万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

悪魔に魂を売らないためには

2023年03月03日 13時41分46秒 | その他
昨今、‘悪魔に魂を売る’という言葉が、目に付くようになりました。その理由は、政治家をはじめ、悪魔に魂を売ったとしか考えられないような人々の姿が、ここかしこに見られるからです。国民が物価高や増税に苦しむ中、権力を私物化し、公金で豪遊する政治家、公的制度を悪用して私服を肥やす実業家、果てには権威の衣をもらって悪魔に媚びた思想を吹聴する知識人など、例を挙げたら切がありません。国民を騙して戦争に誘導する人々も、自らの魂を悪魔に売っているのでしょう。‘良心はないの?’と言いたくもなるのですが、こうした‘悪魔に魂を売った人々’には、重大な見落としがあるように思えます。

悪魔に魂を売るお話は、ゲーテの『ファウスト』でも知られておりますが、一般的には、悪魔との交換契約を意味しています。その契約の内容とは、この世においてあらゆる欲望が満たされる代わりに、死後は、魂が消滅してしまう、あるいは、悪魔の奴隷になるというものです。いわば、この世の天国とあの世の地獄とが交換条件となる契約なのです。合理的に考えれば、あの世での永遠の地獄よりも、たとえ現世で一時的な地獄に会おうとも、悪魔に魂を売らない方が遥かに‘まし’なはずです。しかしながら、そもそも、神や悪魔、そして、魂の存在は不可知ですので、これらが存在しないと仮定すれば、この世での欲望の成就や享楽を選択する人がいてもおかしくはありません。特に無神論者が増えている現代にあっては、この世での‘天国’の方が合理的な選択となり得るのです。

そして、悪の本質が利己的他害性にある限り、悪魔との約束の具体的な意味は、他者を犠牲にした自らの利得や欲望の追求となります。言い換えますと、現代において悪魔に魂を売る行為とは、犯罪者や違反者であったり、自己利益のために他者を犠牲にしても構わない人と言うことになりましょう。そして、それは、得てしてマネー・パワーに負けて良心を売ってしまう背信行為となります。この点、人々を悪事へと誘う現代の悪魔とは、巨大なマナー・パワーを有する金融・経済財閥を中枢とする世界権力と言えるのかもしれません。富を独占した上で、人類全体を管理し、自らが奴隷であることに気がつかない‘無自覚な奴隷’の状態に置こうとしているのですから。

それでは、悪魔を‘ぎゃふん’と言わせる方法はあるのでしょうか。実は、これは、それ程難しいことではないように思えます。喜んで悪魔と契約したものの、この世で地獄を経験してしまった人が一人でも現れればよいのです。一つでも悪魔との契約が不履行となった事例がありますと、悪魔の甘言に対して疑いが生じ、人々は、悪魔は詐欺師ではないかと警戒するようになります。人々が悪魔の万能性が信じられなくなったとき、悪魔と契約しようとする人は激減してしまうのです(もっとも、真の悪魔は、人間との契約を誠実に護るとは思えませんので、悪魔に誠実な契約の履行を期待した時点で判断を間違えているのでは・・・)。

ゲーテの『ファウスト』での神と悪魔の勝負の勝者は、ファウスト博士をめぐる‘賭け’において、魂を売る契約を結ぶことに成功した悪魔(メフィスト)ではなく、グレートヒェンの純真な心をもって悪魔に売られた魂を救い出した神の勝利として描いています。今日の‘悪魔に魂を売った人々’も、同小説の筋書きと同じく、あるいは魂が救われる道が残されているかもしれないのですが、先ずもって、悪魔の万能神話が崩壊こそ、ファウスト博士個人のみならず、多くの人々の魂を救う道となりましょう。そして、現代の悪魔に魂を売った人々、即ち、腐敗した政治家や国民を犠牲に供して自己の野望を達成しようとする人々の目を覚まさせるのは、人々の良心や良識であり、かつ、警察や検察、そして、裁判所を含む現代国家の統治機構なのではないかと思うのです。

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