昨日だったか、一昨日だったか、とにかく小保方さんの記者会見がありました。
たぶん、昨日のことですね。でも、もう私の中ではものすごく昔のことのような、かつてどこかでそういうことがあったような気がしています。既視感(デジャブ)がありありです。
ネット上で言われているように、彼女の巻き髪は少し気になります(巻き髪じゃない普通の髪の方が、かしこいお姉さん風で私は好きかなあ。でも、私はもうあまり女性に対する希望を言う年齢ではないので、ただの感想ですけど……)。普通の謝罪会見なのかなと思っていましたが、意外と戦う会見だったような気がします。マスコミは鬼の首を取ったように大騒ぎしていますし、ネットの観客の皆さんも大騒ぎしているようです。
さて、私の少しだけ見た印象では、彼女は結構タフに戦っているのかなと思います。だから、しばらく時間をかけて、また研究して、結果を積み上げて、いい仲間を集めて、裏切らない真面目な人と一緒に仕事をしたら、ちゃんと学会にはカムバックできるような気がします。まかり間違ってサンマのラブコールを受けて「ホンマデッカ」に出るとかはしないで欲しい。ムダなこづかい稼ぎはしないで、地道にコツコツ研究してほしいです。
私は、10代のころ、マスコミ志望ではありました。これは、自分の資質を考えない、やみくもなマスコミ志望であり、もう少し世間を知っていたら、マスコミ志望を変えたかもしれません。それとも、もしマスコミ業界に入れたら、自分なりに進化してマスコミ的体質になれたのかもしれません。ともかく、現在はマスコミさんの取り上げ方にウンザリしていて、やり玉に挙がる人たちに同情する気持ちが強いです。
自分がマスコミ業界の人だったら、とにかく渦中の人に取材し、何かしゃべらせ、本人があまりしゃべりたがらないことを言わせ、カタコトでも発言したら、大きく取り上げて自分の都合のよい記事に仕立て上げ、みなさん話題のこの人はこんなことを言っていますよ。やはり、私たちが予測した通りです。どうです。この人はこんな人なんですよ。そして、その発言を聞いてきたのは私たちなんですよ。すごいでしょ。ですから、うちの情報を信頼して買って(見て)くださいよ。とでも言うのでしょうか。そういうパターンの記事にはもう飽き飽きしています。十分反省しているし、わざわざ謝罪会見を開くことなのかと思うのです。
でも、業界の人なら、そして最近のヒステリックな世の中なら、そういう型どおりの謝罪をするのが当然であり、それがスジだ! と、みんな思うんでしょうね。それで、私は、そういうのをやめようと提案したいのです。とにかく「すみませんでした」とバーコード頭を見せたり、泣くシーンまでねばったり、罵詈雑言を浴びせたり、みんなで寄ってたかって叱責したり、そういう見せしめ文化って、日本は昔っから持ち続けてきたんですかね。(ひょっとして物見高いのは日本人のクセ?)
こういう責任者を責める場面を、マスコミも、世の中も、みんなが求めるようになったのは、山一証券が倒産した20年くらい前から、もう私たちは何度も何度も見てきました。そして、それを見て、全くの部外者の私でも、「経営者は大変だな」とか、「責任者なんだから、これくらい当たり前だ」とか、「この人たちこれからどうなるんだろ」とか、あれこれ感想を抱き、世の中の無常を感じてきました。でも、これは本当にそれでいいのでしょうか?
謝罪会見ですべてがチャラになって、原因究明とかおろそかになってないでしょうか?
