今回の九州の旅は、大分の臼杵石仏と、福岡と佐賀の間の昇開橋を見に行くことが目的でした。
本拠地はカゴシマの指宿で、ここでモソモソ過ごした何日間かはあるのですが、気持ちとしてはこの二つを見に行くことでした。ちょうど三角形になっています。
九州の東北側の臼杵からずっと南下して指宿、それから北上して福岡・佐賀の県境の橋、そのあと博多に出て、宗像大社に行くつもりでしたが、何だか混んでそうだったので、ひたすら東に向かい、尾道まで行って帰ってきたんでした。
冬の九州大三角の旅だったんです。
臼杵のことはずっと書き続けたので、今度は昇開橋について書いておかなくてはなりません。
とは言っても、ただ写真を列挙するだけです。それもたまたまきれいに晴れて、その下で撮ったものばかりです。ライトアップもしていないし、朝日や夕景でもないし、お昼のスカッと晴れた空の下の風景です。
あまり冬という感じはしないかもしれない。
佐賀線は、1987年まで存続していたそうで、その存在を意識していなかった私は、とうとうこの路線に乗らないままで、鉄道はなくなってしまいました。1985年の夏、柳川まで来ていたのです。でも、それは久留米で西鉄に乗り換えて、西鉄柳川からお堀を行く船に乗ったみたいでした。
それから30年後、有名になった佐賀線の諸富鉄橋(現在は昇開橋)をわざわざ見に来ています。西鉄柳川の駅に荷物を置いて、佐賀行きのバスに乗り、320円の所で降りました。すぐに筑後川が見えるのかと思ったら、簡単に見えないようでした。たぶん、まちがった所でヒョイと降りてしまったようです。
川があるところまでとりあえず歩かなくてはならないし、川が見えたら、上流からも下流からも撮らねばならない。どんな感じなのか、あまり知らないのに、とりあえず来てしまったわけです。
筑後川の堤防に出たのはバス停から15分くらいは歩いたでしょうか。とにかく、橋の上流のところに出ました。すぐそこに橋は見えました。予想通りにかっこいい橋です。ただの鉄橋なら、鉄道がなくなった時に取り払われたかもしれない橋でした。
でも、この不思議な形ゆえに、廃止後も30年も保存され、みんなに活用され、みんなが見に来るような橋でした。
空はこんなに広く、川はそんなにキレイではないけれど、でも漁業はあるみたいだから、それなりに川も海も人々に利用されてはいる。
雲の陰影を撮ろうとモノクロにしたりして遊んでいます。
橋は、真ん中の所が上がり下がりするみたいで、最大20メートルいくつくらいまで上がるそうでした。背の高い船が来てもちゃんと対応できるように作られていたのに、今となってはそういう船は通らなくなっているようでした。
昔は、もっと川端にたくさんの船がつくような港でもあったんだろうか。
そろそろこの橋の上に乗っかって、上がり下がりしているところまで行かなくてはなりません。
対岸は佐賀県のようです。向こうに行くと何があるんだろう。私は何時までここにいるのだろう。お昼はどこで食べるのだろう。すべては決まっていなくて、夕方には博多のホテルに到着するということだけが決まっていました。