万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国政府が韓国の「元徴用工問題」解決案を拒否すべき理由

2023年03月07日 12時10分31秒 | 国際政治
 昨日、韓国政府は、日韓両国の間で燻ってきた「元徴用工問題」の解決策として、「民間企業による第3者返済方式」を発表しました。「元徴用工問題」とは、第二次世界大戦末期において戦時動員された朝鮮籍であった元日本国民による賠償請求問題です。同賠償訴訟に対して同国の国内裁判所は、被告とされた日本企業に対して賠償金の支払いを命じたものの、日本国政府が後ろ盾となって日本企業側が拒絶したため、膠着状態が続いていました。

 1965年に締結された「日韓請求権協定」には、国並びに法人を含む国民の請求権問題は、‘完全かつ最終的に解決された’と明記されています。そもそも、「日韓請求権協定」は、日本国側にとりまして著しく不利であったとされます。当事の大蔵省による正確な計算に依りますと、日本側が放棄した官民の対韓請求額の総額よりも、韓国側が受け取った経済協力の総額の方が遥かに上回るからです。サンフランシスコ講和条約では、その第21条において朝鮮に賠償請求権を認めておらず、インフラや不動産等の残置財産を含む請求権問題は、第4条において当事国間の交渉に委ねています。また、凡そ35年に及ぶ日本統治時代、日本国は、国内に優先して外地に莫大な公共投資を行い、財政移転も実施していました(併合時には、李氏朝鮮国の莫大な対外債務をも肩代わりしている・・・)。しかしながら、アメリカによる韓国寄りの介入もあり、日本国は、韓国側からの‘植民地支配’を糾弾する声もあって、実損額を大幅に上回る‘事実上の賠償支払’に応じたのです。なお、日本国政府は、1990年代後半まで個人の請求権は消滅していないとする見解を示していましたが、これは、自国民が朝鮮半島に残した財産等に関する請求権を維持したいとする立場によるものでした(仮に、今般、韓国において個人の請求権が認められるならば、日本国側も韓国に対する個人的な請求は可能なはず・・・)。

 それでは、「日韓請求権協定」に対する両国の解釈が異なる場合、どのように解決されるべきなのでしょうか。個人の請求権については両国とも迷走がありましたし、韓国側は、協定上の国や国民の範囲を日本国よりも狭く捉えているかもしれません(「元慰安婦問題」の論法・・・)。また、‘完全かつ最終的な解決’という文言も同国固有の‘超解釈’があり得ます。こうした事態を予測してか、同協定には、両国間において紛争が発生した場合を想定した規程が設けられています。協定の第3条には、まずは(1)外交上の経路を通して解決を模索し、それでも解決できない場合には、(2)仲裁に付すべし、という紛争解決に関する手続きを定めているのです。

 同協定に従えば、今般の問題は、先ずもって外交交渉の協議の議題として韓国側から日本国側に提案され、両国が合意に達しない場合、国際司法の手続きの一つである仲裁に解決を委ねるべきとなります。あるいは、仲裁を選択せず、より一般的な裁判に近い常設仲裁裁判所や国際司法裁判に解決を付託する方法もあります。「元徴用工問題」とは、国内問題ではなく、協定の解釈をめぐる国際紛争なのですから。実際に、2019年12月の安倍晋三首相と韓国の文在寅大統領による会談以前においては、日本国政府は、仲裁による解決を韓国側に提案しており、国際司法裁判所への提訴も検討されていました。日本国政府は、常々、国際社会における法の支配の確立を訴え、国際法秩序の維持に取り組んできたのですから、司法解決の原則を貫き、「元徴用工問題」は、国際法上の正式な手続きを以て解決すべきと言えましょう。

 しかも、さらに悪いことに、今般の韓国側の動きは、政府レベルではなく同国内の司法機関に端を発しています(協定上の外交協議や仲裁を回避するため?)。言い換えますと、今般の韓国案を日本国が認めるとしますと、日本国は、事実上、韓国の司法権に服するという独立国家としてあり得ない事態を招くのです。日本国による朝鮮統治を植民地支配と見なす韓国側からしますと、自国の司法権が日本国に及ぶ今般の韓国案に韓国国民は溜飲を下げるところでしょう。しかしながら、日本国民側からしますと、国際司法機関ならばいざ知らず、韓国の司法権への服従は、日本国を韓国の統治権が及ぶ下位的な地位に貶めるようなものなのです。

 何れにしましても、既に多くの方々が指摘しておりますように、「民間企業による第3者返済方式」は、日本国側が韓国側の請求権の存在を承認してこそ成り立ちます。この方式は、日本企業には法的な賠償責任がある⇒賠償金の強制徴収は困難⇒「日韓請求権協定」により経済協力の恩恵に浴した韓国企業が賠償の支払いを肩代わりする、という論法による基金の設立であるからです。そして、この論法には、日本国は過去に強制労働や苛斂誅求を伴う過酷な植民地支配を行なったとする韓国側の歴史認識が‘大前提’としてありますので、被告企業を含む日本国企業に‘自発的’な基金への拠出を期待すると共に、韓国側の‘歴史認識’の継承が求められたのです。実際に、岸田文雄首相は、同解決案の発表を受けて歴代の日本国首相による談話という名の‘歴史認識’の継承について言及しています。

 どのような形であれ、一端、日本国側が韓国側の請求権を認めますと、その後の展開はおよそ予測できます。不可逆的に解決されたはずの「元慰安婦問題」も蒸し返されたように、あらゆる口実の元で、韓国側は、それがたとえ自発的な拠出であったとしても、日本国に対して賠償請求攻勢をかけてくるかもしれません。今般の「元徴用工問題」は、氷山の一角に過ぎないかもしれないのです。

 岸田首相の反応を見ましても、日本国政府は、韓国側の提案に対して好意的な姿勢を示しています。しかしながら、日本国にとりましては独立性の危機をも意味しますので、同案を拒絶すべき正当な理由があります。それでも、日本国政府が韓国案を飲むとしますと、自民党は、今なおも元統一教会(世界平和統一家庭連合)の強い影響下にあるのでしょうか。それとも、背後において同解決案を以て日韓関係改善の圧力をかけたのは、アメリカであったのでしょうか。バイデン大統領は、早速、同案に対して歓迎の意向を示しています。あるいは、本来、別問題であるはずの対韓半導体規制の解除に関する報道もあり、同提案の裏側には中国や世界権力等の思惑も渦巻いているのかもしれません。日本国政府は、国際法秩序、並びに、自国の独立性を守り抜くためにも、‘罠’とも言える韓国案を受け入れてはならないと思うのです。

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