万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

指向性エネルギー兵器の登場によるゲーム・チェンジ

2023年08月23日 12時39分47秒 | 国際政治
 既に実用化段階にあるとされる指向性エネルギー兵器の登場は、国際社会における防衛や安全保障のあり方を根底から揺るがす可能性を秘めています。その理由は、あらゆるミサイルを迎撃する技術として、戦後、人類を滅亡させかねない大量破壊兵器とされてきた核兵器をも無力化してしまうからです。ミサイル攻撃という攻撃方法そのものをも過去のものとして葬り去るのですから、軍事分野に与えるその衝撃は計り知れません。しかしながら、‘核なき世界’への期待は、いささか早計に過ぎるように思えます。指向性エネルギー兵器については、決して楽観視することができない幾つかの負の側面を挙げることができるからです。先ずもって指摘され得るのは、核の抑止力をも無力化する点です。

 今般、日米間で合意された極超音速ミサイルの迎撃システムは、同ミサイルを先行して開発してきた中国やロシアに対する対抗措置であり、防衛手段として構想されています。同構想においては、まさしく指向性エネルギー兵器を、核兵器を事実上、強制的に廃絶させてしまう手段として理解されており、このプロジェクトが成功すれば、中国もロシア等も、日米並びに同技術を共有すると想定されるNATO諸国に対して、手も足も出なくなりましょう。

 このケースでは、共同開発国となる日本国にとりましては、アメリカの‘核の傘’に伴う不確実性が解消され、遥かに自国の防衛に貢献します。衛星に搭載されたセンサーが瞬時に敵国による核ミサイルの発射を感知し、強力な電磁波あるいはレーザー等によって自動的にこれを破壊するからです。言い換えますと、そこには核のボタンに指をかけて逡巡するアメリカ大統領の姿はなく、大量のデータを一瞬で解析するAI?がミサイル破壊の決断者なのです。もはや日本国には、‘核の傘が開かない’事態を心配する必要はありません。かくして同盟国にして核兵器国であるアメリカへの依存度は著しく低下しますので、日本国にとりましては、NPT体制下における不利な立場を解消させ、事実上失われてきた政治的独立性をも回復できますので、一石二鳥の技術と言えましょう。

 このように、日米共同開発による宇宙空間ミサイル迎撃シルテムは、中ロ、並びに、北朝鮮等の攻撃性の高い‘危険国家’の核を一方的に無力化するため、核の抑止力の喪失を補っても余りある恩恵が期待されます。同ケースでは、少なくともアメリカの同盟国は核の抑止力の喪失は恐れる必要はありません。より強力な’封じ手’を手にしたからです。しかしながら、その一方で、中国やロシアの軍事分野における技術開発力を侮ることはできません。これらの諸国は、持てる資源や人材をつぎ込んで、同様のシステムの開発に心血を注ぐことでしょう。しかも、その目標は、アメリカ陣営に先んじて同システムの開発に成功することであるはずです。一歩でも先んじれば、絶対的な優位性を得ることができるからです。

 仮に、中ロ等の諸国が先に同システムを完成させ、宇宙空間に配備した場合、これらの諸国は、先ずもって後発組の同システム構築を妨害するのみならず、‘仮想敵国’、即ち、アメリカ陣営諸国が備えてきた核の抑止力を無力化できます。自らが同システムを独占している間は、何れの国からも‘抑止’されることなく、極超音速ミサイルであれ、何であれ、自由自在に他国、並びに、個人をもピンポイントで攻撃し得るのです。もちろん、世界権力が背後から全ての軍事大国を操って技術開発を進め、システムの開発に成功した暁にはそれらを独占するというディストピア的な未来も予測されましょう。もっとも、技術開発の遅れを自覚してか、これまで国連等を枠組みとして「宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)決議」や「宇宙に最初に兵器を配置しない(NFP)決議」を積極的に推進してきたのは、ロシアや中国でした(なお、近年、後者の決議案提出はロシア一国のみとなり、中国が技術的にキャッチアップしたことの現れであるかもしれない・・・)。

 指向性エネルギー兵器においては、核兵器よりも相互抑止による均衡状態=平和を保つことは困難となりそうです。核兵器であれば、北朝鮮といった経済力並びに技術力において低レベルにあっても、開発・保有することができます。言い換えますと、核が最強となる時代であれば、現核兵器国のみならず中小諸国を含む全ての非核兵器国も核武装し、全体として相互抑止力を働かせる道もあり得ます。しかしながら、指向性エネルギー兵器については、映画「スターウォーズ」にも登場するSFの世界のファンタジーと見なされてきたように、現状にあっては核兵器よりもコスト並びに技術レベルにおいて開発・保有のハードルは相当に高いものと推測されるのです。

 使用に際して膨大な電力を要するともなればなおさらなのですが、このことは、核が無力化する以上、指向性エネルギー兵器については、国際社会において、様々な観点からの議論を要することを意味しています。核が無力化されても、指向性エネルギー兵器の特定の国家、あるいは、勢力による独占は、人類にとりましてより危険な状態となります。その一方で、全ての諸国に同技術が拡散した場合に何が起きるのか、という問題についてもプラス・マイナスの両面から考えてみる必要がありましょう。宇宙空間については1967年10月10日に発効した「宇宙条約」が存在し、その第4条にあって大量破壊兵器の打ち上げが禁止されていのですが、近年の宇宙開発競争を見る限り、同条約も形骸化しているとしか言い様がないからです(つづく)。

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