名松線に乗って、比津という終着駅のひとつ手前まで行き、そこから霧山城という山城に行ってみようと思い立ちました。その山城はいくつかの川を隔てているところで、山頂に立てば眺望がいいかなと思ったわけです。
行ったことはありません。ただのひとりで、真夏の昼間、よくぞまあ、登ろうなんていう気を起こしたものです。ちゃんと杖だけは持参したんです。でも、登山靴は持ってないし、非常用食料もないし、11時くらいについて、13時くらいの上り線で帰ろうという、たったの2時間しか余裕のない山登りでした。
登山道まではずっと県道666を登っていくことになりました。クルマはほとんど通らないし、山に向かって行く道路なので、木の陰を頼りに、いや、木の陰伝いに歩いていきました。ところどころ木がない道もあって、そこは無言で歩き、木蔭に入るとホッとしながら、黙々と登りました。
確かに、夏のお昼で、シカなんて歩いていません。彼らは朝晩に活動するんでしょう。クマはいるんだろうか? シカのフンではない、ケモノのフンが道ばたにあったけれど、これは何の生き物がいるんだろうなんて、少し怖くなったりもしました。誰もいないのが心細かったりしました。もっとメインのルートにすればよかったのに、鉄道の駅を起点とゴールにしているので、こんな道を歩くことになりました。
比津で降りた客は私一人で、他の乗客はカップルとおばあさんと子どもたちと、オッサンひとりだったかな。あまりいなかったのです。
こんにゃくやさん、山から下りてくる水、砂防ダムのいくつか、葛の花、いちじくの大きな木、そんなのを見ながら、黙々と一時間ほど上り、やっと登山口にたどり着きました。あと一時間と少ししかないし、そこからはものすごく急な坂道になっていました。先は見えないし、鬱蒼たる森の中に入っていかなくてはならなかった。
そこを敢えてチャレンジして、山頂に行くという判断もあっただろうけど、帰りのことを考えて、ここで無理する必要はない、もう引き返そうという判断をしました。もう少したくさん人がいて、みんなが登ってるような気配があれば、怪しい生きものたちも来ないだろうし、半ズボンで来ていたので、足を常にアブには狙われていましたし、怖ろしいダニもいることですから、無理してはいけないと、帰ることにしました。
山の中なのに、空に突き上げるような大きな無花果の木が三つか四つ、かつては誰かが栽培していたと思われますが、今は誰も管理していないようでした。
行く時はスルーしたお寺のシイノキ、これは県の天然記念物になっているようで、確かに立派な気がいくつかお寺を囲んでいました。
そんなのを見たことで、山頂に行けなかった無念を晴らすことにしました。だれか、みんなでワイワイ登れたら、そこに付いていくんですけどね。