万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

独裁化の波は米欧にも押し寄せているのか?

2017年02月26日 13時53分20秒 | 国際政治
 本日の日経新聞に、フィナンシャルタイムスのコラム紹介として「崩れゆく民主的価値観」と題する記事が掲載されていました。同記事において、執筆者であるチーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーターのギデオン・ラックマン氏は、米欧諸国における民主的価値観の衰退を指摘し、独裁化への道を警鐘を鳴らしています。

 ラックマン氏は、アメリカ人を対象とした調査研究を挙げて、アメリカ人の政治意識の変化に言及しています。最近の調査に拠りますと、「軍による統治」を良いとする評価は、1995年の時点では16人の内1人であったのが、今では、6人に1人に上昇しており、「民主主義を不可欠」と考える人の割合も、30年代生まれのアメリカ人では7割以上であるのに、80年代生まれでは3割に激減しているというのです。ラックマン氏は、こうした現象はロシア、フィリピン、南アフリカにも見られ、民主主義に対する失望に原因があると分析しています。しかしながら、同説には、幾つかの点で疑問がないわけではありません。

 第一に、マスコミなどでは、トランプ大統領の当選を”大衆迎合主義”と捉え、変化を嫌う高齢者や白人層が主たる支持層であると報じています。同コラムも、どちらかと言いますと、読者に対してトランプ政権=独裁志向というイメージで論じられているように見受けられます。ところが、上記の調査結果が正確であれば、トランプ氏に投票した高齢者や白人層が民主主義の支持者であり、むしろ、民主党を支持した若年層の方が独裁志向となります。すなわち、トランプ政権=独裁志向の構図では、調査結果と選挙結果が一致しないのです。

 第二に、アメリカの人口構成の変化を考慮しますと、権威主義体制に馴染んできた中南米諸国や一党独裁体制の中国からの移民の増加等も、非民主的な考えを持つ米国民の増加に影響を与えている可能性も否定はできません。否、アメリカ建国以来の民主的で自由な国柄を維持するために、保守層がトランプ氏を支持したとする解釈も成立するのです。

 第三に、”独裁”を一括りで論じることにもリスクがあります。西側諸国に大衆的支持を基盤とした独裁志向が観察されるとしても、、中国や北朝鮮といった国民の基本的な権利や自由を強権で弾圧し、為政者のみが権力と富を独占し、腐敗が蔓延する独裁体制を望んでいるわけではなく、どちらかと言えば、近隣諸国の軍事力の増強に対する”救世主願望”という側面があります。そして、民主主義こそが、選挙を通して国民の為の政治を実現する政治家を選ぶ権利を国民に約束しているとしますと、無碍には”救世主願望”を否定することもできないはずです。

 以上に3点ほど挙げてみましたが、民主主義の危機とは、得てして民主主義の制度的な未熟さや一部の人々による権力の私物化によってもたらされるものです。民主主義に対する失望が広がったとしますと、それは、失望させた人々にこそ責任があるはずです。このように考えますと、米欧諸国で起きている今般の政治現象は、必ずしも民主主義の放棄を意味するとは思えないのです。

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