1・三尾(みお)の海に網引く民の手間もなく立ち居につけて都恋しも
三尾の海で漁師たちが、手を休めるひまもなく網を引いて働いていて、その立ったり座ったりする姿を見るにつけて、都が恋しくなるのです。仕事をしている人を見たら、自分の仕事は何か、都であれこれ悩んだりすることなのかと思ってみたり。いやいや、ただの旅愁かしら。
三尾の海というのは、琵琶湖の西岸の高島郡安曇川町三尾里あたりということです。今は合併して高島市になっていますか。そこの漁師さんたちに出会ったみたいです。まだ越前の国は遠いね。
2・磯がくれ同じ心に田鶴(たづ)ぞ鳴く なに思ひ出づる人や誰れぞも
磯の浜のものかげで、私と同じ気持ちで鶴が鳴いているけど、何を思い出し誰を思って鳴いているのでしょうか。
磯の浜というのは、滋賀県の米原あたりにある地名だそうです。赴任する時は夏で、琵琶湖の西岸沿いに北上し、ふたたび都へ帰る時は冬で、東岸沿いに帰ったということだそうです。早く都に帰りたかったでしょうか。それとも、越前に心残りがあったでしょうか。
そんなこと、私にはわからないですね。
3・かきくもり夕立つ波の荒ければ浮きたる舟ぞしづ心なき
空一面がまっ黒になり、夕立ちを呼ぶ波が荒いので、その波に浮いている舟の上では落ち着いていられないのです。
ああ、雷だって鳴ろうとしている。そんな時に湖の上にいるなんて、気が気ではないのです。早くどこか安全な港に入らなくては!
4・知りぬらむ 行き来にならす塩津山世にふる道はからきものぞと
あなたたちも知っているでしょう。いつも行き来して慣れた塩津山も、世渡りの道としては辛いものだということだということが。
私は初めての道ではあるけれど、荷物を運ぶ人足の人たちの「やはりここは難儀な道だなあ」とぼやく声が聞こえたんですよ。だから、それを歌にしてみました。
5・おいつ島 島守る神やいさむらむ波も騒がぬ わらはべの浦
おいつ島を守る神様が静かにしなさいと諌めるのでしょうか。わらわべの浦は波も立たずにきれいだこと。
おいつ島の神社は、近江八幡市の北津田町に大島奥津島神社というのがあるそうで、そこなのかもしれないそうです。雷も起きるし、波は荒いし、陸路で南をめざしているんでしょうか。
「おいつ島」で「老い」を、「わらわべ浦」で「わらわ(童)」を、コントラストとして面白いから歌にしたんですね。さすが、言葉の感性が冴えてますね。
6・ここにかく日野の杉むら埋む雪 小塩の松に今日やまがへる
ここ越前の国府にこのように日野山の杉ばやしを埋める雪は、都で見た小塩山の松に今日は見まちがえることです。きっと都でも降っているかもしれません。
使っていた暦に「初雪降る」と書いてあったのか、それとも自分でメモしたのか、大体の目安として書かれてたんでしょうか。越前の国府から見える日野山は800mほどで、京都と同じような感じで雪が降ったでしょうか。
望郷ではないけれど、都から離れた土地で初雪を見た気持ちを歌に詠みましたね。今日のドラマ(6/9放送分)でも紹介されていました。
7・小塩山松の上葉(うわば)に今日やさは峯の薄雪花と見ゆらむ
小塩山の松の上葉に、今日はお姫様がおっしゃるようにきっと雪が降って、その峯の薄雪は花が咲いたように見えることでしょう。
これは侍女さんが返しとして詠んだ歌かもしれません。お姫様は、お父さんと一緒にこの国に来たけれど、二人だけではなくて、ちゃんとお世話する人たちもいたでしょうし、彼女たちの世界も、ちゃんと都と越前の距離を越えて、同じように感じられたでしょうか。