万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

NPT体制の不安定な構造-計画された不安定性?

2024年10月17日 12時06分08秒 | 国際政治
 体制という言葉の語感には、良しにつけ悪しきにつけ、どこか安定性をイメージさせるものがあります。NPT体制につきましても、IAEAによる査察制度を伴う形で締約国に核兵器の不拡散を法的に義務付けているのですから、人々が、非人道的な兵器である核の脅威を取り除き、国際社会の安定に貢献していると信じ込むのも無理からぬことです。しかしながら、‘核なき世界’の理想を目指して発足したNPT体制は、現実にあって国際社会に安定と平和をもたらしているのでしょうか。

 平和的解決手段、即ち、合意や法的解決のための制度は別として、国際社会において、力による安定を求めるならば、大きくは(1)支配型と(2)従属型(3)均衡型の三者に分けることが出来ます(‘司法型’は警察組織とセットですので、ここでは扱わない・・・)。支配型は、力に勝る国がそれに劣る国を力で抑え込み、独立性を奪って支配するタイプであり、帝国などの一極体制が典型例となります。もっとも、今日の国際社会にあっては、全世界の諸国を軍事力をもって支配下に置く‘世界帝国’は出現していませんので、現実の世界ではあり得ないタイプです。(2)の従属型は、軍事強国に自国の安全を依存するタイプであり、これには保護・被保護関係に基づく上下関係を伴います。その一方で、(3)の均衡型は、力のバランスの成立による抑止力によって複数の独立国家が並立する形態です。このタイプには国家間の上下関係は存在せず、今日の国際社会の基本原則である主権平等に最も叶っていると言えましょう。

 今日の国際社会を具に観察しますと、(2)依存型と(3)均衡型がミックスされており、(1)支配型は、世界権力を想定すれば潜在的な脅威としての存在します。そして、こうした力学的な観点からNPT体制を客観的に検証するとしますと、上記の問いに対する答えは、‘No’であるのかもしれません。先ずもって、1967年1月1日にラインを引き、それ以前の核実験の実績という極めて非合理的な要件の充足をもって合法的な核保有国を認める一方で、他の諸国には、一切の核開発や保有等を禁じているからです(法の一般適用性を欠くので、IAEAが存在していても司法型ではない・・・)。また、同体制に加わらない諸国も存在する上に、違反国に対する強制的な核兵器の排除を核兵器国に義務付けているわけでもありません。このため、核保有国と非保有国のとの間の力の不均衡は明白です。

 それでも、冷戦期のように軍事大国相互間には核の抑止力が働き、直接的な熱戦は回避できたとする積極的な評価もありましょう。確かに、核兵器を保有する軍事大国間では(3)の均衡型となり、これまでのところ第三次世界大戦は引き起こされていません。しかしながら、核兵器の保有が軍事大国等に限られているからこそ、非核保有国の抑止力は著しく不十分となり、自国の安全を軍事大国に依存せざるを得なくなります。いわば、核保有国の存在、並びに、大国間の対立関係が(2)の依存型の関係をも支えており、非核兵器国は、同盟国との力の不均衡に由来する属国化の脅威にも晒され続けているのです。

 これらの二点だけを見ても、NPT体制が歪な力関係の上に成り立っているのが分かるのですが、対立関係にある核保有国間の力の均衡と同大国との間に軍事的な協力関係を有する中小諸国との間の力の不均衡の組み合わせは、常に地域紛争に大国が絡み、戦争を誘発したり、それを長期化させる要因ともなります。実際に、第三次世界大戦に至らずとも、戦後に起きている戦争の大半は、その背後にあって大国が関わっています。軍事大国は、自国内に巨大な軍事産業を抱えていますので、戦争は巨万の富をもたらすビジネスともなるからです。地域的な紛争でありながら、最先端のハイテク武器をもって戦われ、国連の常任理事国の地位にあっても和平には消極的な姿勢を示す背景には、戦争にはビジネスという側面があるからなのでしょう。加えて、戦争は、金融財閥である世界権力にとりましては富や権力を握る一大チャンスでしたので、むしろ、‘戦争が起きない体制’の成立は不都合なのでしょう。そして、この文脈から推測すれば、永遠の支配体制を確立すべく、確実に自らが勝者となるように予め仕組んだ上で、第三次世界大戦へと諸国を誘導するためにも、NPT体制の維持は不可欠なのかも知れません。

 以上の視点からしますと、NPT体制は、戦争が起きやすいように敢て不安的な力関係を固定化しているとも考えられます。全ての諸国に安全と安定を与るためではなく、核保有国から攻撃を受ける、あるいは、地域紛争が戦争に発展するリスクが常に脅威として存在し続ける不安的な構造として、最初から設計されているとも推測されるのです。そしてそれは、経済におけるグローバリズムとの両面作戦でもあるのでしょう。果たして、同体制の永続化が人類にとりまして望ましい未来であるのか、今日、国連の仕組みも含めて再検討を加える時期に差し掛かっているように思えるのです。

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