万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

グローバリズムと奴隷制との親和性が高い理由

2022年10月20日 12時21分56秒 | 国際政治
 グローバリズムが描く人類の未来像は、しばしば国際的イベントのプロモーションや企業のコマーシャルなどを通して、人々の頭の中に視覚的なイメージとしてインプットされています。それは、雑多な人種や民族が混じり合った世界であり、画面上に登場する全ての人々が笑顔を振りまいています。理想郷の到来を笑顔で表現しているのでしょうが、果たして、グローバリズムは、人類に笑顔があふれる世界をもたらすのでしょうか。

 グローバリズムの行く先を予測するに際しては、過去の前例を検証してみることも大切です。何故ならば、グローバリズムとは、80年代以降に始まったものではなく、むしろ今日の国民国家体系が成立する以前の、国境が曖昧であった時代に類似しているように思えるからです。例えば、イベリア半島の二国が先陣を切った大航海時代は、しばしば第一次グローバリズムの時代とも称されています。そして、この時代を振り返りますと、グローバリズムの未来像が理想とは逆となる可能性を示しているのです。

 近年、豊臣秀吉によるバテレン追放令には、海外への日本人奴隷の売却をやめさせる目的があったことが知られるようになりました。日本人奴隷については、ルシオ・デ・ソウザ氏が、その著書『大航海時代の日本人奴隷 増補新版』(岡美穂子訳、中央公論新書、2021年)において主にポルトガル側の資料に依拠しながら詳らかにしています。同書を読みますと、売買される奴隷達は、アジアやアフリカに出自を遡る全く異なる雑多な人種や民族によって構成されていたことが分かります。

例えば、ルイ・ペレスという名のユダヤ教からの改宗ポルトガル人の商人は、およそ三年間日本国の長崎に滞在していましたが、ペレス一家は、日本人奴隷のガスパール・フェルナンデスの他にもベンガル人奴隷一人、ジャワ人奴隷二人、カンボジア人奴隷一人を所有していました。その後マニラでは、日本人奴隷二人と朝鮮人奴隷一人を購入するのですが、各地の奴隷市場では、アジア系のみならずアフリカ系、とりわけ、織田信長の家臣となった弥助でも知られるモザンビーク周辺出身のカフル人奴隷や中国人奴隷なども数多く取引されていたようです。

ペレス一家はほんの一例に過ぎないのですが、奴隷を使役する主人の家では、上述したグローバルな未来像がおよそ実現していたことになります。出身地、人種、民族、宗教等の違いに関わりなく、共に主人ために仲良く?働いているのですから。慣習や奴隷同士の間で喩え反目や対立があったとしても、主人から命じられた仕事を笑顔を以て黙々とこなし、その命令に従順に従っていれば家内は平和であり、奴隷制という社会秩序も保たれていたのでしょう。

こうした大航海時代の奴隷の実態は、絶対的な命令者が存在し、かつ、命令者とあらゆる属性が消去され、出身母体から切り離されてばらばらにされた個々人との間に直接的な支配・被支配の関係が成立している場合には、‘多人種・多民族共生社会’、あるいは、‘民族の坩堝’が実現しやすいことを示しています。凡そ全ての物事が主人と奴隷との縦関係において完結するからです。むしろ、個々の奴隷に言語や習慣等に違いがある方が、奴隷同士の間に連帯感が生まれる難い状況となり、主人の側からしますと好都合であったかもしれません。

ところが、縦関係を基盤とした社会秩序は、自由人や解放奴隷の存在によって脅かされることとなります(日本人奴隷の場合、年季奉公の終了説も・・・)。何故ならば、これらの人々は自由に行動できるため、出身地や民族等を同じくする人々が独自のコミュニティーを造ろうとするからです。これらの同族意識に基づく横関係のコミュニティーは、しばしば現地にあって反乱や暴動を起こしたり、独自の反政府あるいは反社会組織を結成したりしたため、植民地当局の監視対象ともなるのです。

以上に大航海時代の奴隷について考察してみましたが、当時の状況は、今日の移民問題を考える上で大いに参考になります。安価な労働力の調達手段として移民政策を推進したい企業の意識と当時のポルトガル等の商人達のそれとは凡そ変わらず(不要となれば’売却(解雇)’・・・)、その一方で、移民が形成するコミュニティーや同族集団による治安の悪化等に苦しめられるのは一般の国民であるからです。移民や外国人労働者の基本的な自由は手厚く保障されていますので、現代の国家にあっては、後者のリスクは大航海時代以上です。言い換えますと、国境を越えた個人の移動の自由が高まるほど、国内にあっては個人の結集の自由がもたらす公的なリスクも高まるのです。しかも、大航海時代の奴隷貿易は、現在に至るまでアメリカに人種差別という癒やしがたい傷を残していますし、今日のウクライナ危機は、国民の民族構成が帰属問題にまで発展するリスクを示しており、国家分裂の危機をも招きかねません。

このように考察いたしますと、大航海時代における奴隷の実態は、人類に深く考えるべき歴史の教訓を伝えていると言えるのではないでしょうか。

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