万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

USスチールの買収は断念が賢明では?

2025年01月07日 10時22分40秒 | 日本政治
 アメリカのバイデン大統領が下した日本製鉄によるUSスチール買収禁止の決断は、目下のところ、日本国内において対米感情を悪化させているようです。当事者である日本製鉄も、日本国政府の後押しもあってか、アメリカ政府を相手取って訴訟を起こす方針を固めています。同件について日本国側の主要な批判点の一つは、日本企業に対して安全保障上のリスクが指摘されたことです。同盟国でありながら、アメリカの安全を脅かす存在として日本企業が認識されたからです。しかしながら、日本国側の批判には、日本国自身をも窮地に陥れるような幾つかの問題点を含んでいるように思えます。

 アメリカの制度には、海外企業による自国企業の買収について審査を行なう対米外国投資委員会(CFIUS)が設けられています。日本製鉄側は、同手続きの不備を問題視すると共に、買収禁止が大統領による恣意的な政治的判断であったとして、これを違法行為として咎めています。

 もっとも、日本製鉄側が発表したステートメントを読む限り、CFIUSが審査に際して関心を寄せていたのはアメリカ経済へのマイナス影響であり、このため、買収条件としてUSスチールの‘アメリカ色’の維持を約束しています(労働者の雇用の維持、アメリカ国籍のCEOの確保、アメリカ国内への投資・・・)。その一方で、同委員会は、ジェラルド・フォード大統領が1975年に大統領令をもって設立した機関であり、商務省のみならず、国防総省や国務省など16の省庁の代表から構成されています。政治的要素が排除されているわけではなく、仮に、今般のバイデン大統領の買収禁止命令が、日本製鉄側の主張とは異なり、法律に則ってCFIUSの審査を経ているとすれば、日本製鉄側に、同委員会がリスクと見なした要因があることとなりましょう。

 日本国側は、日本製鉄によるUSスチールの買収は、グローバル市場における中国企業のシェア拡大に対抗するための‘日米連合’と見なし、今般の買収措置はこのチャンスを逸したものとして憤慨しています。しかしながら、日本製鉄と中国との関係を見ますと、1972年に始まる日中国交正常化以来、両者の間には密接な協力関係が構築されてきました。昨年2024年7月に、日本製鉄は中国の宝山鋼鉄との合併事業を解消はしたものの、中国を世界最大の粗鋼生産国に育てたのは日本企業と言っても過言ではありません。日本製鉄側にも、中国との関係をリスクとして認定され得る過去がありますので、裁判の過程でアメリカ側から証拠として事実の指摘を受ける可能性もありましょう(宝山鋼鉄は、国有企業にして世界第一位の宝鋼集団の子会社であり、むしろ、中国の利益のために保有株式を‘譲渡’したとの見方もあり得る・・・)。

 第二の問題点は、アメリカの国民感情です。アメリカ側からの買収拒絶に対しては、日本国側の対米感情を悪化させたことは否めません。しかしながら、仮に、アメリカ政府が同買収を許可し、日本企業によるアメリカ企業の買収を認めたとしますと、逆にアメリカの対日感情の悪化は必至となりましょう。今を遡ること36年前の1989年10月に、日本企業の三菱地所がアメリカの象徴的建造物とも言えるロックフェラー・センターを買収した際には、アメリカ国民の強い反感を買うことにもなりました。同盟関係にあり、かつ、合法的な買収であったとしても、他国企業による自国の象徴的存在が海外企業に買い取られるともなりますと、その国の国民が心穏やかでいられるとは限りません。先のアメリカ大統領選挙にあって、共和民主両候補者ともに日本製鉄の買収阻止においては一致し、自らへの支持を訴えたのも、アメリカの愛国心とも言える国民感情に応えようとしたのでしょう。感情面に配慮しますと、アメリカ大統領の政治的判断とは、自国企業の保持を願う民意に応えたものであり、民主主義国家としての当然の対応とも言えなくもないのです。

 そして、世論に従って自国企業の保護を優先するアメリカ政府の対応は、日本政府の海外企業の日本企業買収に対する‘甘さ’を浮き立たたせます。これまで、日本国政府は、日本企業のお家芸ともされてきた製造業の分野のみならず、エネルギー分野を含めたあらゆる領域において、まさに安全保障上のリスクが懸念される中国企業による日本企業の買収を許してきました。その一方で、日米同盟の枠内にあっても、日本市場は、KKRやベインキャピタルといった海外投資ファンドの‘草刈場’のような様相を呈しています。今般の買収禁止に憤る保守主義者も多いのですが、安全保障上のリスクも、日本企業の独立性も全く考慮せず、海外企業による自国企業の買収を放任している日本国政府こそ、日本企業も日本国民も問題視すべきであるかも知れません。そして、今般の買収阻止を批判すれば、自らの企業が外国企業に買収されたときに、これを非難も阻止もできなくなりましょう。

 このように考えますと、長期的な視野からすれば、日本製鉄は、USスチールの買収を断念した方が賢明なようにも思えます。そして、この問題は、日本国政府も信奉、あるいは、洗脳されているグローバル原理主義と国民国家体系との相克の問題へと繋がってゆくのです(つづく)。

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