報道に因りますと、ロシア外務省のザハロワ情報局長は、米軍による日本国への核配備について言及し、‘地域の安定を崩壊させる’として強く牽制したそうです。ロシア側の威嚇とも言える発言の背景には、石破首相によるアジア版NATO創設、並びに、核シェアリング等の提唱があり、この動きを未然に抑える意図があったとも解説されています。
石破首相の核シェアリング論は、‘核の傘’が閉じられる事態への対処をも含む踏み込んだ内容を特徴としています。現状にあって、日本国内では、仮に日本国がロシア、中国、北朝鮮等の核保有国から核攻撃を受けた場合、アメリカが、自国への報復核攻撃を覚悟してまで日本国のために相手国に核を使用するはずはない、とする懸念が、水面下にあって静かに広がっていました。そこには、同盟国に対する根強い不信感があります。平時には核の傘を日本国に差し掛けながらも、有事にあって自らの安全を優先するのは、それが同盟国に対する信義には反してはいても、マキャベリズム的な意味においては‘合理的’な判断でもあるからです。
同盟国を護るための核使用に関する不確実性は、より冷徹な思考を有するロシアや中国等であれば、日本国民以上に十分に理解するところですので、‘核の傘’という名の抑止力は、日本国の防衛に関しては然したる効果を期待できない状況にあります。日本国を核攻撃しても、アメリカ大統領が核のボタンを押すはずないと既に見透かされてしまっている訳ですから、日本国民は、米軍の‘核の傘’の存在をもって安心することができないのです。
こうした‘核の傘’に関する懸念から主張されたのが、核シェアリングに伴う意思決定への参加論です。核のボタンについては、最終的にこれを押す権限はアメリカ大統領にあるのでしょうが、これに至るまでの決定プロセスにあっては、国防相、国家安全保障会議(NSC)、CIAといった諸機関も加わるはずです。同盟国である日本国に対する核攻撃が想定されるケースでは、当事国となる日本国政府も同プロセスに参加して然るべき、とするのが意思決定参加論なのです。つまり、米軍による核による反撃を確実にし、有名無実となりつつある核の抑止力を高める目的の下で、同論は主張されていると言えましょう。
米軍が核による反撃を行なうに際しては、核シェアリングに基づいて日本国に核兵器が配備されていれば、距離が近いだけに効果は高まります。相手国が迎撃する時間的な余裕が大幅に削られますし、日本国政府が意思決定に加わるとすれば、核の傘はほぼ確実に開くことともなります。もっとも、今日では、陸上や地下に建設したミサイル基地方式よりも移動性の高い潜水艦方式に優位性が認められていますので、あえて日本国内に核ミサイル基地を建設して核兵器を配備しなくとも、日本国政府が意思決定にさえ参加できれば、反撃の確実性が高まり、抑止力を強化できるはずです。つまり、核シェアリング論において重要となるのは、核配備の場所ではなく、自国の運命を決する決定権の所在であり、決定手続きなのです。日本国による意思決定過程への参加要求は、おそらく、核による反撃を確約できない以上、アメリカ側も理解することでしょう。そして、この問題、実のところ、アメリカにとりましても、そして、ロシアにとりましても、問われたくない問いでもあります(もちろん、中国にとりましても・・・)。
アメリカにとりましては、日本国が核攻撃を受けた場合には、自国に対する核攻撃リスクを引き受ける、即ち、日本国のために自国を犠牲にする覚悟を意味します。それが抑止力の強化を目的とするものであっても、可能な限り曖昧にしておきたい部分であることは想像に難くありません。同問題がアメリカ政界で公に議論されるともなれば、世論の強い反対を受ける可能性もありましょう。一方、ロシアにとりましては、同議論は、日本国による核の独自保有に繋がるリスクがあります。アメリカが核報復の確約を渋った場合には、ロシアや中国が日本国に核ミサイルの照準を合わせている以上、日本国は、核の抑止力を備えるだけの正当なる根拠を持つことになりからです。冒頭で述べたように、ロシアの批判の先が米軍による日本国への核配備であるならば、日本国独自の核保有に反対するには、別の尤もらしい理由を見つけなければならなくなりましょう。
この日本国政府による‘核の意思決定シェアリング’の要求は、あるいは、NPT体制の欺瞞を暴くチャンスとなるかも知れません。そして、NPT体制をもって国際社会をコントロールしてきた世界権力にとりましても、頭の痛い問題となりましょう。何故ならば、アメリカ、ロシア、中国等の軍事大国は、対立を装いながらも日本国を含む中小諸国の核保有を阻害するために行動している実態が明るみとなる場ともなり得るからです。つまり、核の傘の不確実性、否、核の抑止力の放棄に関する提起については正当な理由や根拠もありますので、何れの軍事大国も、日本国のみならず、国際社会をも納得させる回答を示すことができないのです。核の抑止力の必要性につきましては、人類の未来を左右するのですから、NPT体制の見直しを含め、早急に議論すべきではないかと思うのです。