まだ18時前なのに、もうグデングテンになっています。といっても、ブログは書ける程度のグデングテンだから、まだ大丈夫かな。
今日は、15時半には家に帰ってきました。それから今までお酒飲んで、お風呂入って、ゴハン食べて、えっ、まだ18時になってないし、笑点の大喜利だって始まっていないのに、私は少しだけブログ書いて、しばらく仮眠くらいして、それからお仕事して、部屋その他の片付けて、ちゃんと寝るという具合かな。仮眠はいけないですね。ちゃんと眠れなくなってしまう。
というわけで、ふたたび三重県に帰ってきました。奥さんは週末暑いのに、あまりたいしたことはしなかったということです。本当に申し訳ない。奥さんに尽くしてナンボの私なのに、いつも奥さんにあれこれしてもらうばかり。ああ、ホントに、どうしたらいいんでしょう。
たぶん、お酒を飲むということは、すべての放棄につながるので、ホントは飲んではダメだったのかもしれない。なのに、とても汗をかいたので、赤ワインに炭酸水と氷を入れて、もう何杯も飲んでしまった。
帰りの近鉄、松阪の手前でふと思いました。電車に揺られて、もうすぐ家に着くという気持ちになっていたからなのか、たまたまふと思ったのか……。
突然、うたを思い出してしまった。「ゆらゆらゆれて……」
これは奥さんが、うちの子がとても小さいとき、ひざの上にうちの子を載せて、両手をにぎって、一緒にゆらゆらしながら歌っていたうたでした。
ああ、私は、奥さんが歌うのが好きだったんだな、そして、たぶんうちの子も奥さんの歌が好きだったろうし、今も奥さんが何かしてくれると、目をキラキラさせて見ている時があるような気がしました。
彼女は、人魚さんみたいに、私とうちの子を魅了して、いつまでも歌を聴かせてくれているのかもしれない。でも、最近はそんなに歌を聴かせてくれないんですけどね。
さっき調べたら、「ぶらんこ」という曲で、都築益世作詞は知らないけど、芥川也寸志の作曲でした。そうか、芥川さんの曲か。私は、芥川さんの曲って、すぐに引っかかっちゃうんですね。耳に残ってしまう。
ましてや奥さんの歌声であれば、ふとしたときによみがえってもおかしくないわけだ。
そして、また思いました。私は奥さんの子育てを通して、奥さんの小さい頃を見させてもらっていたのだと……。
私は何もかも、大事なこともどうでもいいことも、どんどん忘れています。ホントに過去がない、今だけの男ですけど、彼女は違います。
彼女はいろんなことを憶えていて、小さなことから少しずつ拾い上げてくれます。それを聞かせてもらって、そうなんだ。でも、ボクは? あまり記憶ないなあ、というばかりで、ホントに情けなくなるのでした。
もうそういうことには慣れっこだから、もう自分の記憶なんかなくてもいいのです。私には今しかありません。時々昔のことを思い出すけど、あまり今との関連性はなくて、ただフーンそういうことと流してしまうような、そんなことしかありません。
私は、三重県に帰ってきて、奥さんの歌を思い出しました。たぶん、うちの子には深く刻まれている歌って、あるんだろうなと思うのです。
そして、私は、奥さんの聞かせてくれる・見せてくれる小さい子どものあやし方、それが楽しくて・うれしくて子育てをさせてもらったのかなと思った次第です。
ザンネンながらうちはひとりっ子で、本当ならもっともっと奥さんの歌を聴かせてもらいたかったのに、もうなかなか聞けないのです。
少しシンミリして松阪駅に着きました。さあ、階段を上らなくちゃと思ったら、左膝・関節・アキレス腱みんなダメになっていました。他のお客さんたちはスタスタと出口に向かうのに、私は一番最後をヨタヨタと上りも下りも平面もじっとうつむいたまま帰ってきました。
