賢治さんの「永訣の朝」を少しでも理解してみたいと、漢字と標準語にしてみました。ぼんくらの自分のためにしてみたんです。
永訣の朝[漢字変換・標準語版]
今日のうちに
遠くへ行ってしまう私(わたくし)の妹よ
霙が降っておもては変に明るいのだ
(雨雪を取ってきてください)
薄赤くていっそう陰惨(いんざん)な雲から
みぞれはびちょびちょ降ってくる
(雨雪を取ってきてください)
青いジュンサイの模様のついた
これら二つのかけた陶椀(とうわん)に
お前が食べる雨雪をとろうとして
私は曲がった鉄砲玉のように
この暗いみぞれの中に飛び出した
(雨雪を取ってきてください)
蒼鉛(そうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
私はてっきり、賢治さんは家で看病しているのだと思っていました。妹のとしさんはとてもしんどい様子です。それなのに、家族はそばにいてやるくらいしかできないなんて! どうして人は、ひとりでこの世から去るんでしょう。たくさん仲間がいてくれたら、阿弥陀さまが迎えに来てくれると実感できたら、少しは心が軽くなるでしょうか。しんどいことに変わりはないかな。
ああとし子
死ぬという今ごろになって
私を一生明るくするために
こんなさっぱりした雪のひと椀(わん)を
お前は私に頼んだのだ
ありがとう私のけなげな妹よ
私もまっすぐに進んでいくから
(雨雪を取ってきてください)
激しい激しい熱やあえぎの間から
お前は私に頼んだのだ
病床の中の人にとって、家族がいてくれるのは少しは気持ちが安らぎます。けれども、しんどいのはしんどいし、救いはそんなにないような気がします。ただ、その長い時間を何もしないで、少しでもましにならないかな、苦しまないようにするにはどうしたらいいんだろう。この苦しさは、私が病気だから。これは治るものなのか、それとも治らないものなのか。
お兄ちゃんに、みぞれを持ってきてもらわなくちゃ。お兄ちゃん、ひんやりするけど、寒いけど、外から雨雪を持ってきてくれるかなあ。
銀河や太陽 気圏などと呼ばれた世界の
空から落ちた雪の最後のひと椀を……
……ふたきれの御影(みかげ)石材に
みぞれは寂しくたまっている
私はその上に危なく立ち
雪と水との真っ白な二相系を保ち
透き通る冷たい雫(しずく)に満ちた
このつややかな松の枝から
私の優しい妹の
最後の食べ物をもらって行こう
果たして妹のとしさんにどれだけの平安・安らぎを与えられるのか、ほんの一時でもいいから、彼女を穏やかにさせてあげたい。お兄ちゃんの賢治さんは思うのです。今から百年以上前の兄と妹のヒトコマでした。よくぞ、としさんはそんなことを考えたんですね。いや、単純に冷たい水が飲みたい。天然の、外にある、天から届けられた冷たいみぞれに希望を託したのかもしれないです。
私たちが一緒に育って来た間
見慣れた茶碗のこの藍の模様にも
もう今日お前は別れてしまう
(私は私で一人行きます)
ああ、あの閉ざされた病室の
暗い屏風や蚊帳の中に
優しく青白く燃えている
私のけなげな妹よ
あんまりどこも真っ白なのだ
あんな恐ろしい乱れた空から
この美しい雪が来たのだ
(また生まれてくるとしても、今度はこんなに自分のことばかりで苦しまないように生まれてきます)
ここで、としさんは病室でいのちを燃やしていたと知ることができました。賢治さんは、その場面をしっかり記憶にとどめていた。空は、天は、冷たくて、厳しくて、恐ろしくて、時には優しくて、私たちはその空の下で短いいのちを燃やしている。
昔の人は、本当に命の限り燃えたぎらせ、懸命に生きていた。今は、少し先が長いもんだから、ゆっくりしんどくならないように生きていこう、なんて思ってしまいがちだけど、賢治さん兄妹にかぎっては、手抜きなしで、いつも懸命に生きていたんでした。そういうことが、百年経っても伝わるなんて、すごいことです。そんな人の気持ちの起伏を味わえるなんて、すごいですね。
お前が食べるこの二椀の雪に
私は今心から祈る
どうかこれが兜率(とそつ)の天の食(じき)に変わって
やがてお前とみんなとに
聖(きよ)い資糧(かて)をもたらすことを
私のすべての幸いをかけて願う
もう賢治さんには祈るしかありません。少しでも妹の苦しみが軽くなりますように。お医者さんが言うように、彼女の命はもうすぐ終わるとしても、彼女が違う世界に行ったとしても、穏やかに暮らせるように、この世に残された兄としては祈るしかない。そういう気持ちだったでしょうか。
いや、賢治さんのお弔いは、賢治さんが亡くなるまで続いていったんじゃないかな。すごいお兄ちゃんですね。そんな、ものすごい情熱で妹さんのことをこころにとどめて行ったんですね。