万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

デマによる悲劇と事実による悲劇

2023年09月20日 17時04分10秒 | 国際政治
 関東大震災に関する一連の事件については、映画「福田村事件」の影響もあってか、マスメディア等によって‘デマによる虐殺の悲劇’というイメージが植え付けられつつあります。しかしながら、戦争や災害といった非常事態における情報については、必ずしもデマとは限らす、頭からデマと決めつける姿勢にもリスクがあるように思えます。

 それでは、どのような‘事実による悲劇’があるのでしょうか。あらゆる戦争や革命、そして、災害時の治安の崩壊は、常に悲劇そのものです。しかも、こうした悲劇は、常に自然に発生する訳でもありません。得てして、悲劇が組織的に引き起こされるケースもあるのです。例えば、国家の政府のみならず世界権力といった権力体の多くは、配下にある民間の秘密結社や新興宗教団体等を使い、残虐な殺害事件、無差別テロ、あるいは、犯人不明の暗殺事件を起こし、かつ、マスメディアをも操作して、一般国民を扇動してきた歴史があります。

 普仏戦争を引き起こしたプロイセンの宰相ビスマルクによるエムス電報事件は、今日では教科書にも堂々と記載されている自国民をも騙す謀略なのですが、戦争とは、自然に起きるのではなく、相手国に対する挑発であれ、自国民に対する政府の情報操作であれ、誘導されているケースが少なくありません。しかも、戦争への道を国民自らが歩ませる世論誘導のための‘造られた事件’のみならず、戦争や災害といった有事の最中にあっても、組織的な動員が行なわれる可能性もないわけではないのです。例えば、関東大震災に際して発生したとされる朝鮮独立運動の活動家並びに社会共産主義者による組織的テロ計画や革命の決起については、この疑いが濃いと言えましょう。

 こうした事例は、組織を背景とした破壊行為や残虐行為等が‘デマ’ではなく‘事実’であるケースが存在することを示しています。この側面に注目しますと、‘デマによる悲劇’を強調し過ぎた結果、事実であるケースには対応できなくなる怖れがありましょう。例えば、中国では、2010年7月1日から国防動員法が施行されており、有事に際しては18歳以上60歳までの男性、並びに、18歳以上55歳までの女性は、政府の命に従って動員されます。日本国内に在住する同年齢にある中国籍の人々も同法が適用されて動員されるのでしょうから、近い将来、日中が対立する場合、日本国内において組織的な敵害行為が行なわれる可能性もゼロではありません。台湾を自国の一部と見なしてきた中国は、台湾侵攻を敢行してアメリカとの間で軍事衝突が起きた場合にも、日本国には在日米軍基地が置かれていることから、即、在日中国籍の人々による組織的な活動が開始されないとも限らないのです。

 日本国民の命が危険に晒される事態が、デマではなく事実である場合、どのように対応すべきなのでしょうか。この問題については、日本国政府は、十分に対策を練っているとは思えません。‘事実による悲劇’の方が‘デマによる悲劇’よりも遥かに数は多いにも拘わらず・・・。今日、中国による台湾侵攻が現実味を帯び、かつ、在日中国人の人口が増加の一途を辿る中(人民解放軍の民兵も潜入しているかもしれない・・・)、どのようにして日本国民の命と安全を確保するのか、日本国政府は、国民に対して説明する義務があるのではないでしょうか。憲法改正案として緊急事態条項が取り沙汰される今日、何らの説明もないとなりますと、日本国政府は、有事を根拠として日本国内にも中国と同様の国民動員体制を敷き、戦時体制という名の独裁的な全体主義体制に移行させたいのではないか、とする国民の疑念は深まるばかりとなりましょう。そしてこれもまた、‘事実による悲劇’なのではないかと思うのです。

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