています。否、全ての加盟国に個別的自衛権、並びに、集団的自衛権を認めている国連憲章第51条に対する違反とも解されます。国家の主権が個人レベルの基本的人権に当たるならば、日本国は、憲法において自発的に自国に対して“人権侵害”と“敗戦国差別”を認めることとなるのです。この点も、護憲派にとりましては大歓迎となりましょう。

 第3に問題点を上げるとすれば、国際法違反の国に対する軍事制裁としての“国際警察活動”への対応において、再度、神学論争が発生する余地を残していることです。自民党内では、“自衛隊が地球の裏側まで行って戦争できるようになる”との批判を避けるためには、集団的自衛権の範囲を制限すべきとの意見があるようですが、国連憲章第7章では、加盟国が“国際警察活動”の一環として軍事的措置等について規程を置いています(加盟国の義務でもある…)。また、有志連合の枠組においても、自衛隊がこうした活動に参加する可能性も否定はできません。時代の変化への対応として憲法第9条を改正するならば、実のところ、“地球の裏側”にあっても、国際法秩序を維持するための執行行為としての武力行使も想定内に入ってくるはずなのです。護憲派は、国際法違反を繰り返す中国やロシアと近い関係にありますので、“国際警察活動”への参加に関する憲法上の根拠を曖昧にしておくことは好都合なことでしょう。

 以上の諸点からしますと、今般の自民党の改正案は、憲法第9条を護憲派の解釈に近い形で明確化するものですので、護憲派が支持しても、国民多数が同案に賛意を示すかどうかは不明です。戦後、長らく保守政党の念願とされた憲法改正が、日本国の軍事行動をより制限する形で実現するならば、“悪い冗談”としか言いようがないように思えるのです。

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コメント (2)
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