どうしてこんな左足になったんでしょう。最近アキレス腱はずっとダメだったんですけどね……。
今日は、15時半には家に帰ってきました。それから今までお酒飲んで、お風呂入って、ゴハン食べて、えっ、まだ18時になってないし、笑点の大喜利だって始まっていないのに、私は少しだけブログ書いて、しばらく仮眠くらいして、それからお仕事して、部屋その他の片付けて、ちゃんと寝るという具合かな。仮眠はいけないですね。ちゃんと眠れなくなってしまう。
というわけで、ふたたび三重県に帰ってきました。奥さんは週末暑いのに、あまりたいしたことはしなかったということです。本当に申し訳ない。奥さんに尽くしてナンボの私なのに、いつも奥さんにあれこれしてもらうばかり。ああ、ホントに、どうしたらいいんでしょう。
たぶん、お酒を飲むということは、すべての放棄につながるので、ホントは飲んではダメだったのかもしれない。なのに、とても汗をかいたので、赤ワインに炭酸水と氷を入れて、もう何杯も飲んでしまった。
帰りの近鉄、松阪の手前でふと思いました。電車に揺られて、もうすぐ家に着くという気持ちになっていたからなのか、たまたまふと思ったのか……。
突然、うたを思い出してしまった。「ゆらゆらゆれて……」
これは奥さんが、うちの子がとても小さいとき、ひざの上にうちの子を載せて、両手をにぎって、一緒にゆらゆらしながら歌っていたうたでした。
ああ、私は、奥さんが歌うのが好きだったんだな、そして、たぶんうちの子も奥さんの歌が好きだったろうし、今も奥さんが何かしてくれると、目をキラキラさせて見ている時があるような気がしました。
彼女は、人魚さんみたいに、私とうちの子を魅了して、いつまでも歌を聴かせてくれているのかもしれない。でも、最近はそんなに歌を聴かせてくれないんですけどね。
さっき調べたら、「ぶらんこ」という曲で、都築益世作詞は知らないけど、芥川也寸志の作曲でした。そうか、芥川さんの曲か。私は、芥川さんの曲って、すぐに引っかかっちゃうんですね。耳に残ってしまう。
ましてや奥さんの歌声であれば、ふとしたときによみがえってもおかしくないわけだ。
そして、また思いました。私は奥さんの子育てを通して、奥さんの小さい頃を見させてもらっていたのだと……。
私は何もかも、大事なこともどうでもいいことも、どんどん忘れています。ホントに過去がない、今だけの男ですけど、彼女は違います。
彼女はいろんなことを憶えていて、小さなことから少しずつ拾い上げてくれます。それを聞かせてもらって、そうなんだ。でも、ボクは? あまり記憶ないなあ、というばかりで、ホントに情けなくなるのでした。
もうそういうことには慣れっこだから、もう自分の記憶なんかなくてもいいのです。私には今しかありません。時々昔のことを思い出すけど、あまり今との関連性はなくて、ただフーンそういうことと流してしまうような、そんなことしかありません。
私は、三重県に帰ってきて、奥さんの歌を思い出しました。たぶん、うちの子には深く刻まれている歌って、あるんだろうなと思うのです。
そして、私は、奥さんの聞かせてくれる・見せてくれる小さい子どものあやし方、それが楽しくて・うれしくて子育てをさせてもらったのかなと思った次第です。
ザンネンながらうちはひとりっ子で、本当ならもっともっと奥さんの歌を聴かせてもらいたかったのに、もうなかなか聞けないのです。
少しシンミリして松阪駅に着きました。さあ、階段を上らなくちゃと思ったら、左膝・関節・アキレス腱みんなダメになっていました。他のお客さんたちはスタスタと出口に向かうのに、私は一番最後をヨタヨタと上りも下りも平面もじっとうつむいたまま帰ってきました。
どうしてこんな左足になったんでしょう。最近アキレス腱はずっとダメだったんですけどね……。