昔、知り合いの方から教わった五七五があります。
安芸の加賀周防と駿河美濃尾張
何じゃこれ、という感じですが、ナゾ解きをしてもらうと、「秋の蚊が吸おうとするが身の終わり」と読んで、元気がなくなった秋の蚊が、すぐに見つかってやられてしまうという意味だそうです。
よくもまあ、昔の国名でつまらない五七五を作ったもんです。昔の人はそういうことばの遊びが好きだったんですね。
私だって、変てこな先輩がいて、「何か用か」と言わないで、「七日八日、九日十日」と続けて言い、「ここのか、とおか」と聞かされた時には、「何だろう」と思ったことがありました。
でも、教えてもらうと、「ああ、オッチャンは、こんなつまらないことを言って、人間関係を円滑にしようと頑張っているんだ」と感心して、笑って「はい、はい」と言えるようになりました。
訳が分からないと、困ってしまうんですけど……。[ここまでが今日の記事です。次からは六年前の文章です]
突然ですが、芭蕉さんです。季節に合わないけど、とりあえず貼り付けておきます。
めづらしや山をいで羽の初なすび
「めづらし」いなとど、感想を書いていたらダメ! 「山をいで羽」って意味不明! ひょっとしてこれはシャレか? なとど、俳句の先生に叱られそうな作品です。
でも、それほどに「めづらし」という気持ちがあったんでしょう。シンプルなメッセージが伝わります。
「そんなにあなたが「めづらし」というのは、何なの? 」
という興味さえ湧きます。
それを普通の我々なら、富士山に笠雲がかかっているとか、夫婦岩の間から日が昇ってきたとか、ありふれた珍しさを書いてしまうところです。ああ、私たちって、いや、私って、ありきたりの発想しかないのです。
中七の「山をいで羽の」は、山を出たということなんでしょうか。もっとちがった表現ができないのかというところです。しかも、「いで羽」は「出づ」と「出羽」のしゃれになっていて、オヤジギャグのようでもあります。
芭蕉さんがオヤジギャグ? まさかね。でも、凡人の私にはそうとしか見えない。
けれども、この文句を聞いた人たちは、芭蕉翁は月山・湯殿山・羽黒山の出羽三山を歩き、そこで大変苦労されて登り降りされたことだろうというのを知っていた。だから、ただのシャレじゃなくて、やっと下界に降りてこられたですねという共感がありました。
そして、最後の「初なすび」で、ホッとさせる。さすが芭蕉さんだという作品です。
それでは、私は「雲の峰月と夕日の三角形」
これが昨日の作品ですが、もっとまわりの人たちとの交流が感じられる作品を作りたいと思います。ただ並べただけだもんな。つまらない。
それではまた!
★ というのを6年前に書いてました。つまらない記事です。必然性が感じられない。
6年経っても、芭蕉さんには近づけてないし、相変わらずのありのまま五七五しか書けない私です。