万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

「中国ウクライナ友好協力条約」から読み解く戦争要因

2023年01月10日 13時37分42秒 | 国際政治
2013年12月6日にウクライナと中国との間で締結された「中国ウクライナ友好協力条約」は、今般のウクライナ紛争のみならず、国際社会の安全保障体制に関する様々な問題を提起しているように思えます。何故ならば、同条約の内容とNPT体制との間には直接的な繋がりがあるのみならず、同紛争に次ぐ戦争の危機として懸念されている台湾問題も絡んでいるからです。

 中国が遠方のウクライナとの間に敢えて安全保障条約を締結した主たる理由は、ウクライナの核放棄を確実にするためであったと説明されています。ソ連邦の崩壊後、ウクライナは、ソ連邦が自国に配備していた核兵器を天然ガスの代金としてロシアに‘売却’していましたが、1994年12月5日にアメリカ、イギリス、並びにロシアの三国が「ブダベスト覚書」により同国の安全を保障したため、核兵器の全面放棄に応じています。以後、同国の核放棄は、核兵器国であるロシアへの核兵器の移転という形で遂行され、NPTへの加盟により非核兵器国となったのです。因みに、ウクライナの核放棄に際しては、アメリカはじめ西側諸国が関与を試みたものの、結局、移転先となるロシアが全面的に管理することとなりました(なお、生物兵器については、2005年8月29日に米国国防総省とウクライナ保健省との間で「ウクライナ兵器拡散防止条約」が締結され、同条約に基づいてアメリカがウクライナの研究機関に支援を行なっている・・・)。

 このとき、核兵器国である中国並びにフランスも、「ブダベスト覚書」の内容をおよそ追認したのですが、中国については、ウクライナが核の危機に瀕した際の措置として同覚書が定めていた国連安保理への付託には言及していません。そして、2013年12月というウクライナが核放棄してから凡そ20年もの年月が経過した時点で、‘核攻撃や核による威嚇を行なった国から同国の安全を保障する’という、相当に踏み込んだ内容の条約、すなわち、恰も中国がウクライナに対して「核の傘」を提供するかのごとくの条約を締結しているのです。確かに、核兵器放棄の見返りという体裁をとっているのですが、20年の年月を考慮しますと、こうした中国のウクライナに対するどこか不自然な積極的な接近には、何らかの背景があったものと推測されます(台湾問題については後日に・・・)。

 地政学の泰斗であったマッキンダーの「ハートランド理論」によれば、ロシアからウクライナにかけての‘地域は全世界の運命を左右する重要な中心軸’とされます。もっとも「ハートランド理論」は、一種のドグマかもしれない・・・)。この点に注目しますと、おそらく中国によるウクライナ接近には、同国、あるいは、金融・経済勢力でもある世界権力の世界戦略が絡んでいたのかもしれません。そして、それは、核兵器国による核の独占体制、すなわち、NPT体制とは無縁ではないように思えます。何故ならば、NPT体制では、軍事的に絶対的な劣位に置かれる非核兵器国が自国の安全を確実にするためには、核兵器国による軍事的な保障を得ることが望ましいからです(一方、核の独占体制を維持するためには、核兵器国も、見返りを与えてでも核を放棄させたい・・・)。

 地政学的に重要性な地域に位置し、かつ、核兵器の放棄という‘交渉材料’を手にしていたウクライナは、他の一般諸国と比較して極めて有利な立場であったはずです。上述したように、実際、1994年末にウクライナは、「ブダベスト覚書」により国連の常任理事国にして核兵器国である米英ロの三国のみならず、中仏からも保障を得ると共に、核危機に限定しているとは言え、軍事大国となった中国との間には安全保障条約を締結することに成功しています(同時点では、中国は、核危機に際しての安保理での対応を約していないので、2013年の中ウ間の安全保障条約は、国連安保理を介さない自国一国での保障を提供したことになる・・・)。つまり、ウクライナは、常任理事国にして主要核兵器国の五カ国全てによる多重保障という特別の地位を得たと言えましょう。

 しかしながら、世の中には、内在するある欠点が表面化することにより、長所が短所に転じることも少なくありません。万全のように見えるウクライナの多重保障体制も、逆の見方からすれば、核保有国間の関係性の変化、並びに、自国の政権の方針如何によって、戦争の発火点になりやすいという短所となります。住民構成において東西問題を抱えるウクライナは、米ソ冷戦の終焉後、オレンジ革命やマイダン革命などの相次ぐ‘革命’により(ソロス財団の関与も指摘されている・・・)、NATOやEUへの加盟を目指す親欧米派とロシアとの連携を重視する親ロ派の政権の度重なる入れ替わりを経験してきました。新たな政権が樹立される度に、核保有国5カ国との関係も劇的に変化し、‘シーソーゲームの様相’を呈してきたのです。言い換えますと、非核兵器国であるウクライナは、一端、戦端が開かれますと、核保有諸国の介入を招き、核戦争、並びに、第三次世界大戦へと発展しかねない危うさを抱えていたと言えましょう。

 外部にあって核兵器国が背後で鋭く対立し、かつ、内部にあっても東西にひび割れが広がる同国の状況は、第三次世界大戦を引き起こしたい勢力にとりましては、悪い意味で世界史に新たな一ページを書き込む、願ってもない舞台であったのかもしれません。ウクライナ紛争が世界権力による誘導であったのか(同問題には、ウクライナ利権とも称されるエネルギー資源の利権や巨額債務問題も絡んでいる・・・)、それとも、大国間の地政学的な勢力争いやウクライナ固有の政治的要因によるものであったのか、これらの真偽を見極めると共に、同問題を根本的に解決するためにも、様々な視点からアプローチすることは無駄ではないはずです。ウクライナ紛争が人類の危機として認識される今日、今一度、NPT体制を含め、国際社会の構造的な問題から原因を究明してゆく必要があるのではないかと思うのです(つづく)。

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