小保方さんであれば、1月に発表する前に、研究所のエライさんたちがOKを出したはずなのだから、この人たちが、「私たちの監督不行届で、研究員が先走り、発表までのチェックが十分ではなかった。申し訳ありません」と、研究所の所長が謝罪すべきではないでしょうか。山一であれば、そこに至るまでの金融関係の責任者たちもいたと思うのです。どこもかしこも、トカゲのシッポ切りで末端ががんばってるけど、末端のミスは末端の責任で、監督者は責任を問われないというのは、どういう社会なんでしょうね。私たちは、マスコミの扇動に踊らされて、1人のターゲットをあれこれしている間に、大切な、本当に責任をとらなきゃいけないヤツを見逃しているのではないか、そんな気がしました。
とにかく、ヤフーで小保方さんの写真を見たときは、胸が痛みました。でも、だんだん気持ちが落ち着いてきたし、彼女は負けないだろうという気もしてきたので、もっと悪いやつを見つけて欲しいと思って、少し書きました。失礼しました。
たぶん、昨日のことですね。でも、もう私の中ではものすごく昔のことのような、かつてどこかでそういうことがあったような気がしています。既視感(デジャブ)がありありです。
ネット上で言われているように、彼女の巻き髪は少し気になります(巻き髪じゃない普通の髪の方が、かしこいお姉さん風で私は好きかなあ。でも、私はもうあまり女性に対する希望を言う年齢ではないので、ただの感想ですけど……)。普通の謝罪会見なのかなと思っていましたが、意外と戦う会見だったような気がします。マスコミは鬼の首を取ったように大騒ぎしていますし、ネットの観客の皆さんも大騒ぎしているようです。
さて、私の少しだけ見た印象では、彼女は結構タフに戦っているのかなと思います。だから、しばらく時間をかけて、また研究して、結果を積み上げて、いい仲間を集めて、裏切らない真面目な人と一緒に仕事をしたら、ちゃんと学会にはカムバックできるような気がします。まかり間違ってサンマのラブコールを受けて「ホンマデッカ」に出るとかはしないで欲しい。ムダなこづかい稼ぎはしないで、地道にコツコツ研究してほしいです。
私は、10代のころ、マスコミ志望ではありました。これは、自分の資質を考えない、やみくもなマスコミ志望であり、もう少し世間を知っていたら、マスコミ志望を変えたかもしれません。それとも、もしマスコミ業界に入れたら、自分なりに進化してマスコミ的体質になれたのかもしれません。ともかく、現在はマスコミさんの取り上げ方にウンザリしていて、やり玉に挙がる人たちに同情する気持ちが強いです。
自分がマスコミ業界の人だったら、とにかく渦中の人に取材し、何かしゃべらせ、本人があまりしゃべりたがらないことを言わせ、カタコトでも発言したら、大きく取り上げて自分の都合のよい記事に仕立て上げ、みなさん話題のこの人はこんなことを言っていますよ。やはり、私たちが予測した通りです。どうです。この人はこんな人なんですよ。そして、その発言を聞いてきたのは私たちなんですよ。すごいでしょ。ですから、うちの情報を信頼して買って(見て)くださいよ。とでも言うのでしょうか。そういうパターンの記事にはもう飽き飽きしています。十分反省しているし、わざわざ謝罪会見を開くことなのかと思うのです。
でも、業界の人なら、そして最近のヒステリックな世の中なら、そういう型どおりの謝罪をするのが当然であり、それがスジだ! と、みんな思うんでしょうね。それで、私は、そういうのをやめようと提案したいのです。とにかく「すみませんでした」とバーコード頭を見せたり、泣くシーンまでねばったり、罵詈雑言を浴びせたり、みんなで寄ってたかって叱責したり、そういう見せしめ文化って、日本は昔っから持ち続けてきたんですかね。(ひょっとして物見高いのは日本人のクセ?)
こういう責任者を責める場面を、マスコミも、世の中も、みんなが求めるようになったのは、山一証券が倒産した20年くらい前から、もう私たちは何度も何度も見てきました。そして、それを見て、全くの部外者の私でも、「経営者は大変だな」とか、「責任者なんだから、これくらい当たり前だ」とか、「この人たちこれからどうなるんだろ」とか、あれこれ感想を抱き、世の中の無常を感じてきました。でも、これは本当にそれでいいのでしょうか?
謝罪会見ですべてがチャラになって、原因究明とかおろそかになってないでしょうか?
小保方さんであれば、1月に発表する前に、研究所のエライさんたちがOKを出したはずなのだから、この人たちが、「私たちの監督不行届で、研究員が先走り、発表までのチェックが十分ではなかった。申し訳ありません」と、研究所の所長が謝罪すべきではないでしょうか。山一であれば、そこに至るまでの金融関係の責任者たちもいたと思うのです。どこもかしこも、トカゲのシッポ切りで末端ががんばってるけど、末端のミスは末端の責任で、監督者は責任を問われないというのは、どういう社会なんでしょうね。私たちは、マスコミの扇動に踊らされて、1人のターゲットをあれこれしている間に、大切な、本当に責任をとらなきゃいけないヤツを見逃しているのではないか、そんな気がしました。
とにかく、ヤフーで小保方さんの写真を見たときは、胸が痛みました。でも、だんだん気持ちが落ち着いてきたし、彼女は負けないだろうという気もしてきたので、もっと悪いやつを見つけて欲しいと思って、少し書きました。失礼しました。