啄木の「一握の砂」を読んでいます。テーマは、海の歌を探すでした。でも、あまり見つからなくなりました。啄木と海って、そんなに深い関係ではなかったのかもしれません。そんなことよりも、彼は人事の方が気になったでしょう。自然をうたう人ではなかったのかもしれない。
よく実作するときに言われることですけど、感情表現のことばは使わないようにしましょう、という教え。彼はあまり守ってない気がします。
人がみな家を持つてふ(ちょう)かなしみよ
墓に入(い)るごとく
かへりて眠る
人というものはそれぞれ自分の「家」を持ってしまう。「家」とはいうけれど、それは他人を排除するカベであり、城壁みたいなものさ。何だか虚しいじゃないの。それではボクもお墓の中に入るようにして、家、つまりボクの心のカラの中に閉じこもって寝てしまおう。もう、誰の助けも要らないし、死んだように寝るだけさ。
彼って、「かなしさ」を訴える詩人だったんですね。
人といふ人のこころに
一人づつ囚人(しゅうじん)がゐて
うめくかなしさ
人の心の中には囚われ人がいるんですよ。本当は外に出たいと言っているみたいだけど、そいつを外に出したら大変だよ。何をしでかすかわからないし、迷惑をかけまくりだし、道行く人と毎回ケンカして、いつもボコボコにされてしまうよ。
だから、そいつは外には出さないで閉じ込めている。でも、心の中では、わめき散らしているし、大変なことになっている。だから、一人になる度に、その囚われ人としんみり話なんかするんだよ。そうしてあげなきゃ、何かかわいそうなんだもん。
啄木くんなら、「かなし」を自由に使ってもらったらいいですね。ボクらが使っても、凡作にしかならないけど、彼ならちゃんと選りによって、「かなし」を出してくれますよ。
一隊の兵を見送りて
かなしかり
何ぞ彼等のうれひ無げなる
何人かの兵士たちの集団が通り過ぎていきました。行進してたのか、行軍してたのか、それともリラックスしたオフタイムだったのか、ここの「かなしかり」は、虚しいなあ、哀れだなぁの「悲し」なのか、それとも、ああ、何と無邪気なことか、微笑ましい若者たちだ、天真爛漫で、愛すべき若者たちだという「愛し」なのか。
三行目は「うれひ無げなる」とありますから、後の方の無邪気な何も考えていない若者たちが通り過ぎていくなあ、という「愛しかり」という気持ちでしょうか。いや、両方の意味も兼ね備えた「かなしかり」なのかな。だから、バランスを取らせるために、真ん中にポツンと使っているのかもしれない。そこが啄木くんのテクニックみたいなものかな。
遠方に電話の鈴(りん)の鳴るごとく
今日も耳鳴る
かなしき日かな
耳鳴りがする。チリリリリ、不機嫌な連続音が遠くでする。まさか、本当に鳴っているわけではなくて、ボクの気のせい・体調不良だから、かもしれない。不規則な生活が、耳鳴りを生じさせるのか、それとも、何かに焦ってて、自分の突破口が見つけられないから、ストレスのせいで、こんなことになっているのか、自分でもコントロール不能だ、だから、今は何となく不幸な感じの一日なんだよ。
ずっと耳鳴りがしたら、そりゃ、不安ですね。大丈夫だったのかな。
垢(あか)じみし袷(あわせ)の襟(えり)よ
かなしくも
ふるさとの胡桃(くるみ)焼くるにほひす
何日も洗濯していない垢がしみてる着物の襟の部分、それがまあ、イヤとか、不潔じゃないんだよ、何だかとっても懐かしい匂いがするし、その匂いがたまらなく好きなんだ。汚いって? そんなことは全然ない。それを汚いと言ってしまったら、自分を全否定することになるじゃないか。
自分の匂いなんだよ。ずっとその匂いの中にいる。それは、どこかでこんな匂い嗅いだことがあるなあと考えてみたら、昔、クルミを焼いてカラを割って、中の実を食べたんだけど、あの焼けたクルミみたいな、香ばしい匂いがするんだよ。
どこからって? この薄汚い、何日も着古している着物の襟の部分、ボク自身の匂いなんだよ。ボクって、ナルシスト? もちろん、そうだけど、この匂いは確かにお腹の減る匂いなんだよ。わかるかな? わからなくてもいいよ。
夜中なのに、啄木くんの歌で遊んでました。雨も降ってきました。明日は早く雨も上がるのかな。最後ですけど、
たんたらたらたんたらたらと
雨滴(あまだれ)が
痛むあたまにひびくかなしさ
耳鳴りがしたり、頭痛がしたり、体調はすぐれなかったんです。でも、このオノマトペいいでしょ。雨の感じ出てるでしょ。それが決まればどうでもいいです。
つまんないって? それはキミ、この「たんたらたらたん たらたらと」というのを口に出して言わなきゃ、そうしたら、これが決まってる! って、わかるんだけどな。
頭痛って、まあ、そういうポーズですよ。そんなに不調というわけでもなくて、しんどそうなフリをしてみただけですよ。文学者って、そういうか弱さを抱えてなきゃいけないみたいな雰囲気あるでしょ。そういうフリです。雨のしずくと頭痛の響きがシンクロしてていい感じ出てるでしょ。そう思ってもらったら、「かなしさ」はオマケみたいなもんですよ。ハハハ。